第5話 マイホーム(難聴)

【海賀side】



「暮葉!」


 廊下を足早に行く暮葉を追いかける。帰りのHRホームルームが終わるなりすぐに教室を飛び出していったところを見ると、暮葉の様子がどこかおかしい。


「うっ……かい君……」


 暮葉の顔が気まずそうに歪んだ。

 「きもっ……」って言って倒れたくらいだしな。

 やっぱり、俺の言動がよっぽど気持ち悪かったんだろうか……。


「あのさ。久しぶりに一緒に帰らない?」


 俺は勇気を振り絞ってそう言った。

 暮葉とは幼馴染みで家が隣だ。高校になってからはただの知り合いといった感じで、少し距離ができてしまったが、昔は登下校を一緒にしていたこともあった。

 言い換えると、高校生になってから一緒に帰ろうと提案するのは初めてな訳で。

 ……断られたら、恥ずかしすぎて死ぬな。


「………………えーっと、別に、良い、けど」


 何その!?

 しかも複雑そうな顔してるし!

 嫌なの!? 俺やっぱり嫌われてるの!? 


 ……ただOKしてもらえたのであれば、まぁ返答としてはアリな範疇はんちゅうだ。

 一緒に帰り、その際に自然な形で仲直り(?)をする。

 それが暮葉をさそった目的なのだから。


 俺たちは昇降口を通りすぎ、校門を抜け、バス停に向かって歩きだした。


「……そう言えば古典の授業中、目黒と話してたけど、何話してたの?」


 いきなり本題に切り込むのは少し気が引けたので、とりあえず軽い雑談を振る。

 これで少しでも柔らかい空気を作れれば良いんだが。


 …………。

 ……え、シカトされてる?


「……んっ? え、あ、東京の目黒区に御殿ごてん? 夢だよね! 大豪邸だいごうてい!」

「いや御殿ごてんじゃなくて古典こてんだから」


 聞こえなかったのか? それともこれはボケなのか? 笑うべきなのか?

 とりあえず、笑っているとも笑っていないともとれる微妙な顔でやり過ごす。


「えっと、目黒さんにノートを貸してまして……ははは」


 やたら焦った顔の暮葉。誤魔化すために乾いた笑い声を出している。

 うん、恐らくこれは聞き間違えてた反応だ。空耳の件についてはこれ以上触れないでおこう。


「まぁでも、暮葉らしいな」

「えっ、何が?」

「ノート貸したのもそうだけど、暮葉って誰にでも優しいでしょ? だから、暮葉らしいなって」

「……あ、うん。ありがと」


 あっれぇ? さらっと褒めたつもりだったのに、すごーく塩対応なんですけど?

 あわよくば「褒めたら機嫌直ってハッピーエンド!」みたいな未来を期待してたんですけど?


 ふーむ、これは中々手強い。仕方無いから、そろそろ本題に入るか。


「……今日はごめんな」

「ん? どうしたの、急に?」

「暮葉は優しいから言わないだけだと思うんだけど、俺、色々と迷惑かけちゃったからさ……」


 キモい言動の数々を、どうか許してほしい。これを理解してもらいたいなんてのはエゴなのかもしれないけど、俺は暮葉を不快にしたくて行動を起こすことは絶対に無い。ただ、暮葉に振り向いてもらいたい一心で──


「ふふっ。なーんだ、そんなこと?」


 暮葉はくつくつと笑って、こちらを上目遣うわめづかいで見やった。


「……あのね。私は、かい君の方が優しいと思うよ?」


 やばい。なんかよく分からないけど、すぐ隣から上目遣うわめづかいされてそんなこと言われたら……頭が沸騰ふっとうする。

 頭がクラクラしたまま歩き続けると、すぐにバス停に到着。そこからは何だかんだ話が弾んで、家の前まで会話が途切れることは無かった。


 暮葉はとても嬉しそうに話しかけてくれたから、これで仲直り(?)は達成できたと言って差し支えないと思う。

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