第2話「兵団長室前にて」

リードリッヒが、団長室に入って5分が経過した。


廊下では、5体の人形が壁に寄りかかり話が終わるのを待っている。




「時間はかからないって言っていたのに遅いね〜」


緑色の髪と緑色の瞳を持つ3番目の人形『トリア』が待つことに我慢出来ないのか、ソワソワし始めた。




「トリア姉様。まだ、5分しか経過していませんよ?」


トリアの真横から返事が返ってくる。答えたのは、白く長い髪を頭の後ろでふたつに結び、銀色のような白色の瞳を持つ5番目の人形『チューリッヒ』。




「・・・・・・・・・同意・・・・・・・・・・姉さんに」


横並びの5体の中で1番端に座り込んでいる個体からボソボソって声が聞こえた。光を吸収してしまうような漆黒の長い髪と漆黒の瞳を持つ4番目の人形『ツム』。




「お?ツム〜。分かってんじゃん。ほら〜2対1だぞ〜チューリッヒ。


大人しく私の暇つぶしに付き合ぇい!」




「・・・・・な、なんで、そうなるんですか!ぎゃゃゃゃ!!どこ触っているんですかっ!?ちょっ・・・・!抱きつかないでくださいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」




暇で暇で仕方がないトリアが真横のチューリッヒに抱きついた。胸部を触ったり、膝の上の高さでヒラヒラしているスカートをめくってみたり。やりたい放題である。


被害を受けているチューリッヒの真横で座って眺めていたツムは、自分の影へと手を伸ばし、影の中に手を突っ込むと、何かを引っ張り出した。それは、紙とペン。




じゃれあっている?2人へと体を向け、紙の上でペンを走らせる。


2人を見上げて描く。2人を見上げて描く。これを繰り返しているツム。


好きなことをしている時の瞳には、明かりが灯っていた。




「た、助けて!ツムちゃん!ツムちゃん!?なんで、この状況で絵を描いているの!?うっ、うはっ!ギャーハッハッハッハッハッハハッハッハッハッハッハ !!」




ただ触るのに飽きてきたトリアが、くすぐりを加え始めた。チューリッヒの笑い声が廊下に響く。




「・・・・・・・・・絵のモデルになると思ったから?」


何故か疑問形で返すツム。だが、笑いに囚われているチューリッヒにその声は届かなかった。











「こちょこちょこちょちょちょちょちょ〜〜〜」上機嫌で、チューリッヒを弄るトリア。だが、それも唐突に終わりを迎えた。




2人の前に人影がっ・・・・・・・・・。


そして、固いもの同士が衝突する重たい音が1つ鳴り




「痛ッッッ!?」




頭を抱えて座り込むトリア。目の前には、1体の人形が冷たい笑みを浮かべて立っていた。




「トリア?静かにしないと殴るわよ?」


二人の目の前には毛先が炎のように赤い長い黒髪と炎のように真っ赤な瞳を持つ、1番目の人形『メラニー』が仁王立ちしていた。




「いい?マスターが扉の向こうで重要な!話をしているのよ?


どうして、我慢して持っていられないの。トリア?」




「いてて、殴った後に殴るわよ?はないよ~メラニー姉さん」


頭を押さえながら、立ち上がったトリアは目に涙を浮かべた状態でメラニーと対峙する。




「何なの?その反抗的な態度は。また、殴るわよ?」


腕を振り上げる仕草をするメラニー。




「わ!わわ!わっかりましたっ!あ、すいませんでした!」


恐怖のあまり、反抗的な態度から一転して即謝罪をした。




それに対して、メラニーは少し間をおいてから「ふむ。よろしい」と仁王立ち+腰に手を当てて偉そうにする。




トリアは良しとして・・・・と呟きながら、今度はチューリッヒの方に体を向けた。




「チューちゃんも、チューちゃんよ?ちゃんと、反撃しないと


いつまでも玩具おもちゃにされちゃうわよ?」




眉間にしわを寄せて、諭さとすようにチューリッヒに話しかける。トリアの時と異なり、やさしいお姉ちゃんに切り替わったメラニーは、先ほどまで暴力に使っていた手をチューリッヒの頭に置き、左右に滑るように動かした。




「うううううう~~メラニー姉様~~」




天使のように優しいメラニーに思いっきり抱き着くチューリッヒ。




メラニーは「あらあら~もう~」と抱き着いてきたチューリッヒを迎え入れ、よしよしをする。


その光景を指先までピンと伸ばした直立状態で見ているジト目トリアと絵に落とし込もうと必死でペンを走らせるツム。




そして4体の光景を少し離れたところで眺めているのは、2番目の人形『サイファー』。青白のポニーテールに青々しい瞳を持つ個体。冷さめた表情からは、「何?この茶番?」と言いたげだ。




個性豊かなこの5体は、リードリッヒの娘であり、所有物であり、最大の戦力だ。彼女らは、【魔女】と呼ばれ魔界・人間界の両方で、畏怖されており、戦場で出くわしたくない存在である。




極端な話で敵となれば全滅覚悟で挑み、味方となれば勝ち戦いくさと考えている軍のお偉方も多い。だが、味方として置きたくない者が少なからず存在する。彼女らは強さだけで畏怖されているわけではない。なぜならば、彼女らは生者せいじゃではく〖人形師〗リードリッヒ・クレパスの創造物であるからだ。




そう、魔人でもなければ人間でもない。人形なのだ。それで、個々に意思を持っているのだから、生者からは理解出来ない得体のしれない者という括りとなる。




だから、彼女らは時々思ってしまう。私たちの存在価値は・・?と。


だが、その価値を与えてくれる唯一無二の人がいる。


私たちの創造者で肯定者。そして、想い人。そんな彼がいるから、私たちは【ここ】にいる。

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