夕陽のあたる家

松山みきら

1

 お向かいさんの庭には三台の自動車が停まる。

 この広い田舎では何をするにしても車が無ければ困る。

 電車やバスは一時間に一本のみ、しかも街中まで行かなければアクセスできない。

 都会から越してきた私もここでの生活のために車を買ったくらいだ。


 二階の書斎で執筆作業をしていたら、車の音が聞こえた。

 開け放った窓からそよ風が入り込んでレースカーテンを揺らす。

 原稿用紙の上にペンを転がして立ち上がった。

 窓に近づき、道を挟んだ向かいの家へ視線を落とす。

 黒いコンパクトカーが停車して、降りてくる若い男の姿が見えた。

 彼の表情は暗い。


「あら、息子さん……」


 ヘビースモーカーで肺と心臓を病み、病院に通いながら老後を過ごす父親。

 世間知らずで自分本位なのに、なぜか職場では信頼されて立派に働く母親。

 そして、気が弱く流されるまま生き続けてきた息子。

 隣の水島みずしま家は今年の春に町内会を辞めたそうだ。

 町内会の勧誘に来た狐目の老父が、

 聞いてもいないのに彼らの話をしたから覚えている。


――ああ、かわいそう。町内会の長が噂を広めているとも知らずに。


 書斎のステレオから『朝日のあたる家』が流れていた。

 西に傾いた日差しは朝日とは呼べないけれど、

 肌に感じる眩しさと暑さは物悲しいメロディーによく似合う。

 両足を重そうに動かして歩く、脆弱で哀れな彼の姿にも。


「下のお名前は何て言ったかしら」


 少しだけ鼓動が速くなる。

 口元が悪い形に緩んで、踵を返した。

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