血天使の見る夢(リライト)

こうえつ

恐怖はすぐそこにある

僕の見る夢

第1話 深紅のスマホ

 大きなヘッドホンを耳にしている、まだ若い部類に入る僕。


 男の子とは呼べず、よれた背広とだらしないネクタイのサラリーマンでもない。

 耳をすっぽりと囲むヘッドホンから漏れる音、かなり大きな音で聞いている。


 僕は……何も聞きたくない、知りたくないから。

 隣の中年の女が少し嫌な顔をしている。


 列車は揺れながら、次の駅、僕の目的地へと進んでいく。

 到着ギリギリまで座り、大音響で音楽を聴いていた僕は、列車の扉の開く音に気づかずに、ホームから中に入ってきた人を見て、慌ててその流れをかき分け始めた。


 列車の扉が閉まりかけたなか、急ぐ人々を止めながら進む僕に、嫌な顔をする人もいるが、強引に外に出た。一人の老人が呟く。


「すみません、もないのか……最近の者は……まったく」



 僕は老人の言葉に、満員電車に、大きなため息をついて、ホームを歩き出す。

 一瞬外したヘッドホンから漏れる、壊れた音が漏れて夜の空気に広がる。


 名曲の筈の音の破片が、まるで僕の残り香のように廻りに残った。

 僕は、なんとなく少年時代を過ごして、青年時代を送った。


 青春なんてものは感じて無かったし、必要性も感じて無かった。

 平凡な高卒で専門学校を卒業。


 何になりたいとも、何をしたいかも決めないまま過ごし、今はアルバイトでなんとか生計を立てている。


 ここまで特記するような事は、なにも起こらなかった、いや起さなかった。

 僕は特別を望んでいなかった。


 バイトでも、上を目指す事はなく、言われた仕事をただ、こなしていく。

 それだけだった。



 階段を上り、二階の一番奥の自分の部屋に向かう。


 鍵を開けて、自分の部屋に入る、手探りで薄暗い部屋のスイッチを入れると、最近、珍しくやった新しい事、取り替えたばかりのLED電球、そこから青白い光が放射される。


 靴を脱いで、部屋の中に入った僕は、ジャンバーを脱いで、壁のハンガーに吊るした。


 もう九月も過ぎそうだが、まだ寒い感じは無い。

 例年の異常気象もこう続くと、こっちの方が正常のようだった。


 僕が部屋の窓を開くと、夜の都会の風が入ってくる、少しくすんだ、湿った焼跡のような臭いがした。


 何か近くで燃やしているのか、臭いを嗅いだ直後は思ったが、すぐに慣れて忘れてしまう。


 大きなヘッドホンとそれが繋がった、スマートフォンを机の上に置く。1DKの一人暮らし。ダイニングには机と衣装ケース、もう一つの小さな部屋にはベッドと、扉と引き出しがついた棚が一つ。


 普段の服装、Tシャツにジーパンに着替える。あまり大きくない姿見の鏡に写るのは、どこにでも居そうな、記憶に残らない“ただの若い男”の姿。


 無論、自分自身、見慣れた姿に注意を引かれる事は無い、特徴がない僕は、冷蔵庫から缶ビールを取りだすと、テレビの電源を入れた。テレビは特に見るわけではない、部屋のイルミネーションと効果音に使われている、無いとなんとなく物足りないただの箱。


 僕は忘れ物に気がつき、ダイニングに戻る。忘れた事、カップ麺のお湯を沸かしながら、少し異臭が強くなった台所を見る。


「さすがに、そろそろ掃除しないとまずいな」

 お湯を入れたカップ麺と、ポテトチップスをダイニングの机に置くと、忘れ物がない事を確認してから、今度は安心して座り、スマホを開けたを入れた。


 バイトへは生活の為に勤めているだけ、目立つ事が嫌いな僕は、世間の人間とは、必要最小限な付き合いしかしない。ニュースも噂も、人から聞くことはなく、スマホ上に流れる情報から得ている。


 スマホの画面に流れる情報は、相変わらず、ウィルスの蔓延と、日本の減退と、愚かな政治家の話が溢れている。


 僕の暮らしにも、その愚かさは、不況と減給として現れていたが、どうしようもない事。


 ……そう諦めて、深く考える事は止めていた。



 ビールを缶のまま飲みながら、チップスを口に運ぶ。

 スマホで流れる湾曲した情報見ながら、時々口元を歪ませる。僕にとっては一番の楽しみだった。


 この社会では“夢がない上昇志向がない”まるでその事が、悪い事のように言われる。しかし、責任とストレスを押し込まれて、ほんの少し給料が上がっても、嬉しくはない。


 朝早くからのミーティングで絞られる、同級生の出世頭の話を聞くと、逆に安堵していたくらいだった。


 今日は一番疲れる、週の真ん中の曜日。


 深夜、バイトが終わった僕は、いつもと同じようにPCの前に座っていた、

 いつも明けががたまでプレイするオンラインゲームをするためだ。


 缶ビールを横に置いて。今日はネットのフリマで目を引いた物があった。

 新しい機種のスマートフォン。色は血のようなレッド。

 今持っているのは、もう古いタイプで四年は使っている。


 出展者の情報を確認すると、信用度五つ星で、取引数も多く問題も起した記録が無い。

 フリマは大当たりを引くこともあるし、ゴミが送られてくる事も多い。


 しかし価格は通常の五分の一程度。これはどう見ても買いだ。

 自分のIDでログインして、プラス、最初の五千円の落札価格を入力する。

 フリマの締め切りは、今日の零時みたいだ。

 締め切りが近づくが誰も購入していないので、かなりインチキ臭いなと思ってしまった。

 定価は十万以上のハイスペックモデル。本物ならもっと価格は上がりそうだから。


 ほとんど期待していなかったから、販売時間の前に滑り込みで、フリマで購入依頼をした事も忘れていたくらい。



 深夜のMMORPGを始める前に、ピーン、単純なソーシャルゲームに、夢中になっていたとき音が部屋に響いた。

 フリマから購入済みを知らせる音だった。


 スマホを見てみると、画面には”購入済み”が表示されていた。


 履歴を確認する、いつもだがこのサイトは使いづらい、かなり大きなフリマサイトなのだが、ユーザー便宜は興味が無いらしく、金になる出展者への課金とか、そんな運営側のシステムだけはしっかりしている。


「相変わらず使えない面倒なシステムだな、これ。うん?」


 メールに着信があった。メーラーをクリックすると、一通のメールが届いていた”発送のお知らせ”とタイトルに書いてある。


 中身はスマートフォンの落札と、品物を僕宛に発送した事を書いてあった。

「発送? 随分早いな、しかも零時に発送?……最近の流通は進んでいるな」


 紅のスマホは明日には届くと、メールには書かれていた。



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