『あんた……割とまずいことをしでかしたわ』
『ゲスト』は居なくなった。
だが、ノゾミは武装を解かず。
アフターバーナー全開。
くるりときりもみ回転を決めると、その反動のままに、全武装を折りたたみ。
ヘルム閉鎖、尾の変形、機首の接続。
可変翼となる翼を、デルタに形成し。
巡航形態となったノゾミは、再び姉の待つ繁華街へと、文字通り飛んで行く。
一方。
ノゾミの姉。
ノゾミが、姉を頼む、と言った被験体が。
銃口を突きつけて構えている。
それはちょうど、ノゾミがゲストを葬ったくらいのタイミングだった。
ノゾミにお願いされたことで、暫くは悩んでいた被験体だったが。
やはり思い直し、行動に移したのだ。
「……やっぱり、すいません。私は、業務規則に逆らえません」
――一般人に知られてはいけない。
被験体のことも、ヴァイラスコアのことも、『ゲスト』のことも。
イシイ製薬のしている裏の仕事を、表の人間に知られることは、ご法度だ。
例え、成り行きでこの世界に引き込まれたのだとしても。
一介の被験体に、ノゾミの姉を特別扱いする理由はない。
知られた場合は速やかに消す。
これは、VITの特に厳守すべき規則である。
姉は、銃口を突きつけられながらも、意外と冷静だった。
「そう。ノゾミは、大変なことに巻き込まれていたのね……私の知らない所で……」
覚悟を決めるように、眼を閉じる幸来。
「悪く思わないでください」
そして。
鳴り響く銃声。
轟く鈍い金属音。
重厚な、破壊の音。
足裏の接触した石畳を、盛大に砕き散らし――。
上空から、重力に乗って落下し、着地を決め。
そのついでに、銃弾を弾き返した人影。
「……カナデ戦闘官!?」
「悪いわね、独断で邪魔させてもらうわ」
その後から、ふわりと舞い降りる新たな人影。
「と、ミユ戦闘官?」
「私も、違反行為はどうかと思うけど、今はカナたちに任せる」
ノゾミの姉をかばうかのように。
割って入った、カナデとミユに、拳銃を構えたままの被験体は、驚愕する。
二人は今も武装状態であり、ただの被験体に太刀打ちできる術は無い。
それでも、拳銃を握りなおし。
「どうしてです。……なぜ、『チーム:エンプレス』が、我々の義務を阻むのですか? これは、ただの裏切り行為です!」
そんな叫ぶような訴えが木霊する中。
姉は、目前に佇む、いかつく重厚なお姫様に気づく。
髪の色や、形は違っても、雰囲気やシルエット、そして声。
判断材料は十分だった。
「あれ……? あなた?」
カナデは振り返る。
「ごめんなさい、お姉さん。詳しい話は、後でします」
そこに、別の被験体たちも、わらわらと集まってくる。
そして上空から、一機の小型戦闘機が飛来し。
形態を整えると、ヒトの形となって、その場に舞い降りる。
ノゾミは、思わぬ状況に焦った。
「あ、あの。……これは……どういう……?」
見るからに一触即発。
そんな中。
片手を、ゆらゆらと振って、
「はじめまして……ノゾミさん?」
場違いとも取れるご挨拶が、ミユから発せられた。
だが、完全に初対面のノゾミは、その人物がだれか解らない。
え? どなた? という反応のノゾミに、ミユは続ける。
「私、ミユ。カナのルームメイト」
それで、ああ! とノゾミは思い当たる。
あのゲーマーなカナデの部屋と対照的だった、ぬいぐるみだらけの、可愛らしい一画の、主だと。
「ミユ……さん?」
「うん――」
続けて、彼女はフルネームを名乗る。
その少女の名は――、
ミユは、幾らか平均身長を超えた背丈で、
中学生のノゾミよりも、
150センチメートル弱のカナデよりも、
長身で、3人の中では一番背が高い。
その彼女を彩る武装の数々は、生物で言うならば、完全に蝶を模している。
今は収納されているが。
戦闘時に展開する大きく幻想的な羽は、太陽光エネルギーを運用するための、軍用衛星ソーラパネルに由来するもので、
装甲は、各四肢や、身体の、ほぼ全て――全身を包み込むもので、その厚みは必要最低限であり、華奢でありながら、理想的な女性特有の身体のラインを、つぶさになぞっている。
蝶で言う所の尾部……正確には腹部だが、それに相当する保護バインダーとハンガーユニットは、各ドローンを収納する格納庫となっており、有事には蝶型のドローンに可変する超小型の全方位型多角形レンズが、多数収まっている。
そんなミユは、
サイドテールにしたミントグリーンの髪色と、
ホワイトカラーで統一され、た武装の数々。
それらすべてを合わせれば、妖精、ということばが似合うだろう。
現に、仲間内で彼女を知る者は、『
そして、コアの定着実験に使われていた彼女に埋め込まれた『ヴァイラスコア』は、もはや数え切れず。
その中で能力を発現しているものは。
軍事衛星
ドローン――レベル2
光学制御システム――レベル2
航空母艦――レベル3
スーパーコンピューター――レベル1
その合計レベルは11に及び。
故に、VIT内の正式なレベル評価は特殊で、レベル・スリーではなく、
つまり。
カナデとミユで結成されるチームエンプレスのコンビは、既にトップクラスの戦力であり、そこに『レベル・セブン』のノゾミを加えた彼女たちを、実力で突破できる被験体は、この場に存在しない。
手出しのできない被験体たちは、困惑したままざわつき。
その中の一人は、VIT開発室に連絡を取り出した。
カナデは嘆息する。
「――どうしたもこうしたもないっての」
そしてことさら強い口調で、カナデはノゾミを睨んだ。
たとえそれが不可抗力な事だったとしても。
「あんた……割とまずいことをしでかしたわ」
「え……!?」
一難去ってまた一難、ノゾミは、そんな言葉が似合う渦中に、放り込まれたのだった。
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