10話 精神の崩壊


 ルビアが居るであろう部屋に向かうにつれて、徐々に憎悪が増してくる。自分に対する憎悪、そして敵に対する憎悪。今の俺は憎しみしか感じられなかった。


(全員殺す)


 もうどうでもいい。1階に居た敵が、ルビアはもう死んでいると言っていた。生きていると信じたい。でもルビアの髪を見てしまった以上生きている可能性は薄い。ルビアが居ないのに生きている意味なんてない。


(なんで大切な人すら助けられないんだ)


 他の人なんてどうでもいい。ルビアさえいてくれれば。そう思ってた。俺を助けてくれた人に恩返しすらできずに俺は...。


(こんなこと考えても意味ない...)


 まずは目の前のことに集中しよう。部屋の扉を開くと見知った顔が居た。


「な、なんで...」


「なんでだと? そんなの決まってるだろ。ルビア様とお前が私にとって邪魔だったからに決まっている」


「...」 


 ドーイさん。うすうすこの人が今回の黒幕だと気づいていた。でも確証がなかった。周りの目を気にしすぎていた...。


(あの時殺してれば)


 そう。今思えばルビアとエーディリ王国から戻ってきたときからおかしかった。驚いた顔、そしてなぜか安堵された言葉。あの時は道中危険がなかったかを心配されたのかと思った。でもそれなら驚いた顔をするはずがない。それに加えて俺たちが襲われたことを知っているはずがない。ミア様が国に報告したとはいえ、重要な情報だ。知っていて国王と王妃、そして本当に身近な人しか知らないはず。


(クソ)


 するとドーイさんが話し始める。


「ルビア様の行動が今までうざかった。国のために金をちゃんと回しているか。国民を最優先に考えているか。そんなの二の次だろ。まずは私たち上級国民が優先だ。それなのにあいつは給料を減らしてでも国民に渡そうとした。あまつさえ私が金を横領していたのに気付き始めていた。そんなことを国王に何て言われたら私はクビもしくは処罰だ。そんなこと許されるはずがない」


「...。それはお前が悪いだけだろ」


 ドーイは鼻で笑いながら


「私は悪くない。国を動かしている身分なんだからそれなりの報酬をもらってもいいだろ。それにノア、お前も気に食わない」


 俺のどこが気に食わないんだ? 俺は特にこいつの害をもたらしたわけじゃないし。


「今は男爵だろうが、もともとはただの平民。そんな奴が王女様の護衛? 笑わせるなよ。私が推薦した護衛を雇っていればいいものを」


「...」


 こういう奴がいるのはわかっていたが、こんな身近にいたとは思わなかった。


「お前のことは調べさせてもらったよ。いや、お前の実家のことをか。そりゃあ大変だったさ。お前の実家の情報は国家機密になっているんだからな。なんで平民の情報が国家機密になっているのかわからなかった。でも調べれば調べるほど納得したさ。お前の実家は...」


(実家が国家機密? 初めて知った)


 続きを言おうとした時、よくわからない奴が話し始める。


「お話はここまでにしましょう。時間をかければかけるほど私たちの不利になります。今すぐこいつを殺しましょう」


「そうだな! でもまずはこれを見せてやろう」


 そう言って少しばかし明かりがつくとそこにはルビアが寝ていた。


「ルビア!」


 生きていた。死んでいると思っていたから本当によかった。生きているとわかっただけで希望が持てた。それと同時に人を殺していはいけないという感情が少し戻ってきた。


「こいつにはもっといい使いようがあるからな」


「使い道?」


「性格はクソだが顔は良い。殺すのはもったいない。そこら辺の貴族に売ればいい金になる。それにこんな使い方もできる」


 するとドーイはルビアの顔に剣を当てて傷をつける。うっすらとだが血が流れているのが分かる。


「ゲスが」


 ルビアに気がいっている時、刺客の奴らが俺に攻撃を仕掛けてくる。すぐさま避けて暗闇のところに移動する。


「動くな。少しでも動いたらこいつを殺す」


 動いたらルビアは死ぬ。動かなくてもルビアは今後生き地獄になるだけ。だったら...。もう殺すことにためらいなんてない。


 俺は影移動を使いドーイの後ろに行き、首を掻っ斬る。


「お、おまえ...」


 ドーイが横たわりながら死んでいくのが分かる。それを見ていると刺客が俺に全方位から攻撃を仕掛けてくる。


(ルビアを守りながら避けることはできない)


 使いたくない。こんな奴の記憶なんて見たくない。でもここで使わなかったらルビアは...。迷ってる余裕なんてない。


 ドーイの影を召喚する。精神を持っている死体を召喚するとき、そいつが死ぬ間際の記憶、苦痛などが一瞬にしてやってくる。


「ッ...!」


 人を殺したい。国民が憎い。俺さえいればいい。そんな感情が自分の中に入っていくのが分かる。そして体全体に激痛が走った。


 苦痛を持ちこたえながらドーイの影をルビアの盾にして守る。そして俺は刺客たちに影移動で背後をとり一人ずつ殺していく。


(俺は悪くない。こいつらが殺そうとしてきたのが悪い。でも...)


 自分の感情に抵抗しながら最後の一人を殺した時、俺の感情が無くなっていたのに気付けなかった。誰でもいいから殺したい、そう思えていた。


 何で今こうしているのかわからずに数分間棒立ちしているとルビアが目を覚ます。


「ノア?」


「...」


 ルビアに名前を呼ばれても何とも思えなくなっていた。

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