第10話 本気出す

【海賀side】



「上手くいったみたいやん?」


 朝のHRが終わって早々、刀矢がドヤ顔かつ上から目線で話しかけてきた。


「やっぱり押しが足りなかったんやなーって。いやはや、僕も肩の荷が下りたっちゅーか……まぁ僕が責任を負う必要はなかったんやけどな! はっはっは!」

「……いや」

「ん?」

「……いや、まだだ」


 俺は机に両肘をついて手を組み、その上にひたいを乗せて答えた。


「普通の女子ならあの場で告白してくるはずなのに、暮葉は……暮葉は……っ!」

「……お前さんなぁ、なんか考えすぎてないか──」

「あいつは手強いぞ……今まで出会ったどんな女子よりもなッ……!」

「か、海賀はん?」


 不安そうな声を出す刀矢。


「どうした刀矢、俺は己の間違いに気づいたんだ。止めてくれるな」

「うん? 止めはせんけど、もう別にそこまで気張る必要はないで? 両想いでハッピーエンドやん?」

「それが間違いだと言ってるんだッ!」

「ひいっ!?」


 危ない危ない。これ以上の大声を出すと暮葉に聞こえてしまう。

 幸い、暮葉の周りで女子たちが騒いでいたから、その心配はなかったようだが。


「俺は間違っていた。ちょっと頭が良くて、ちょっとイケメンで、ちょっと運動ができて、ちょっと背が高くて、ちょっと優しくて、ちょっとクールだからって……勝手に相手の方から惚れてくれるものだと勘違いしていたんだ」

「今のセリフを他の奴が聞いてたら、今頃はタコ殴りにされとるで」

「だけどな、暮葉に関してはどうやら『本気』でアプローチしなければ、惚れさせることはできないらしい」

「いや、せやからとっくに惚れてるって」

「根拠は」

「僕のモテテクに、根拠なんてものは──あ、たんま。これ以上ゆーたら僕は殺されてまう気がする」

「賢明な判断だ」


 俺は思いを寄せる人ターゲットを視野に入れる。

 窓際に座る暮葉は、しかし女子に囲まれているせいで逃げ場を失っているように見えた。


「根拠なぁ……でも、あれやん? 目が合った時に笑顔で手を振ったら、西條も照れて顔を赤くするんちゃう? そうすれば脈あり間違いナシやないか?」

「……一理あるな」


 刀矢にしてはまともな案が出たので、ここは素直に受け入れることにする。

 別に彼は俺の敵じゃないのだ。

 共に戦う仲間。たまに戦力外になってしまうだけの、仲間だ。


「刀矢、どうかしたか? ぼーっとして」

「……あぁ、なんでもない。それよりほら、西條がこっち見とるで。チャンスや」

「言われなくても」


 刀矢に対してクールに返答し、暮葉の目を見つめる。

 そして、最大級の笑顔と共に、軽く手を振った。


『きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!』


 周囲の女子が一斉にいた。


 ──しかし。


 その集団をかき分けて、暮葉が飛び出してきた。しかも向かう先は教室の外。


「……刀矢」

「な、なんでございましょうか神戸海賀さま」


 もはや関西弁で話すことを忘れている刀矢に向かって、一つ質問を投げかける。


「これ、『逃げられた』って解釈で間違いないよな」

「…………恐らくは」


 俺はまず、天井を見上げた。何のために空いているのか良く分からない、天井の無数の穴を数秒眺め、深呼吸をする。

 すーっ……はぁー……。


「話が……違うじゃねぇかッッッッッッ!」

「あががががががっが! 首絞めんといて!」


 右腕を刀矢の首に回して、力を込めた。

 なぜか、またもや一部の女子から黄色い声が上がったのだが……「責め」とか「受け」とかいう言葉がちらほら聞こえてくるぞ?


「か、海賀はんのクールなイメージが壊れてまう! ここはほこおさめてもろて!」

「……まぁ、それもそうか。俺に免じて許してやろう」


 元からそんなに力を入れているわけではなかったが、刀矢を解放してやる。


 ……っと、こんな茶番は一旦置いといて。


 とにかく、これからどうやって暮葉を振り向かせるか。それを考えなくては。

 1時間目の教師が授業を始めてからも、俺の頭はそのことで一杯だった。

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