136;武侠の試練-蛟霊の武.02/砂漠の魔獣討伐.01(須磨静山/シーン・クロード)

 馬鹿じゃねぇの? 冗談じゃない――そりゃあ確かに、自分が死んだって感覚なんて何も無かった。

 オレはゲームに夢中で、自分が死んだことにも気付かなくて……だから死の実感なんて何一つ無かった。


 眠りこけてる間に寝首掻かれたようなもんだ。何も気付く事無く、気が付いたら失くしていた。

 悪性の脳腫瘍があるって知った時に思った筈だ、考えたことがあった筈だ――いつか死ぬんだ、って。

 体調の悪い日はベッドで寝たきり、動くことも喋ることも碌に出来なかった。でもそうじゃない日は案外自由に過ごせて――痛みも無ければ苦しいとか思わなかった。


 ゲームの中は最高だった。自由にならない身体じゃなくて、そうなる前の身体を取り戻せた気がした。

 ずっと、ゲームの中の世界にいることが出来たら、って――そう、思っていた。


 ああ――オレは、死んでるような現実よりも、生きていることを実感できる虚構の世界を望んでいたのかもしれない。

 いや、事実そうだったんだろう。


 でも奪われて気付いた。もう家族とも会えなくて、妹がいつか出来る彼氏と結婚してウェディングドレス着ているのも見れないし、親の死に目にだって会えない。

 この世界でオレは結婚だって出来るし、子供を作ることだって出来るんだろう。

 でも結局……全部虚構の、ニセモノの世界だ。それを考えると途端に空しくなる。

 それでももうオレにはこの世界しか無い、この世界しか無いんだ。


 それを、また奪われるのか?

 いや今回は流石にオレから突っ込んでいったさ。後先深く考えずに毒の試練みたいなの選んださ――レクシィも蒼褪めた顔してた。まぁそうだろ、普通は毒ってヤバいって思うよな。


 ふざけんなよ。

 冗談じゃない。


「――――――――!」


 吐いた筈の怒号は聞こえないけど、意識はまだここにある。

 その意識の深いところで、立ち上がったオレはオレを見上げていた。

 潜る――深く、深く。

 睨めつける眼差しを受けて、オレの方こそ睨み付けて。


「――――!」

「――――!」


 手を伸ばし、その手を取る。

 見えない、聞こえない、感じない。でも、そこにあることは解る。


 オレの内側、奥深く。

 混沌とした狂気を誰よりも望む、オレの深淵。


「――――《原型変異レネゲイドシフト》、……《バーサーク》」


 燃えろ、燃えろ。

 オレの身体を毒が支配しているってんなら、その全部を燃料にして燃え上がれ!


「がああああああああああああああああああ!!」

「な――っ!?」


 血も肉も、オレの全てが炎と同化したような不思議な感覚だった。思えばこの状態で深く自分と向き合ったことは無かった。

 全身を巡るマグマめいた毒がオレの心の奥底から湧き上がる炎に書き換えられていくのが解った。ぐるぐると渦巻いて、足先から頭の頂点へと昇り、ぐじゅうと蒸気になって抜けていく。


 もう、目は開いていた。鼓膜も音を傍受キャッチしていた。


「――そんな荒業でやってのけるなんてね」

「はっ――――はは、はははははは!」


 ああ、駄目だ――笑いが止まらない。生きていることがこんなにも嬉しくて、楽しくて、これはもう


「一応、八つ目の毒まで全部射ち込まれたら、それぞれの毒が反作用してやがて中和される筈だったんだけど……」

「は? そうなの? だったら先に言ってくれよ」

「言うわけないでしょ……はぁ。もっと苦しんで苦しんで、のたうち回ってくれるかなって思ってたのに」

「ははっ、悪ぃな――生き汚いもんで。……で? こっからどうすりゃいいんだ?」

「どう、って……形はどうあれ、八つの毒に打ち勝ったんだから合格――って!?」


 《デッドリーアサルト》――腰から抜き放つと同時に突き出した双剣で突撃する。


「ちょっと!?」


 さっと横に避けたアラニアだが、すでにオレは握っていた筈の双剣を手放していた。

 《バタフライエッジ》――双剣が描く弧の軌道を追って、オレの身体から迸る火線がぶわりと宙を奔る奔る。

 双剣が撒き散らした弛緩毒は熱で揮発して白い靄となり、それが再び熱に晒されることで誘爆しアラニアのやわそうな皮膚を焼いた。


「ぎゃああああああああっ!」

「おいおい、たかがだろうが……あともあんだぜ?」

「ディ、ディスナ! 試験を、試験を終わりに――」

「《バックスタッブ》《ルナティックエッジ》」


 手に戻って来た双剣を振り翳し、交差させて薙ぎ払った――《バーサーク》中ならば月属性の魔術ダメージになる《ルナティックエッジ》の効果を得た交差斬撃は背中を見せたアラニアのわきゃわきゃと蠢く八本の肢全てを一撃で斬り落とし、そして追撃しようと咆哮とともに剣を振り上げたその瞬間。


『試験終了!』


「――っ!?」


 オレの意識は呼び戻され、眼下には強張った表情のレクシィがオレの身体を抱き留めていた。

 オレは燃え上がってもいなかったし、狂気に塗れていた筈の思考はやけにクリアだった。


「レクシィ?」


 そしてオレの右手は、気が付けば婆さんの胸倉を掴み上げていて――ああ、これ、もう少しでぶん殴ってるところだったんじゃないか?

