139;ユーリカ&スーマン.02(鉄百合珂)

「来いやぁっ!」


 言い放ちながら、でも自分から突っ込む。《バーサーク》ってのは本当に頭がやられるんかね? いや、多分スーマンの性格なんだろうけど。


「はぁっ!」


 戦型から鋭い連続攻撃を繰り出す優男。恐らく《マスカレイド》によって地力も強化されているんだろう、先程の剣戟とは鋭さが段違いだ。


「くっ!?」


 スーマンも流石に捌き切れずにいくつか斬撃をもらって血とともに生命力を散らしている。火線の反撃によるダメージは[再生]で帳消しにされた。


「はぁっ!」


 闘士ファイター刀士モノノフの所謂“戦型使い”はスキルを繋いでの連続攻撃こそが真骨頂――[スキル待機時間短縮]を付与された優男の連続攻撃はまるで終わらない。

 防戦一方のスーマンだけど、でも捌き切れていないってわけでも無い。スーマンもスーマンで要所要所にスキルを織り交ぜながら巧く抗戦している。


 振り下ろされた刀を左の双剣で弾きながら突き出した右の双剣は逆手の脇差に阻まれた。

 しかしそれを布石として跳び上がりながら繰り出す右脚の回し蹴り――読まれていた。

 潜られ、伸びあがると同時に斬り上げられた一閃は革鎧ごとスーマンの胸部を深く裂き――それでもスーマンの嗤い顔は変わらない。


「ははっ!」

「何が可笑しいっ!?」


 その頭上に矢継ぎ早にスキル名が浮上ポップアップする――《バックスタッブ》《クリティカルエッジ》《ルナティックエッジ》。

 そして、気が付けばスーマンの右手に双剣は


「お前、剣は!?」

「ああ、直ぐに来るよ」


 直後、激しい衝撃とともに前につんのめった優男の背中に、《バタフライエッジ》の効果で飛翔していた右の双剣が突き刺さっていた。

 しかしそこで終わらない。スーマンの怒涛の連撃は、寧ろそこから始まった。


「うおりゃああああああああ!」


 《デッドリーアサルト》――左の双剣だけを突き出して突進しながら、火線が追い掛け誘爆する嵐の中へと突き進んでいく二つの影。


「がああああああっ!」

「りゃあああああっ!」


 撒き散らした白い煙が派手に爆発を上げ、その中で仮面の優男だけが爆発によりダメージを積み重ねていく。

 変異シフトにより火属性を無効化するスーマンは無事だ。激しく轟く爆音の中で、叫ぶような笑い声をずっと上げ続けている。


「が、――ぁ、」

「どうだい? まだやるかい?」


 まるで本当に悪役だ。整った顔っちゃ顔、イケメンに分類されるとは思うけど、あんな風な悪役ムーブはマジでよく似合う。対して優男は主人公顔だ。アタイが見ず知らずの他人だったら向こうを応援するだろう。


「ふ、ふふ……」

「……あ?」

「いえ……これで無事、貴方は放免だ」


 首筋をぼりぼりと掻きながらスーマンは首を傾げている。アタイもアタイで、その言葉が何を意味するのかは解らない。


「おめでとう。明日の晩からは、ゆっくり眠れますよ」

「勝手に襲い掛かってきて、勝手にいなくなるんだな」

「それもこれも、貴方が貴方だから――よくぞここまで、強くなりました」

「気に入らねぇな……」

「気に入ってもらおうなんて気は一つもありませんからね……どうか、ご達者で……」


 最期にそう告げて、仮面の優男は光に包まれ分解されていった。

 勝ったと言うのにスーマンは喜ぶ素振りなく、アタイたちはまるで狐に摘ままれたように居心地が悪かった。


「……とにかく、手当しようか」

「ああ、悪いな」


 変異シフトも《バーサーク》も解除したスーマンに、錦路ギンジから取り出した〈ライフポーション〉をぶっかける。スーマンもスーマンで、使い魔ゴーメンから取り出した〈ライフポーション〉を頭から浴びる。


「……あいつら、何なんだ?」

「あいつらって?」

「いや今の文脈でさっきの奴ら以外の誰がいるってんだよ!」

「ああ、……そうだな、オレは“システムの犬”って呼んでるけど……?」

「システムの犬?」


 もうひとつポーションを浴びながらスーマンが頷く。


「オレたち“死んでる勢”を殺しに来る、システム側の刺客。ああ、オレから何か聞き出そうったって無駄だぞ? オレだってよく解って無いんだからさ。そういうのは、アリデッドに訊くのが一番早いし、一番確実だ」

「いや何でだよ……自分のことだろ……」

「でもあいつらの言葉を信じるなら、これでもう終わりだ。勿論油断しないに越したことは無いけどな。……明日の晩にマジで現れなかったら信じてもいいのか?」

「アタイに訊くなよ」


 何となく、アタイがこいつを好きになれない理由が判った――きっとこれは、だ。

 スーマンはがさつでデリカシーが無くて言葉が悪くて頭が悪い。でもきっと、アタイだって似たようなもんだ。

 そしてこいつは強い。レベルで言えばもっと上はいる、それこそごろごろといる。

 そうじゃない。数字で表せられるような強さじゃなくて……測れない強さを持っている。


 アタイがこいつを好きになれないのは、似ているのに、アタイはそうじゃないって気付いているからだろう。

 アタイだって、誰かに頼られるほど強い人間になりたい。でも今のアタイにそれは程遠い。


 何だ、何が足りない? 死ぬ覚悟か? こんなゲームのど真ん中で?


