第18話 点火

 ダルスたちが店に戻ると、スザンナが開店の準備をしていた。ユリアンたちと連れ立って店に入ってきたダルスを見て、スザンナは眉をひそめる。

「……何だい、服を買いに行ってたんじゃなかったのかい?」

「それはそうなんだが、ちょっと大変なことになってな……」

 ユリアンとヤブジニーがピサレンコを引きずり出してきた。帰りの車の中でも何度か殴られていたのでふらふらだ。

「何だい、こいつが何やらかしたんだい?」

「ピサレンコさんがね、お財布を盗んだの」

 まず、コリウスが口を開いた。

「……そうかい。言っとくけどウチは関係ないよ」

「それが、その金を麻薬を買うのに使おうとしてたんすよ」

 ダビドが引き継ぎ、ヤブジニーが頷く。

「……まあ、そんなこったろうと思ったよ。情けないねえ、ホント」

「そしてコリウスがその場に巻き込まれた」

 ダルスが後を続ける。

「何やってんだいアンタ?」

「で、俺とダルスがアホ共を叩きのめしたら、アゴン・スズハレイの連中が売人だったって訳だ」

「何やってんだいアンタら!?」

 最後にユリアンが締めると、とうとうスザンナは声を荒げた。

「いや、ヤバいとわかってたんだけど、コリウスちゃんが囲まれてるのを見たらついカッとなっちまってな……どうしたもんかね、これ」

「よりにもよってマクシムの若造が相手かい。間違いなく乗り込んでくるよ、アイツは」

 話し合うユリアンとスザンナは緊張気味だ。危機感の度合いが分からず、ダルスは尋ねる。

「その……何だ。アゴン・スズハレイというのは、そんなに危ない連中なのか?」

「ああ。あいつらはホテルの一味だ」

「ホテル?」

「街の東側に『クロドゥング・メヴリージャ』っていうホテルがあってね。そこを本拠地にしてるマフィアだよ。誘拐、密売、何でもあり、そのクセ仁義の一つも切らない、ロクでもねえ連中さね。で、アゴン・スズハレイを根城にしてる奴らは、その中でも一番凶暴な連中なのさ」

「ボスはマクシム・アイトマートフ。ホテルの幹部で一番の武闘派だ。ホテルにナメたマネをした奴は、全員コイツに叩きのめされた。市議会の議員も殺したんじゃないかって噂もある」

「ウチにも昔来たねえ。あの時はあの人が相手してくれたから返り討ちだったけど……根に持ってるだろうね。間違いなくウチに来るだろうさ」

 どうやらこの街のマフィアは、ユリアンたちコズロフ・ファミリーだけでなく、もう一つあったらしい。そして話を聞く限り、彼らとは比べ物にならないほど厄介な連中なようだ。

「なるほど、よくわかった。粗暴な上にプライドが高い。最悪だな」

 そしてダルスはスマートフォンを取り出す。売人たちから奪ったスマートフォンだ。ボタンを押したり、画面をタップしたりしてみるが、ロックは外れない。諦めて次のスマートフォンを取り出し操作する。

「何してるの?」

 スマートフォンをいじくり回すダルスに、コリウスが声をかけた。

「いや、どれもロックが掛かってて使えん」

「それ、さっきの人たちから奪ってきた携帯よね? 何がしたいの?」

「何か情報が入ってないかと思ったんだが……」

 どのスマートフォンもキッチリとロックされている。売人のくせにマメな連中だ。悪戦苦闘するダルスの様子を見て、ダビドが声をかけた。

「1台、借りてもいいかい?」

「ああ」

 ダビドはスマートフォンを手に取ると、何回か操作し、少し時間を置いてテーブルの上に置いた。

「ほい、解けた。次」

「何だと」

 画面を見てみると、確かにロックが解除されてメニュー画面が開いていた。

「お前……凄いな」

「いや、こんぐらい余裕っすよ。それで食ってるんで」

「コイツはこう見えてITの専門家でな。鉱山で使う機械のプログラミングとかも、こいつが仕切ってるんだよ」

 スザンナと話していたユリアンが説明する。見かけによらないスキルを持っているものだ。

「そうか。感謝する」

 礼を言うと、ダルスはスマートフォンを操作した。メッセージアプリに通知が来ている。持ち主の安否を気遣うメッセージ、誰かへ連絡するグループメッセージなどが流れている。ホテルの構成員たちのメッセージだろう。

