第27話 セカンドと呼ばれる

カラカラ、寝台の動く音が聞こえる。


身体は動かない、自分の状況を確認しようとあたしは、唯一動かせる目を配らせる。

白い手術着を着た男達が、動けないあたしを運んでいる。

扉が開く音が聞こえ、手術室にあたしは運び込まれた。

強い光が天井から注がれ、あたしの状況を確認する男達。


「胸に二発、腹に二発、銃弾の後あり」

「バイタルは安定している」

「信じられない。普通の人間なら瀕死の状態なはず」

「やはり、この子は……ケルブ」

 眼鏡の男が呟きに痛む体で聞き直すあたし。


「ここはどこなの?」


 呟いた。でもそれに反応する者はいなかった。


 最後に覚えているのは、研究所で暮らしていたあたしが、逃げる少女を追っていた事。少女は銃で撃たれ、何かのクスリを首に注射された。


 ショックで立ち尽くすあたしにいきなり撃ち込まれた弾丸。

 全てに靄が掛かったみたいにハッキリしない。

 すべての感覚が不確実。

 まるで、重い液体を漂っているような感覚。


 そして毎日訪れる白衣の男達の恐怖。

 連日の治療と称した人体実験。

 あたしは身体の動きをすべて封じられ、この部屋に連れてこられる。


「……やあ、今日のご機嫌はどうかな?」

 白衣の研究員が今日も来た。

「さあ、今日も大事なクスリを注射しようね」

 沢山のカメラが備えられている、この小さな牢獄。

 研究員は慣れた様子で、あたしに赤い液体を注射した。

 激痛と幻が交互に、あたしを襲ってくる。


「八時三十分、インフィニットの投与を開始。少女の生体チップに、クスリに対する刺激情報が記憶された模様」


 カメラに向かって、記録を撮る研究員の姿。

 私は全身を痛みと恐怖で、汗がビッショリと拘束服を濡らす。

 苦しむわたしの姿を嬉しそうに見ている……眼鏡の所長。


「何か我々に伝える事はないかね? セカンド……赤い瞳の天使」

 所長が微かに笑いながら聞いた。

「セカンド? 何の事?」

「君が見た少女は不良品でね。再生力が無くなり、腐ってしまったんだ。そして同時にこれもダメになった」

 所長が振る瓶の中には灰色の肉片。


「それは何? あの子はどうなったの?」

「これは少女の脳幹から取り出した貴重なもの。彼女は用無しになったから、別の部屋で休んでもらっている」

「脳? まさか……」


「切ったよ。痛がっていたが、ケルブの力を持つ者は、死ぬわけではない。それと優秀な君は、正式に検体二号と認められたよ。我々はセカンドと呼ぶ事にした」


「あたし達を使って何を実験しているの!?」

「前に話した、大型ハドロン衝突型加速器の事を覚えているかな?」

「光の速度で粒子をぶつける装置……あなたがそう言っていた」

「良く覚えていたね、いい子だ。実はもう一つ、世界の富豪達が出資して秘密裏に完成された全長百キロ、太平洋の海底に造られた、超大型ハドロン衝突型加速器が存在する」


「ハドロン……前にも聞いたけど、それがあたし達と何の関係が……」

「太平洋の装置はスイスのものと、ぶつける粒子の質量が桁違いに違う。それはブラックホール、異次元召喚を目指した、人類の未来を左右するシステム」

「異次元召還!? あなたが望んでいた現象……そんな危険な実験が認められるのわけないでしょ!」

「当然秘密裏のプロジェクトさ。ここと同じようにね。法なんてものは権力者の都合で出来ているから、どうにでもなる。まあ多少は危険はあるよ。その辺は上手く誤魔化している。科学者達は危険性を曖昧に報告するんだ。どうせ実験の本当の意味とか意義とかは、権力者には理解出来ない。失敗したら……そうだな地球が消えるか、太陽系が無くなる程度は想像できる。でも実験は成功、ブラックホールの発生と異次元召喚が確認された」


「……その装置の実験と、この研究所との繋がりは何?」

「得られたんだ。この世界には存在しない物質。それは一個の未知の生物の細胞だった。それを培養し研究する為に、この研究所は設立された」


「それがどうしたの!異次元の細胞の破片を得たからどうなるって言うの!?」

「君は知っているかな?日本各地に残る若返りの伝説。若返りはよくある民話の類。田沢湖の辰子姫は禁断の魚を食べて龍神になった。人魚を食べた者は歳をとらなくなった。そんな逸話が日本中、いや世界中に沢山存在する」


「何を言っているの? そんな昔話を信じているの、科学者のあなたが?」

「そんなに非科学的かな? 人が抱く永遠への若さへの憧れ、それを実現した者達。それは全て伝説なのか? 民話に共通するのは、世界に存在しない何かを食べて、若返りや不老不死が実現される事。例えば禁断の魚や人魚などをね。そして私が興味有るのは、若返った者達は、人間を越える生き物になった事さ」


「人間を越える生き物?そんなのただの化け物でしょう?」

「君が言うただの化け物が貴重で、私には興味があるものなんだ。異世界から得られた細胞を培養した時に私は驚いたよ。数日で一個の細胞は、急激に増殖を繰り返し人の形になった。〈ケルブ〉日本語では智天使。幼き人類に、新しい知恵を授けてくれる者。私達は彼女をそう呼ぶ事にした」


「あの水槽の女の人の事ね……」

「そうさ、彼女さ。そして彼女のコピーの制作が始まった。なんせオリジナル、彼女はのファースト。壊すわけにはいかないからね」


「あたしは……彼女のコピーなの?」

「そう、君は赤い瞳を持ち、驚異的な身体能力を発揮する。ファーストの最初のコピーの成功者だ。君が見た少女は研究所で暴走し、捕らわれた部屋を破壊し職員を殺した。今回君を造り出す事に、皆は口には出さないが、その表情で分かる……君たちを血天使と呼び恐れている。私には、あの鮮血のビジョン……赤い瞳の少女が、コンクリートを砕き、警備の身体を引きちぎった。飛び散る血の色と粉塵の鉄の味、鮮烈で今でも忘れられない。君はセカンド……とてつもない力を持つのだろう。実験が楽しみだ」


「……あたしは、そんな怪物にはならない」

「銃弾を浴びた少女は活動を停止した。君は実際に見たよね。そして彼女は再生を開始する。僕は彼女の身体を調べた。そして見つけた、彼女の脳幹の一部に、この世界では存在しない物質を。一ミリにも満たないが重要な記憶をメモリする生体チップをね。何度、身体が破壊されても、チップのメモリは再生の重要な情報を保っている」


「え! 何を言っているの!?」

「君は良い結果を残してくれた。再生による若返りを望む世界の権力者と富豪達。この研究所の出資者である老人の為に、君の血液からインフィニットを造り出せた。地位も金も豊富にあるが、生物としては非情に脆い老人達には、ファーストの血と肉は強すぎて抗体を造る必要があった。全ての性別年齢を揃えてから実験は開始された」


「実験!……何人殺したの?」

「ほんの三百程だよ。百億を向かえようとしている、人類にとって微少なものだ」

「この……人殺し!」

「めでたくになれたのは、初潮を向かえる前の娘だけだった。そしてせっかくになれた者も、すぐに力を無くし腐り始めた。抗体を造り出すまで正気を保ったのは君だけ。十二歳で覚醒した君は、二年間以上色々と実験に協力してもらったよ。だが、君の身体も少しずつ、壊れ始めた」

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