『行ってきます』
――いつも通りの朝。
中等部の制服を着て。
歯を磨いて。
ボサボサの髪を、整える。
いつものように、髪を二本の三つ編みに纏めて……。
簡素な身支度を済ませる。
洗面所の鏡に映った
今まで通りの、地味で目立たない、なりゆきで決められた、文化祭実行委員。
そして。
ノゾミは、いつも通り、少しだけ度の入った眼鏡をかける。
学校に行くとき、学校の知り合いと会うとき、その時だけつけている眼鏡だ。
あまり目立ちたくない。
だからそうしていた。
でも。
「……あれ?」
度が合わない。
何度かけ直しても――。
理由はなんとなくわかる。
味覚がそうだったように。
身体の構造が変わってしまったから、きっと視力にも影響が出たのだろう。
もう、ノゾミは、
以前とは全く別の何かなんだ。
そこで、ノゾミは、
心にたちこめる雨雲が、雷雲に変わるかのように。
稲妻が奔る。
激しい衝動にかられた。
意を決して、洗面所を飛び出る。
ノゾミは走り出した。
自室に戻ると、ハサミを取り出し。
何の未練もなく。
三つ編みを、二本ともバッサリと切り落とした。
合わなくなったメガネはごみ箱に捨てた。
髪も捨てた。
時計を見ると、いつもよりずいぶんと時間が過ぎていた。
鏡すら見ず。
カバンを引っ掴んで、階段を駆け下りる。
廊下を突っ切る時、ダイニングの方から姉が出てきた。
「ノゾミ? 朝ごはんは……」
「ごめん、もう時間だから行くね」
「そう? ――っていうか、ノゾミ……」
姉の言葉を、遮って、玄関までノンストップで走り切った。
靴を履いて、扉を開ける。
「……その髪どうしたの……?」
「行ってきます」
背後からの声にもこたえず。
ノゾミは、心配する姉の顔すら、まともに見ることなく、自宅を飛び出した。
なんか、家から、逃げているみたいだ。
と、少し思いながら。
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