短編小説「選択」
こがまな。
第一編
ふと夜の風を浴びたくなり、私は部屋を抜け出してマンションの屋上で一人星を眺めていた。
夜空はこんなに綺麗なのか。
屋上から眺めた空には雲一つなく、深い水のように澄み切っている。
都会でも空が綺麗に目に映ることに少し感動して、私は息を軽く吸って吐いた。
息を吐き切ったタイミングで空をもう一度見上げると、私の手を引くように携帯電話が鳴り始めた。
携帯電話には同じクラスの「ミミカ」の名前が表示されている。
私が携帯電話を耳に当てると、つんざくような悲鳴に近い叫び声が鳴り響いた。
「お願い……お願いだから……!」
ミミカは震える声で私に懇願した。
「マミに……マミが私を……殺そうとしてるの」
マミもまた、ミミカや私とおなじクラスだった。
「だった」という過去形なのは、彼女はもう私たちの同級生ではないからだ。
マミはもうこの世にはいない。
彼女は自ら命を絶ったのだ。
今日の午前の授業中、マミは急に叫び声を上げた。
「……こっちに来ないで! やめ……て……! やめてよ……! 来ないでよ!」
泣き叫ぶ彼女の目は、同級生を誰一人捉えていなかった。「あなたたち……誰なの……お願いだから来ないでよ!」
マミは自分の椅子を持ち上げると、教室の天井に向かって投げつける。
椅子はそのまま勢いよく落下して女子の一人に激突し、それに当たった女子が悲鳴を上げたが、それはマミの叫び声によってかき消されてしまった。
マミの口から出る言葉は日本語として意味を成してなく、誰も理解することが出来なかった。
だが、教室の皆が聞き取れた言葉が一つだけあった。
「死にたくない」
何度も、何度も。
彼女はその言葉を繰り返す。
私はマミを落ち着かせようと手を伸ばしたが、私の手は空をつかんだ。
彼女は窓に向かって飛び出したのだ。
教室の空気が籠る午前最後の授業。教師の指示によって大きく開いていた窓から、マミは勢いよく身を投げ出した。
私たちが授業を受けていたのは学校の5階の教室だった。
マミが窓から身を投げ出して一分も経たないうちに、クラスの誰も聞いたことがない鈍い音がした。地面と柔らかい人間の身体がぶつかった音だ。
その音で、ついにクラス全員がパニックになった。
教室から泣きながら逃げ出す者、その場にうずくまって苦しそうに呼吸をするもの、私のように呆然と立ち尽くす者…。
当然、私たちの学校は臨時休校となり、生徒たちは家に帰された。
クラスの中でこの事件に一番衝撃を受けていたのは、おそらくミミカだろう。
ミミカは学校から出る直前までトイレに籠って、身体の水分がなくなってもなお、吐き続けていたようだ。
「ミミカ、マミと仲が良かったもんね」
同級生の何人かがミミカを心配するかのようにそう言ったが、彼女たちが本心では全くそう思っていないことは誰の目にも明らかだった。
ミミカはマミの死を全く悲しんでいない。
それはクラスの共通認識であり、実際、事実そのものだった。
ならば、なぜこれほどまでにミミカは衝撃を受けているのか。
その理由を知るのはこの教室で私一人だけだった。
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