 何となく状況を察したオレは手を放して婆さんを解放すると、オレを必死で抱き締めるレクシィの小さな頭にぽんと手を遣る。


「……ごめんな、手間かけた。婆さんも……悪かった」

「ごほっ、……いや、儂も耄碌もうろくしたかのう……しかし冒険者スーマン・サーセン……お主もまた合格じゃ。ちと、危うかったがの」

「あー、まぁな」


 ぴこん――通知音とともに、視界の左上の隅に新着メッセージを報せるポップアップ。


「しかし、試験よりも蛟霊の武の継承は難しいぞ」

「マジかよ……」

「何せあの武は、とにかく毒を身体の内に溜め込むものじゃからのう」

「婆さん知ってるのか?」

「何を隠そう、儂もまた蛟霊の武の継承者の一人じゃよ」

「へぇ……じゃあコツとか教えてくれよ」

「そんなもんありゃせんよ。継承してみれば解る」

「ちぇっ……」


 未だにぐずるレクシィの頭を撫でながら立って待っていたセヴンの所へと戻ると、何だか神妙な面持ちだ。って言うか、何で立ってるんだ? え、オレの試験始める時には座ってたよな、レクシィの隣で。


「何だよ」

「いえ……スーマンさん、あまりレクシィちゃん泣かせないでくださいね?」

「はぁ? ああ、まぁ……」

「泣かせないでくださいね!」

「は、はい……」


 え、マジで何? 何なの?




   ◆




『つーことで、こっちは無事二人とも攻略クリアしたよ』

「そうか……ならいよいよ秘伝の武とのご対面だな」


 スクリーンチャットの向こう側で美少女を両隣にはべらせながら自慢げに話すスーマン……何故だろうな、何かムカつく。

 こっちは右に無茶苦茶抱き着いて来る刺青少女TattooGirlと左にそれに若干引いてる元ヤン女PunkLady……造形の素晴らしさで言ったら互角だけどな。胸を差し引けば、だが。


『で? そっちはどうよ?』

「こっち? ああ、順調にレベリングしてるさ」

『上がったのか?』

「そんなに簡単には上がらない――お前、別行動始めてまだ半日も経ってないんだぞ?」

「そんなことよりスーマン、あんた固有兵装ユニークウェポン設計デザイン考えたの?」


 割り込んで来たユーリカが強めの口調で問い詰める。


『えっ? あ……』

「あ、じゃないよ!」


 案の定だが……まぁでも、固有兵装ユニークウェポン設計デザインは個人差はあるがそんなに直ぐには決まらないものだ。

 スーマンはユーリカと合流して漸く作る気になったみたいだし、今後の戦闘スタイルにも影響するからな……


「どうすんだい、設計デザインが決まらないと素材集めも始まらないのに!」

『悪い悪い……まぁ、おいおい考えるよ』

「はぁ!?」


 スーマンにしてみれば今は固有兵装ユニークウェポンよりも〔修練〕だろうな。肩を持つわけじゃないが、本当においおい考えて行けばいいだろう。


「夕方に一度ギルドで合流しよう。そこで改めて今後の指針を話し合おう」

『オッケー、分かった』


 そしてスクリーンチャットを打ち切り、俺たちは再び砂漠の魔獣討伐へと向かう。


「お兄様、はあとどんだけやったっけ?」


 アイナリィが楽しそうに訊く。

 レベリングに出向いた矢先、困っていそうな商人に声をかけたことで受注したクエスト〔砂漠の魔獣討伐〕――指定されたレア魔物モンスターを全て撃破することで結構なクエスト経験値と報酬を得られる美味しい依頼だ。

 俺にしてみれば、ユーリカに創ってもらった固有兵装ユニークウェポン〈ノーザンクロス〉に慣れるためのいい試し切りの場。


「あとは……確か、“砂漠の魔犬の親玉デザートハウンドリーダー”だけだな。ただ、こいつに従う“砂漠の魔犬デザートハウンド”を十体程度引き連れているらしい」

「油断大敵やね」

「また動き回るタイプか……」

「ユーリカ姐さん、ガンバやでっ!」


 頭を抱えるユーリカに、それを励ますアイナリィ。確かに討伐指定されている魔物モンスターはユーリカの苦手とする動き回って翻弄するタイプが多いが……苦手な相手こそ多く経験を積んで克服しないと駄目だろう。


「さて――行くぞ」

「あいあいさー!」

「はいはい……」

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