「ホテルの連中はスマートフォンで連絡を取り合っているみたいだな。『ミザールたちが売り場でコズロフ・ファミリーの連中にやられた』と言っている」

「俺らの話だ。いつのメッセージだ?」

「20分前」

「随分遅いな……」

「全員の携帯を奪ったからな。仲間と合流して携帯を借りるまで、時間がかかったんだろう」

 ダルスがスマートフォンを全て回収した理由の一つがこれだった。スマートフォンがなければ、仲間に連絡するには直接出向くかどこかの電話を借りるしかない。それがいい時間稼ぎになる。

 アプリにメッセージが次々と到着する。どうやらホテルの構成員はこのアプリで連絡を取っているらしい。各地のグループに緊急の出動命令がかかっている。

「……使えるな、こいつは」

「うん?」

「見ろ。敵の動きが手に取るようにわかる」

 アプリ上には、どのグループがいつどこに行くかがキチンと記載されている。これから酒場に襲撃をかけるのにも、このアプリが使われるだろう。つまり、これから先の敵の動きは全て把握できる。

「なるほど! それなら迎え撃ちやすいってもんだ!」

「……こちらからは打って出ないのか?」

 てっきりユリアンの方からホテルへ出ていくつもりだと思っていた。それに戦いは機先を制したほうが有利でもある。だが、ダルスの疑問に対してユリアンは苦々しげな表情を浮かべた。

「人数が足りねえ。事務所も守らなくちゃいけねえから、店に来れるのは20人ぐらいだ。相手は……多分50人ぐらいで来る。攻め込むと店の守りが足りねえ」

「20人? おい、店の客と同じぐらいの人数だぞ? マフィアのボスならもっと動かせるんじゃないのか」

「オヤジが生きてた頃はそうだったけどよ……今はいろいろ大変なんだ。頼りになる奴らは捕まっちまったし、殺すことしか考えてないバカ野郎は勝手しやがるし……」

 そう語るユリアンの表情には、苦労が滲み出ていた。先代のボスが強力だった反動で、今のボスは組織をまとめきれていないようだ。売人たちを始末しなかったのも納得がいく。司法に根回しするほどの力が無いのだろう。

「……ユリアン。今回は選んでられないよ。跳ねっ返りの連中……それに、『ゼミリヤ』にも声をかけな」

 スザンナの言葉に、ユリアンは驚く。

「ゼミリヤ!? あいつら、婆さんにはついていけないって、出てった連中だぜ? そんな奴らに俺が声をかけても……」

「あんたなら大丈夫だ。ちったあ自信持ちな。それにゼミリヤの連中はマクシムとやりあった事がある。ボスのアンタがお題目をくれてやれば、喜んで暴れまわるだろうさ」

 ゼミリヤという名前をダルスは聞いたことがなかった。話から推測するに、ユリアンの命令を聞かないコズロフ・ファミリーの武闘派だろう。内部分裂の原因になっている派閥に助けを求めるのは下策だが、それに頼るしかないほど追い詰められているのも事実だ。

 だが、そこまでやっても防戦になるのは免れないだろう。そうなればこの酒場が戦場になる。隠れているダルスとしては、目立つような真似は何としても避けたい。だが、相手はプライドの高いマフィアの幹部だ。自分の顔に塗られた泥をすすがせるまでは、しつこく追ってくるだろう。

 それに、流れ弾がいつカウンターを飛び越えていくかわからない。スザンナはショットガンの手入れをしておりほどやる気に満ちているが、コリウスはどうだろうか。チラリと顔色をうかがってみるが、感情は読み取れない。

 スマートフォンをいじりながらダルスは思案していたが、やがて溜息をつくと立ち上がった。

「ダルス。どこに行くの?」

 コリウスが声をかける。ダルスは奪ったスマートフォンを取り出し、画面を見せてやった。

「先手を打つ。近くの店に5人ほど集まっているらしい」

「1人じゃ危ないわ。誰かと一緒に行ったほうが……」

「いや、1人がいい。他の連中は顔が知られているだろう? 俺なら警戒されずに近くまで行ける」

 コリウスはまだ何か言いたげだったが、何も思いつかなかったようだ。恨めしげな視線で見上げてくる。

「……ずるい」

「何がだ」

「そういうところよ」

「よくわからんな」

 気付いているのか、それとも勘か。どちらにせよしらばっくれればコリウスには何もできない。

「ちょっと暗闇から襲いかかって小突くだけだ。すぐに終わる」

「……無理はしないでね」

 ダルスは返事をしなかった。軽く肩をすくめてみせると、店を出ていった。

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