「……寝る」

「おう、そうか。巻き込んで悪かったな」

「……アタイが勝手に巻き込まれたのさ」

「そうか。気の毒にな」

「……言ってろ」


 スーマンはまだ夜風に当たるつもりらしい。アタイは踵を返してギルドの中へと戻り、自室に籠ってベッドに身を投げた。

 ああ――頭の中はごちゃったままだけど、疲れたおかげでどうにか眠れはしそうだ。




   ◆




「ユーリカぁー、いるー?」


 昼過ぎにログインしたアタイを呼ぶ、スーマンの苛っと来る声。

 装備を整え自室を出たアタイを見るや否や、小走りで駆け寄って来る。


「何だよ」

「何だよって何だよ。なぁ、決めたぜ」

「決めたって、何を」

「何をって何だよ。決まってんだろ、あんたに頼む、オレの固有兵装ユニークウェポン設計デザインだよ」


 ああ、そう言えば確かに。そんな約束もしてたっけか。

 とりあえず昼飯を食べながらアタイはスーマンの話を聞くことにする。でもそれが、食指が止まるくらいに面白かったのには驚いた。


「……成程、か」


 スーマンが語ったのは、双剣として左右の腕で扱いながら、柄尻を連結させることで双頭剣みたいに長い柄の両端にそれぞれ剣身のついた両手用の武器として振り回したい、というファンタジー感満載の設計デザインだった。

 実用的にどうなのか、ってのはあるけど、例えばスーマンの《バタフライエッジ》を連結させた状態で繰り出せば攻撃範囲も変わって面白い。


「面白いな、それ」


 途中から参加してきたアリデッドもうんうんと頷いている。


「お前は予測できない攻撃を兎角繰り出すのが強みだからな。換装コンバート無しで武器の運用を戦闘中に変えるってのはなかなかに厄介だぞ。双剣に慣れたと思ったらそれが連結して違う武器になる……いや本当に面白い」


 べた褒めじゃないか。


「《バーサーク》中は強靭ボディも上がるしさ。正直、今の双剣じゃちょっと物足りなくなってきてたところだったんだよ」

「ってなると、色々と考えること満載だな……」

「悪いな、面倒臭そうな武器でさ」

「いや? そういうギミックとか、考えるのは好きだ」

「だろうな。注文もしてないってのに俺の槍には独自のギミック追加したもんな」

「悪いな!」

「はは、いや気に入ってるよ」


 それから三人でああでもないこうでもないと議論を交わしながら、スーマンのアイデアをどんどん実用に向けた設計デザインへと落とし込んでいった。

 剣と言うよりは刀――両刃じゃ無く片刃の、蛮刀に近い刀身にして、連結時は容易に刃の向きを変えられるように。

 手で持って使う時には刃は同じ向きにする。そうすることで自分自身を傷つけないで済むし、《バタフライエッジ》で投げる時には刃を互い違いにすることでより斬撃を与えられるように。

 しかし戦闘中に連結が意思に反して解かれないようにがっちりとロック機構は組まなければならない。でも外したい時には直ぐに外せるように。


「ユーリカ、出来そうか?」

「舐めんな。今日中には素材集めに行くよ」


 時間を貰い、頭を捻って考えに考える。スーマンの、ってのが少々癪だけど、武器作りで頼られるってのは気持ちいいもんだ。

 そして宣言通り夕刻には紙に纏めた仕様書をテーブルに叩きつけて――発注者スーマンのお墨付きを貰った。


「必要な物は沢山あるし、ギミックが少し複雑だから加工に時間はかかるけど……三日もありゃ作れると思う」

「じゃあオレの手の上に来るのは継承の後だな」

「ああ、そうか……アンタ、秘伝の武の継承に行くんだっけか。いいよ、行っておいで。今回ばかりは、素材集めはツケといてやるよ」

「いいのか?」

「いいんだよ。アタイにしてみればいいレベリングになるし、アンタだって時間は惜しいだろ?」

「そういやユーリカは〔修錬〕どうするんだ?」

「アタイ? アンタの武器をこさえながらじっくり考えるさ……って言っても、殆ど決まってるんだけどね」


 そう――皆で話し合いながら、結局アタイとアリデッドは連邦に渡り、〔王剣と隷剣〕に挑むことに決めた。

 鍛え手にとって隷剣ってのはそれこそ夢が詰まった存在だ。アタイの〈屠遥印トバルカイン〉が劇的に成長するなんて、鍛え手にとっちゃ堪らない。


「そうか。じゃあまたしばらく別行動になるな」

「寂しいとか言うんじゃないよ? アンタには」

「いや別に寂しくは無ぇよ、これっぽっちも」

「……少しは寂しがってくれてもいいんじゃないか?」

「え、寂しがって欲しいの? オレらってそういう間柄か?」

「そういうところだよ!」

「何がだよ!」


 ああ、もう――やっぱりこいつ、好きになれそうに無い。

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