026;GREET.02(シーン・クロード)
「……ジュライは、牛飼七月か?」
問われた表情を見た時に、俺は答えに確信を得た。
彼女は頷くことも、否定も、小首を傾げることでさえも何一つとしてせず、ただただ動かなかった。
彼女が迷ったためにそうなったんじゃない――システムの介入により接続が遮断されたんだ。
つまり、あのジュライというキャラクターの
三年前、七人の男女を殺害した連続殺人事件の被疑者であり、最後の一人を殺すまで捕まらず逃げ切り、そして最後の一人を殺し終えたところで自首をした復讐者――それが俺が、ログアウトから僅か1日という短い期間で調べることのできた牛飼七月の情報だ。
ジュライはゾンビメイカーとの交戦中、《
eスポーツでそこそこ名の知れたVRプレイヤーでもそんなことは不可能だ。俺はまだあのゾンビメイカーとの交戦経験があったから行動パターンを予測したり相手の動きを
また、ジュライの《アニマ》は全7種ある中でも最も取得難度の高い《
一体どれほどの修練を積めば、あれだけのリアルチートを手に入れられる?
抱いた疑問はそれだけじゃない。俺があいつに、『何だよオタク、殺人鬼か何かか?』だなんて冗談を吹きかけた時。
◆]警告。
直ちに真実の追窮を中断して下さい[◆
そのシステムアラートは俺の目の前に現れた。
剰え、あいつは自ら行使した《
何もかもが異質で、その在り方は
だからログアウトした後で俺はインターネットに広がる情報の洪水の中を泳ぐことにした。目的の島に辿り着くまで、何度も何度も右往左往と浮き沈みを繰り返した。
ジュライは日本人だった筈だ――だから先ずは、日本の剣道やグントージツとか言う
潜りっぱなしの脳裏に鈍痛が張り付く頃、目当ての情報は恐らく無いだろうことを確信した。だから次は、日本の殺人事件を漁った――近い年代のものから調べていったのが功を奏したのか、今度はやけにあっさりと見つかった。それが、三年前の連続殺人事件だった。
それもまた俺に言わせれば、何もかもが異質で、その在り方は
事件の発端となったのは、牛飼七月の半一卵性双生児の妹、
事件の最初の被害者は、その牛飼七華だ。牛飼七月に対して『死にたい』と告げ、その短絡的かもしれなかった想いを素直に汲み取った牛飼七月が、携帯していた軍刀でその首を斬ったのだそうだ。
そして牛飼七月は
殺害方法は全て、軍刀による切創を齎したこと。つまり、斬殺だ。
最後の一人を殺害し切り、その後自首するまで、牛飼七月は決して捕まらなかった。
無論、捜査線上には上がっており、警察も彼を捜索していた。しかし牛飼七月は復讐を完遂するまで神隠しのように姿を晦まし、しかし逮捕後の供述に裏を取る際、監視カメラの映像や現場付近の住民等の証言は決して少なくなかった。牛飼七月は、確かに痕跡を残していたのだ。
そして立件されると、検察側は速やかに裁判の手続きに入った。
世界的に見れば主流になりつつあるAI裁判だ。日本ではこれが四例目のAI裁判となった。
牛飼七月は自ら弁護人を雇おうとはせず、国選弁護士も彼の無罪は一切主張しなかった。当然だ、警察が提出した証拠と証言が余りにも多すぎたのだ。だからのっけから情状酌量の余地を求めようとし、減刑を乞うて感情に訴えるやり方に出た。
それが通じないのがAI裁判だ。互いの主義主張を吟味し、証拠を吟味し、速やかに判決を出す。言い渡された判決は『死刑』だった。その決め手となったのは、裁判中に牛飼七月が自ら語った、事件の動機だった。その文言は記録され、今もネット上のあちこちに散在している。
『あいつらは妹を、七華を穢しました。
七華は僕に、“死にたい”と言いました。
僕は“守れなくてごめん”と言いました。
それから、勝手に持ち出した曾祖父の形見である軍刀で、七華の首を斬りました。
一思いに斬ったので、多分痛みは無かったと思います。
それから穢した六人を、斬ることにしました。
彼らを斬って殺せば殺人罪になることも、殺せなくても傷害、また殺人未遂になることも分かってやりました。
本当は一塊になっている時にやれれば良かったんですが、そうそういい状況も無くて焦りました。早く斬りたかったんです。
だから一人ずつでもいいかと思いました。ちゃんと六人殺せれば、一度にやろうが六度に渡ろうが一緒ですから。
問題なのは、一人ずつだと時間がかかりますから、もたもたしているうちに僕が捕まって、斬れなくなってしまうことでした。だから、速やかに斬る必要がありました。
幸いなことに、僕はちゃんと六人を斬り殺すことが出来ました。
もしかすると僕は、……妹の復讐にかこつけて、ただ人を斬りたかっただけだったのかもしれません。
そう自分でも思うくらいに、僕は彼らを斬ることしか頭に無かったんです』
気が付くと俺の脳裏を占めていた鈍痛は消えていた。どっちかって言うと、飽和して感じなくなった、というのが本当だろう。
裁判に対して控訴は行われなかった。驚くほど早く刑が確定したのも、AI裁判が導入されたことによる恩恵、もしくは弊害だ。俺は法には詳しくないから、それがそのどっちなのかはよく判らない。ただ、飽和した頭痛の中に疑問が犇めいていたことは確実だ。
どうして牛飼七月は軍刀を携えていたのか。
どうしてあれほどの証拠・痕跡を残していながら、復讐を完遂するまで姿を消せていたのか。
どうして、死刑囚がVRゲームなんかに興じているのか。
輪郭に電子ノイズが走ってジリジリと不安定に映し出される姫七夕の姿が空間に焼き付いている。恐らく向こう側では彼女はちょっとしたパニックになっているんじゃないだろうか。
ふぅ――気持ちを再確認したところで俺は立ち上がって、足元からシステムメニューを呼び出した。
コマンドプロンプトを立ち上げ、胸元に現れたキーボードの
◆]Now, reconnecting...[◆
どうやら予想は当たっている。システムが介入しているのは俺の方ではなく、彼女の方だ。きっと、彼女もまた牛飼七月を知る者だからだろう。
逆にそれは厄介だが、一度接続したのだ、彼女のIPアドレスは容易に辿れる。
カタカタ……カタカタ……
◆]reconnected.[◆
風景が一瞬揺らぎ、全ての輪郭と色彩が剥がれ、再構築される。
同時に俺は、俺本来の姿を纏った。
「――わっ!」
突如接続を奪われ、そして今再接続を果たした眼前の彼女は呆然を表情に点し、そして爬竜の姿から本来の姿に移り変わって彼女を見下ろす俺に更なる驚愕を放った。そりゃあそうだろう、お前誰だって話になるよな。
「……改めて、俺はシーン・クロード。本来の姿を晒したのは覚悟の表われだと思って欲しい――
「……真、実?」
◆]警告。
現実に悪影響を及ぼ――バギンッ
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