第2話 尊くて倒れた

【暮葉side】



「かい君、さっきのプレー凄かったね」


 試合を終えたばかりのかい君に、そんなことを言ってみたのだけれど。

 やばいやばいやばい。私の頬っぺた、きっと真っ赤だよぉ……。

 ドキドキしてるのバレてたりして!?

 あーっもう! こんなことなら無理してかい君のこと褒めなきゃよかったかな……。


「お、おう。ありがと」


 かい君はいつものさわやかスマイルで返してくれる。

 あ、天使。もう完全に天使だ。

 あれ、私は今、天使と喋っているの?

 そ、そんな、人間の分際でなんとおこがましいことを……はわわ。


 ふと、頭にふわりとした感触が。

 疑問に思いつつ、不躾ぶしつけにもかい君のことをじーっと見ていると。

 なんと、その御手おてがわたくしめの頭上に乗っておられるではありませんか!

 なななっ、しかも「頭ポンポン」をしてるですと!?


「はぅ……んっ」


 あっ、あかんやつ! 思わず変な声が出てしまった!

 しかも若干えっちぃ方面の声!

 どど、どうしよう。かい君に痴女だと思われてしまう!


「ん?」


 やめてぇ。顔をのぞき込んでこないでぇ。

 もうドキドキがキャパオーバーだからぁ!


 あぁ、それにしても「頭ポンポン」、気持ちいぃ。。。。

 これは、癖になりそう……。


「…………気持っキモっ


 ちいぃ。。。。

 そこで呂律ろれつが回らなくなる。意識が薄れていく。

 あぁ、かい君。

 と、とうとすぎて死ぬ……。


        * * *


「目が覚めたかしら?」


 ぼんやりとした視界に映っているのは、どうやら天井らしい。そこに一人の女性が声をかけてくれているようだ。


「佐保子先生ですか?」

「えぇ、あなたの佐保子です」

「あなたの佐保子って……ふふっ」


 何が面白いのか分からないが、毎回その独特なギャグセンスに何故か笑ってしまう。

 養護教諭のほり佐保子さほこ先生だ。

 その容姿は大学生くらいの若さに見えるのに、聞いたところによると実はアラサーだという噂が。

 よーく見ても、肌はきめ細やかで、シミ一つない。どうやったらこんな綺麗になれるんだろう。後でどんな化粧水使ってるのか聞いてみようかな。


「西條さん、また貧血?」

「……はい。何度もすみません」

「あぁ、怒ってるわけではないのよ? ただ、最近かなりの頻度ひんどで保健室にくるから、心配でね」


 言うなり、私のおでこにそっと手が添えられる。ひんやりとした指が、ひたいにぴたりと乗った。


「うん、熱はないみたいね。良かった良かった」


 馴れた手つきで鉛筆と問診票を取り出した先生は、ささっと空欄を埋めた。


「……ねぇ、ところでさ」


 筆の動きが止まって、佐保子先生がこちらを一瞥いちべつする。


「あの場にいた男子が、例の『海賀くん』ってことで良いのよね」

「えっ、あっ、そうですけど……でもでも! 私が倒れるのはかい君のせいじゃないっていうか、むしろ私の方が心配かけてる分、迷惑な存在かもですし……」


 佐保子先生は眉間みけんに指を当てて「はあぁぁあぁー」と物凄ものすごい溜め息をついた。


「なんか、あれよね。西條さんって時おり、DV男と結婚しちゃったあわれな主婦みたいな発言するわよね」

「えーーーっ!? ひどくないですか!? しかも、かい君はDVなんて絶対にしません!」

「あれぇ? 私、DV男とは言ったけどそれが海賀くんなんて一言も言ってないよー?」

「んなぁっ!?」


 自分でも分かるくらい、耳たぶが真っ赤になっている。これが問診票を書く前だったら、「微熱あり」にチェックをつけられていてもおかしくない。


「そっかそっかぁ、西條さんは海賀くんとの結婚生活を想像して──」

「んー! もうやめてください!!」


 佐保子先生には、お恥ずかしながら「恋愛相談」なるものをさせて頂くことがあるのだけど……いじられることもそこそこある。

 ただ、決して本気で嫌がるようなことは言ってこないから、そこは信用してるかな。


「それで海賀くん、まだ告白してこないわけ?」

「……はい」

「そっかぁ……あの根性なし男め」

「え? 何か言いましたか?」

「あーいやいや、こっちの話ダヨー」


 佐保子先生が口を手で覆って、取り繕うように「おほほほほ」と言っている。

 何を隠しているんだろう。


「あ、でも、私から気持ちを伝えられないのがいけないので。私にその勇気がないのが悪いんです」

「はい、DVされる妻ポイント1点加算です」

「なんですかそのピンポイント過ぎるスコア制度!?」


 現在2ポイントね、と謎にシビアなカウントをしてくる。ポイントが貯まったらDV男と結婚する羽目はめになるのだろうか。そう考えるとかなり恐ろしい……。


「うーん、西條さんから告白するのも一つの手だけど、あなたそういうタイプじゃないでしょ?」

「うぅ、面目ないです」


 私がもっと自信を持っていて、ものをはっきり言える性格だったなら、こんなに悩まなくて済んだのかもしれない。

 ろくな恋愛経験もなくて、それでいて告白待ちしか出来ないとか……詰みだ。かい君との関係が進展するビジョン、全然見えないんですけど。


「まぁ話を聞く限り、時間の問題な気はしてるんだけどねぇ」

「そ、それはどういう……?」

「どうもこうも、ね。とりあえず私は西條さんのこと、贔屓ひいきしてるつもりだから。応援してるわ」


 何となくはぐらかされてしまった。先生は何を考えてるんだろう?

 ──コンコンコン。

 保健室の扉を叩く音がした。


「はいはーい! ……ちょっと席外すね」


 私に断りを入れると、佐保子先生は入り口の方へパタパタと走っていく。


「────?」

「────四つ裂き──」


 よく聞こえないが、佐保子先生が何やら物騒なことを言っているのだけは聞こえた。

 会話はすぐに終わったらしく、ズンズンと重い足取りで戻ってきた佐保子先生。


「誰だったんですか?」

「んー、チキンかな」

「……ケンタッキーの出前とかですか?」

「ま、そんなとこ」


 いや、どんなとこよ。「チキンと会ってきた」で通じるわけないでしょ。


「はいはい、西條さんは何も気にせず寝てれば良いのよ」


 半ば強引に、起こした背中をシーツに押し付けられる。

 まぁせっかくだし、もう少しだけベットで休ませて貰うけど……。

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