138;ユーリカ&スーマン.01(鉄百合珂)

「はぁ?」


 アタイが「何だそれ」と訊こうとしたその瞬間――スーマンは腰かけていたギルドの扉前の階段を立ち上がっていた。

 見遣る視線の先には黒い人影――それも、五人の。

 横並びの真ん中の人影が一歩前に踏み出した。その途端に圧し付けてきた殺意に、アタイはたじろいで一歩後退あとずさってしまう。


「こいつは関係無いだろ」


 スーマンが静かに言い付ける。


「こんばんは」


 踏み出た一人が穏やかに告げ、そして顔を覆っていた面とフードとを取った。

 飄々とした狐顔の優男――月明りに照らされた蒼い髪が天使の輪を作っている。


「毎晩毎晩懲りねぇな」

「いえ、これでですよ」

「は?」


 やべぇ……遣り取りの意味が解らない。アタイに辛うじて判るのは、この後こいつらがきっとやり合うんだろうってことくらいだ。

 一応巻き添えを食ってもいいように、錦路ギンジから〈屠遥印トバルカイン〉を取り出しておく。


「最後って?」

「我々が貴方を襲うのも、今夜で最後という意味です。頭、悪いですね」

「あ?」


 馬鹿にされてスーマンが凄む。いや、多分頭は本当に悪いと思うんだけど、こいつ……


「……何だよ、飽きたってのか? 自分勝手にも程があるだろ」

「飽きたわけでもありませんし、そもそも好きでやってるわけでも無いんですよ」

「じゃあどういうことだよ」

「……ということです。無論、今晩生き残れば、の話ですけど」

「はぁー? ますます意味解んねぇ……」

「理解を求めてはいません。事実だけを受け止めていただければ」


 話は終わりなのか、優男は再び面を着けてフードを被る。そして、五人が一様にそれぞれの得物を抜き放った。

 真ん中の優男は腰の鞘から抜いた太刀、それと脇差の二刀流。おそらくは刀士モノノフ系の《サムライ》じゃないだろうか。

 その後ろ、右から順に――薙刀を構える槍兵スピアマン系、杖を構える魔術士メイジ系、手斧と盾を構えるのは騎士ナイト系かアタイと同じ戦士ウォーリアー系か……スーマンと同じ蛮士バーバリアン系かも。そして銃を構える銃士ガンナー系。


「スーマン、助太刀するよっ」

「はぁ? わざわざ巻き込まれんなよ」

「数数えられねぇのかよアンタはっ! 五対一じゃ分が悪すぎだろっ!」

「いや日によっては十人とか普通に来てたけど……」

「ごちゃごちゃ言うなっ! 勝手に交じるからなっ!」

「はぁ……んじゃ、頼りにしちゃおうかなぁっ!」


 言うや否や、並び立つ隣で盛大に燃え上がるスーマン――《原型変異レネゲイドシフト》だ。


「プレイヤーロスト、怖くないんですね」


 プレイヤーロスト……そうか、スーマンは……


「馬鹿か――怖く無い奴なんていんのかよ」


 そして頭上に浮上ポップアップする《バーサーク》の文字列――初っ端から飛ばす気だ。


「うああああああああああああああああ!!」


 後方に跳び退きながら散開して臨戦態勢を整える影たちに向かいスーマンが咆哮を放った。

 すでに頭上の文字列ポップアップは《シャウト》に切り替わっている。

 アタイの視界の隅にスーマンの叫びを受けて[勇敢]という精神系ステータスが付与された通知が発生している。

 ただ、味方に[勇敢]を付与しながら敵には[恐怖]を与える《シャウト》の効果は、敵である黒い人影たちには抵抗レジストされてしまったみたいだ。

 これが上位スキルである《スクリーム》だったなら判らないけれど……でも何でスーマンは付与率の低い《シャウト》を?


 ――そう考えて、アタイは自らを叱責した。

 さっき、相手の殺意に気圧されてたじろいだ馬鹿はどいつだよ!

 戦う前から足引っ張ってんじゃないよ! クソッ!


