『そんときゃ、諦めな』


なぜ、いけないのか。

どこが、まずいのか。


中学生だからという事もある。


ノゾミは、守秘義務を破った時のVIT内の厳粛な規則と、実行性に対する認識が甘すぎた。


バレたら殺さないといけない。


そのことについて、ノゾミは他人事だった。


解っているなら。

姉が巻き込まれたとき、ノゾミはもっと慌てただろう。


そのことを、カナデは手短に、ノゾミに説明した。


「……そんな」


自分のしでかしたことの重大さを、ここにきてノゾミは実感する。



「どうしよう……」


そんな中、時空干渉を切って、VITと連絡を取っていた被験体の一人が、通話を終え、干渉域内に戻ってきた。


「恭司室長は、通常通りの処理を望んでいます。ただ、被験体としてVITに協力する選択をするなら、生かすことも検討しよう、という事です」


被験体。その言葉と共に、視線は姉に向けられていた。


どうしますか?

そう問われても、はい、なんて言えるはずない。


だって。


「それは……! それじゃ、意味がない!」


ノゾミは思わず叫んでいた。

当然だ。

姉を被験体にして生かすという事は、ほとんど、ナルミの時と同じだ。

これでは、姉を守るために『ゲスト』と戦った意味はまるでない。


しかも、姉はまだ、完全に生きているのだ。


さらに、カナデは、抑揚が無い声で、恭司室長のことを言う。

「でしょうね。あの人は、そういう人よ」


黙して目を伏せる、ミユの姿が、カナデと同感だと、言葉なく言っている。


状況が分からないノゾミの姉は、皆の後ろで、耳をそばだてながら、ただ黙っている。


その場に、沈黙が続いた。


チーム:エンプレスが居る以上、被験体たちは姉に手出しは出来ない。

だが、そのガードが無くなった瞬間、姉は消される。


それを回避する手段は、恭司室長の要求を呑むほかはない。


だが、そんなこと、ノゾミは選択できない。


姉はまだ、そんな状況に理解が及ばない。


そこに、カナデの言葉が、響く。


「私たちの処遇は?」


「チーム:エンプレスの処遇は、現状維持とのことです」


「そう。目撃者を庇うっていう、違反を起こしているのに、こっちには随分寛容ね」


 カナデの言葉に、被験体たちは誰も答えない。

 その理由は明白だからだ。

 VITの最高レベルの戦力をどうこうしようという気は無いのだ。

 そして、カナデはVIT発足時からの、古くからの付き合いがある。


 意識的にか無意識的にか、そのへんに室長は寛容だった。


 つまり、カナデの言葉は唯の皮肉なのだ。

 他の被験体からすれば特別扱いであり、歯がみする程のことだが。

 カナデ達の能力を知っている者は、半ば納得せざるを得ない。


 その中に。 


「ったく、ずっけえよなぁ、お姫様? あのセンコー、オレら下っ端にゃ、規則規則ってうるせぇ癖によぉ」


 特攻服のようなものを纏った人物が、たちはだかる被験体達を割って、前に出てきた。

 口調こそ、任務の時よりも乱暴になっているが、その声は、カナデに対し『オウル3』を名乗っていた偵察任務の者だった。


 長い金色と黒のメッシュの髪に、一本の『武装ぼくとう』を携えた、被験体だった。

 その様子は、まるでチンピラ、ヤンキー、レディース。

 そのような感じだった。


 高身長のその少女は、木刀をカナデに突き付ける。


「――つか、こんなしゃらくせーこと、いつまでもやってらんね。アタイは帰ってさっさと御ねんねしてぇんだ。そこをどきな」 


「ミサキ……あんた、あたしらにケンカ売るっての?」


「ハッ。勘違いしてんじゃねえ、姫さんよ。ケンカ売ってんのはそっちだろーが。それとも……アタイじゃてめぇに勝てねえ、そんな嘗め腐ったこと考えてんじゃねぇだろうな? シメんぞこら」


「班長……!?」


勝てない戦いを挑もうとする。 

心配する他の被験体が、ヤンキー少女をそう呼んだ。

そんな、『ゲスト』捜索班の班長を任されている、ミサキは、静かに言う。


「つっても、流石のアタイでも、3人相手すんのは骨が折れっからよぉ」


 さらに、数歩、ミサキは前に出た。

 そして声を張る。


「――タイマンだ、姫。そっちから一人出しな。アタイとやって、そっちが勝ったら、あのセンコーには、カタはつけた、って報告だけだしといてやる」


 その言葉に、ノゾミは、え?と反応する。

 カナデは問う。


「……負けたら?」


「そんときゃ、諦めな」


 ノゾミの反応が示す通り、ミサキのその提案は、決して悪い話じゃない。 


 この状況にひとまずカタを付けられること。

 いずれ見つかれば対処されるとしても、ひとまず姉を『消した』ということにして時間稼ぎできること。


 ノゾミ達には利点が多い。


「あんたはそれでいいわけ?」


 無粋だな、おい。

 とヤンキーは一言言って述べる。


「――アタイらが好んでヒトゴロシしてると思うか? 理由はそれで十分だろ」


 そして。


 さ、誰が出るんだ?


 ヤンキーは、そう、カナデ達に促した。



 







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