第34話 優秀なもの

 二階建ての焼けたままの建物。

 バイトの彼女と一緒にこの場所に来た。

「これが、研究所か」

 10年は放置された、それは異様な雰囲気を放っている。

「行きましょう、少女達がいたのは二階と書いてあった」

 玄関らしいエントランスを歩いていくと、落書きと焼けた壁の模様に、少女達の怨念が映っているようで背筋に悪寒を感じる。暗闇を慎重に進むと、二階に昇る階段が見えてきた。


 焼け焦げてはいるが、使用に問題なさそうだ。


 この建物は当時最新の技術で造られたものであろう。天井のスプリンクラーを見ながら、強固な建物がここまで破壊され焼かれるとは、いった何があったのだろう。

 二階に昇ると小さな廊下が続く、グルグルと廻りながら、フロアの中心の部屋たどり着いた。部屋の入り口は、まるで茶室のように小さかった。


 湿った焼跡のような臭いがした。中は真っ黒に焼けた機械の残骸が足下を埋めていた。ただ少女を寝かせたと思われる、寝台だけが無傷で部屋の中心に存在している。

二人は寝台に進み、その周辺を確認する。寝台に触れると人の肌のような感触がした。


 異様な空気が、僕の身体と心も疲労させる。今触れている寝台の奥の感触。寝台の奥に形がある、その形を手でなぞる。


「これは……」

「ここにいるわ、彼女はここにいる」

 急いで、寝台のシートをはがす二人。寝台のシートの縁はナイロン製の糸で、何者かに縫われていた。持っていたライターで糸を断ち切る。十週箇所を切ると、シートを押える力が無くなった。バイトの彼女方を見て、頷くのを確認してから、ゆっくりとシートをはがす。


 髪が見えた、黒い長い髪、そして白骨化した少女が現れた。

 着ている服、その長い黒い髪が、拡張現実の彼女である事を告げている。


「こんなところにいたんだ……スマートフォンを貸して」


 バイトの彼女はスマートフォンを受け取り、フォーカスを寝台に合せる。

 あの少女が寝台の上に座っていた。

 その瞳は哀しそうに、そして何かを訴えるように、こちらを見ている。


「この場所で脳を一ミリずつ焼かれる恐怖と苦痛、でもそれ以上に、寂しかったんだ、好きな人が欲しかったんだ……女だものね……」


 拡張現実の少女をバイトの彼女が抱きしめる。

 何か言いたげそうな少女は瞳を閉じ、スマートフォンの画面から姿を消した。


「これで終わった……そうよね」



 ……急にお意識がもどる、僕を覗き込む、眼鏡の男。


「おはよう。何か夢を見ていたようだね。君も変わり始めている……もう二人を殺している。誰の事だかわからないみたいだね。君が夢だと思っていた、ネットの知り合い、アスタルトだっけ? あと、君が肉体関係を持ったバイトの女の子もだ。二人とも君と親密にならなければ、死ななくてよかったのにね」


 僕は今まで夢だと思っていた、アスタルトとバイトの女の子事がリアルで、しかも二人がしんでいる事にショックを受けていた。


「君は本当に有望だね、もうインフィニットも定着しそうだし……痛みも減っただろう? そして君は変化を始めている……進化の階段を登り始めている」

 僕の口の中に、噛まされていた物が取り除かれた。


「少し話そう。君も痛みが無くなって退屈だろう?」

 僕は所長に今まで感じた事がない、強い感情に捕らわれていた。

「ほう、その目の力は……本当にいけるかもしれないね」

「……僕に何をしたんだ? いつも打っているクスリは何なんだ?」


「君が打たれているクスリは何かって?……ほう、まだそんな元気があるのかい?」

 所長は眼鏡を外して僕を見た。その時強い感情が僕に言葉を則する。

「おまえを殺してやる」

 僕は初めて人を殺す事を考えていた。

「おまえを殺してやる……か。いい言葉だね。好きの反対は嫌いじゃない、無関心さ。最高の嫌われ方はまったく興味を持たれない事。憎しみは強い感情だ。相手に興味を持っていなければ起こらない」


「興味だって? ああ、確かにあるよ。僕はおまえに苦しみを与えられ……そして」

 僕の言葉に頷き、その続きを所長は話し始めた。

「そして、あの娘にも同じ苦しみを与えた。私を殺す程に憎い……分りやすい理由だね。でも本当に君は、私が憎くて殺したいのかな?」


「何を言っている? 僕が楽しみで人を殺す事を考えているとでも?」

「違うのかね? 君はインフィニットにより進化の階段を登っている。人は自分より下等だと認識した者には容赦がない。必要もないのにハンティングと称して、何千種もの動物を狩ってきた……その中には人間すら含まれる」


「違う! 僕は、僕と彼女に害を加える者を排除したいだけだ」

「うんうん、解るよ。君とあの娘は特別だ、それ以外は虫けら以下。足にくっついて微かな痛みを与える蟻など、潰してしまえばスッキリする」

「僕と彼女が特別?」


「火の鳥。不死であり若返る事が出来る生物。想像上の生物みたいだけど、この地球上にもいるんだ、若返る事が出来る生物はね。ベニクラゲって知っているかな。老衰で死ぬ寸前に、さなぎのような状態になり若返り再び成長を始める」


 眼鏡を布で拭いて、掛けなおした所長は続ける。


「インフィニットは再生を人にもたらす。その実験体に君が選ばれたんだ。名誉なことだ。まあ多少無理やりだけどね」

 所長が僕を見るその目は、前回までのモルモットをみる無関心なものではなく、貴重な宝石を見る眩しそうな視線に変わっていた。


「……前に彼女が僕は特別な人間だと、いつか僕にもそれが解ると……」

「うんうん、そうだ、まさに君は特別。人としては冴えないけどね。順調に血天使へと進化を進めている」

「ちてんし?」

「本当は智天使、と名付けたのだが、ここの職員達が君たちを血天使と呼んでいてね」


「血天使……僕は何になるんだ?」

「まだハッキリしないんだ。それに途中で駄目になるかもしれない。初潮前の少女ならセカンドという実績もあるけど、男はまだ成功例がないんだ。だから君には頑張ってもらわないとね」


 手招きをする所長。白衣の男が近づいてきた。

 拘束具で縛られ大量に打たれたクスリの激痛で、疲労した身体は抵抗できない。


「もう止めてくれ!」


 白衣の男が、注射器を僕の腕に差し込むと激痛と意識の混濁が始まった……壊れていく精神と身体。恐怖と激痛で無くなる心と気力……僕は辛うじて心を繋ぐ、諦めたくない想いを心に浮かべる……少女に会いたい……と。


 必死に心を保とうとする僕の様子に、所長は頷き話しを続けた。


「これでインフィニットの投与は最後になる。成功するのは正直難しいと思っている。でも人間はこれまで、たくさんの疫病に襲われた。スペイン風邪、コレラ、エイズ……しかし100%の人間が発症し死するわけではない。生き残る人間が必ずいる。その遺伝子は子孫に伝えられる。それが進化の一つの道だ。ケルブの血を受け入れる男。その確率は0.02%つまり一万人に二人くらい。一万人を殺して適合者を見つけるか?そんな事はしない効率が悪い。ケルブに見つけさせるのさ。ネットを漂い、少女が出すシグナルを受け取りビジョンを見る、インフィニットに、適合する可能性のある男をここに連れてくる。百人程失敗したが、今度はいいよ、本当に君は優秀だ」

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