「りゃああああああっ!」


 抜き放った双剣の右を振り下ろし、その勢いを殺さないように再び跳躍して宙を回転しながら双剣の左を薙ぐスーマン。

 避けられたと見るや剣を手放し《バタフライエッジ》が両の双剣を異なる軌道で走らせる。

 それらは毒が燃えたことによる白い煙を撒き散らしながら五人全員を強襲し、その直後に襲い来る激しい爆発の数々が痛烈なダメージを与えた。


「はっはぁーっ!」


 まるで悪役みたいながなり声を上げ、剣が戻るのを待たずに突進するスーマン。

 爆発が起きた後の白く煙る戦場にたじろいでいた魔術士メイジ系の胸倉を掴み上げると、空いた片手で口を抑えながら強烈な頭突きを見舞った。


「が、――ぁっ!」


 両手を広げるスーマン――そこに双剣が戻って来る。

 火線が再び魔術士メイジ系の顔面を焼いたのと同時に、《ルナティックエッジ》が外套コートごとそいつの胸を十字に斬り裂く。


「調子に乗るなっ!」

「誰がだよっ!」


 槍を突き出す槍兵スピアマン系の連撃を躱し、また双剣で華麗に防ぐスーマン。回避と防御とは火線による反撃を生み、槍兵スピアマン系の相手は自動的にダメージを積み重ねていく。


「だぁっ!」

「させないよっ!」


 横撃を繰り出そうと跳び出してきた手斧と盾の影にはさらに横から〈屠遥印トバルカイン〉による《デュアルブレイク》をぶち込んでやる。

 別名“ブレイカー”とも呼ばれる戦士ウォーリアー系が覚えるブレイク系スキルにはいくつもある。


 相手が与えるダメージを減少させる《パワーブレイク》。

 相手がダメージを防ぐ防御力を下げる《ガードブレイク》。

 相手の行動速度を下げて遅くさせる《スピードブレイク》。

 相手の魔術の効果や魔術ダメージを軽減する《マジックブレイク》。

 ――基本はこの四つだ。そしてこれらは全て、第一次プリマアルマである《戦士ウォーリアー》の時点で修得することが出来る。


 第二次セグンダではさらに、この基本のブレイクを同時に二種類発生させる《ダブルブレイク》《ツインブレイク》《デュアルブレイク》、そして三種類を同時に発生させる《トリニティブレイク》を修得できる。


 アタイが今しがた手斧と盾の人影にぶち込んだ《デュアルブレイク》は、《ガードブレイク》と《スピードブレイク》を同時に発生させるスキルだ。


「がぁっ!?」


 脇腹に突き刺さった戦鎚によって堪らずたたらを踏んで後退する手斧の男。アタイはその隙を見逃さずに〈屠遥印トバルカイン〉を一直線に振り下ろした。


 ごしゃり――嫌な音と感触。致命の一撃クリティカルにより頭部を潰されたまま地面に倒れた手斧の男の身体を、すぐに清廉な光が包み込んで分解していく。死に戻りだ。


「次はどいつだいっ!?」


 振り返って吼えてみれば――何と、スーマンはアタイが手斧の男を相手にしている間に三人の人影を屠り去っていた。うっわ、恥ずかしいっ……

 しかし残るは二刀流の優男。加勢しようと踏み出したところでスーマンが左手の剣を真横に広げてアタイを制止する。


「一対二は多勢に無勢だろ?」

「言いますね……行きます」


 優男が跳躍しながら二つの刀を振り上げる。まるで舞いを思わせるような連続攻撃。しかしスーマンも冷静にひとつひとつを双剣で受け止めながら火線による反撃を叩き込んでいる。


「くっ――」

「おいおい、システムの犬だろうがお前もアルマ持ってんだろ? 使えよ、《原型解放レネゲイドフォーム》をよ」


 六連撃を放ち終えた後で再び距離を取った優男。


「なら、お言葉に甘えましょうかね……」

「煩ぇよ、さっさとしろ。こっちは眠たくてしょうがないんだ」


 嘆息し――でも優男の雰囲気が変わった。左手に握る脇差を逆手に持ち替え、薬指と小指だけで保持しながら空いた三指で仮面を触り――


「後悔しないでくださいね? ――《マスカレイド》」

「おいおいふざけんなよっ!」


 言葉とは裏腹に嗤うスーマン。優男の仮面の上に、マナで編まれた新たな仮面が現れる。

 まるで東南アジアの神か悪魔を模したような異様な意匠デザイン……ぞわりと背筋に悪寒が走る。


 《マスカレイド》――確か、【神聖ルミナス皇国】の修錬である〔覚悟の仮面〕を攻略クリアすることで得られるスキルだ。

 修錬によって得られるスキルは固有兵装ユニークウェポンのように成長する。だから優男の《マスカレイド》がどのように改造チューンアップされているかは判らないけれど、最低でも[再生]と[スキル待機時間短縮]はある筈!

 でも逆に考えれば[侵蝕]で一秒ごとに魔力が削られ、無くなると生命力が代わりに削られていく。[侵蝕]による生命力の減少は[再生]では賄えない……時間をかければ勝ち確ってのはスーマンも流石に解ってる筈!

 でも……


「くたばるまで待ってやるほどオレは気ぃ長くねぇぞ?」


 だよなぁ……はぁ。アタイでもそうするだろうけどさ……

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