247;月と影.01(牛飼七月)

「――オ互い、手痛くヤられたよウだな」


 薄暗く静まり返った拠点アジトのロビーには受付嬢のレミィさんもロミィさんもおらず。ただ、壁際に備え付けられたソファに一人、レイヴンさんが腰掛けているのみでした。


「……ロアさんは、クランの皆さんは?」

「引っ越し?」


 こくりと頷くレイヴンさんは、“死に戻り”で強制的に眠らされていた間に起きた事を簡潔に伝えました。

 封印核の一つ、〈羅雲封印の核〉を飲み込んだイェートさんが主だって離反を画策して起きた【七刀ナナツガタナ】の内部分裂――それは蝕霊獣レタイマイナという強大な霊獣を生み出し、九曜封印に関連するレイドクエストへと変貌しました。

 そのクエストをどうにかクリアした直後、ロアさんは新たな拠点アジトを定め、離反に応じなかった残留者を連れて颯爽と立ち去ったのだそうです。――道理で、夕暮れ近くだと言うのに灯り一つも点いていないわけです。

 レイヴンさんは離反側でしたが、僕同様にレイド中は“死に戻り”の最中だったためロアさん達と会うことも無く――ですが僕の復帰を待ち、こうして抜け殻となった元拠点アジトに残っていたのだそうです。


「……そうなんですか」


 僕の呟きが消えるとほぼ同時にソファから立ち上がろうと両膝に両手をついたレイヴンさん――口許は半面マスクで隠れていても、その双眸に宿ったほんの一瞬の殺気を僕は見逃しませんでした。

 前傾姿勢になるや、腰の高さを変えずに大きく左脚を前方へと踏み出しながら、背に負った鞘から刀を抜くと同時に振り下ろしたのです。

 ですが冷静に、その一閃を腰の鞘から抜き放った〈七七式軍刀〉で受け止め、刃だけでは無く視線をも僕達は交差させます。


「これは?」

「……アルマを失ッたとテ、流石は武人ダな」


 ぎり、と鍔迫り合う刃を僕ごと押し込めて、それと同時にレイヴンさんは天井すれすれの高さまで跳躍しました。

 明らかに、殺る気です――――それは判るのですが、その理由は伺い知れません。

 でもきっと、


「セぁあアっ!」


 高い跳躍の頂点でぐるりと身を反転させたレイヴンさんは、撓めた足で天井の梁を蹴り、落下を突進にまで加速させました。

 その直前、頭上に浮上ポップアップしたのは――《戦型・黒翼》そして《初太刀・牙鳥カラス》という目まぐるしく変化する文字列です。

 それは本来、平面上の機動である筈ですが――横に目の並んだ人間にとって急所となる垂直方向の動きを、戦型スキルで増徴させたというわけです。

 おかげで直線的な筈の急降下攻撃の軌道は歪み、やや円弧を描いて来る始末――――それでも、起こりさえ把握できてしまえば対応できるものです。


「ふっ!」

「ッ!?」


 下からの斬り上げで薙がれた刃に刃を合わせます。ですが全ての体重が載っている一閃に対し、その場で踏ん張っただけの僕の一撃では負けは決まっています。

 ですから、合わせたと同時に、押し込まれるままに軍刀を把持する腕を畳みました。刃の向きをレイヴンさんに向けたままそうすることで、レイヴンさんは突撃の勢いのままに僕の身体に肉薄し――――そして、僕は擦り抜けると同時にただ腕を払うように振ることで、密着した刃でレイヴンさんの頸動脈を斬り付けることが出来るのです。


 がぎりと金属同士が激しくぶつかる異音が高鳴った後で、しゃらりとそれは滑り。

 ほんのりと毀れた刃が首の側面を――――覆う布地を、がざりと裂きました。


「――ッ!!」


 身体を反転させながら大きく後方へと跳躍して退くレイヴンさん。流石に、その一太刀でれるとは思っていませんが……


「そんなものですか」


 ぎり、と奥歯同士を噛み合わせる不快な音が小さく響きます。

 もう僕達だけしか残ってのいない、伽藍洞な空間というのは音を吸う肉に乏しいのです。


「アルマ無し風情にそんな体たらくだから――――あの僕レベル1程度に敗けたんじゃないですか?」


 レイヴンさんはこう見えて、意外と感情的になる嫌いがあります。冷静を装っていても、煽られた感情の方が理性を凌駕してしまうのです。


「言うカっ!!」


 激昂は膂力を増徴させますが、攻撃の筋を単調にさせがちです。視界は狭まり、理論では無く気分で攻め手を選んでしまうのです。

 より良い攻撃とは先ず、相手の動きを制限するもの。次に当たるもの。威力がどうと言うのは二の次なのです。無論、当たった上で絶命を確約するに越したことは無いのですが。


 あいつジュライと別たれた僕は今、アルマだけの存在。アニマは無く、《原型変異レネゲイドシフト》以外のスキルの一切が剥奪された状態です。

 本来であればこういう手合いには《戦型》を見せ、そこから派生する《一の太刀》を警戒させておいて全く異なる通常攻撃を繰り出す、等で混乱させながら撃破するというのが効くのですが、今の僕にはそれが出来ない状態です。

 そもそもレイヴンさんとは〔修練〕を共にしたり、度々手合わせをしたりと、お互いにある程度手の内を知っている間柄――――僕の戦闘の基礎を成す牛飼流軍刀術も、ある程度は見せてしまっています。

 ですが切り札とは切り札足り得るのです。そしてそれはレイヴンさんも一緒の筈ですが――何せ相手はすでに第三次テルティアアルマである《シャドウ》へと成っている、僕の先を行く強者です。スキル構成など基本的な知識は持っていても、僕はまだ《シャドウ》のスキルを用いる相手と相対したことはありません。ですからレイヴンさんの使う《シャドウ》のスキルは僕にとっては脅威なのです――――


「いいダろう――どウせ此処で死ニ行く者! 《シャドウ》のスキル、とクと味わエ!!」


 そう叫び放つレイヴンさんの頭上に、スキル名が浮上ポップアップします。


《影潜り》


 その文字列は出現したとほぼ同時に薄れ行き、それに合わせてレイヴンさんの忍びにしては大柄な身体が足元の影に沈みました。

 これが夜更けであったならそのスキルは更に凶暴性を増したでしょう。何しろ、連続する影であれば本来の移動速度と同じ速度で姿を隠したまま移動できるのです。

 ですが窓から差し込む日差しはロビーに落ちる影を色濃くさせてはいるものの、見事に光の帯で空間を分断しています。いくら連続した影を伝って移動できるとは言え、壁や天井を走れはしないのです。


 愚策――――全身の皮膚感覚を研ぎ澄ませながら、目の端で影の位置を確認します。当たりを付けたら誘い出すように隙を見せて。


「ッ!!」


 ほら、


「ガっ!?」


 腰椎の弛緩によりその場に落ちながら、足を交差させながら開くことで即座に振り向き。

 それと同時に、レイヴンさんの出現位置に刃を――――見事に引っかかったレイヴンさんの前裾に縦の切れ込みが入ります。

 ですがそれは致命傷にはなり得ません。あくまでの刃は薄く皮膚だけを裂いただけに留まり、しかしレイヴンさんは鼻筋に細やかな皺を沢山寄せながらやはり後方へと跳躍を見せました。――ここです。


「――!?」


 突きとは、構えた刃をその切っ先に向けて差し出す行為。馬鹿正直に真後ろへと退いた相手に、僕はただその方向に進むだけでそれは成立するのです。予備動作も、覚悟も何も要らない。

 そしてその切っ先が着地したばかりで避けようのない胸元に吸い込まれる直前に、僕は心で強くこう念じました。《原型深化レネゲイドフューズ》、と。

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