024;遺跡の奥に眠る夢.11(牛飼七月)
「セヴン、俺が来たところから奥へと進んだ先に制御室がある。そこの機械を操作して汚染水の排水と隔壁の解除してもらえるか?」
アリデッドさんが捲し立てると、ギャラリーにいたセヴンは頷いて駆け出しました。
ゾンビメイカーはおろかぶよぶよたちが一切動き出さないことを確認したアリデッドさんは《
僕も、戦闘はもう終わりなんだと彼に倣って解除しようとして――そしてそう出来ないことに気付きました。
僕の中にいる僕と僕とが重なり合った同期は、強い磁石のように引き剥がせません。
どうしてでしょう――ダッテ、目ノ前ニ斬ルコトノ出来ル“人型”ハ未ダ居ルジャナイカ。
ギィンッ! 虚を衝いて振り抜いた筈の刀身は、出会いと同様に槍の柄で受け止められました。
ぎろり、ではなく、じとり、と
「……推測もあながち、根も葉も無いってわけじゃ無さそうだな、
そして槍を押し出して僕を撥ね退けると、再び戦闘態勢へと移行しました。
僕はぼんやりと靄がかった思考で、気が付くと軍刀の鋒をアリデッドさんに向けていました。
先手は僕でした。前屈みになりながら前進し、左足を大きく踏み込むと同時に左方へと大きく振り被った軍刀を、右足を蹴り出しながら上体を捻り上げて大きく横薙ぎに一閃しました。
しかし振り抜いた時にはアリデッドさんの姿はそこには無く――だから僕は顎を上げて真上を睨みました。
浮かぶ文字列は《ヴァーティカルスラスト》、既に彼の体勢は下降に合わせて槍の穂先を突き出しています。
だから僕は踏ん張るのを少しやめ、床を掴むように右足の指に力を込めて右方向へと倒れ込みました。何とか間に合い、側転でごろごろと退避した僕のそれまでいた場所に、墜落の轟音とともに槍の穂先が地面の鉄板を穿つ嫌な音が響きます。
立ち上がるよりも先に肉薄され、振るわれた柄の一撃を僕は起こしかけた上体を反らすことで回避します。しかしそれと同時に僕は尻もちをつきました。汚水で濡れた地面がびしゃりと鳴きました。
「Bad boy.」
何と言ったか考えを凝らそうとした時には、構えた槍の石突が僕の鳩尾に突き刺さっていました。途端に口の中いっぱいに苦味が込み上げてきて、堪らず僕は横を向いて吐き出します。
「Now, ...」
朦朧とする僕の胸倉を掴んで無理矢理に立たせたアリデッドさんの、槍を放って無手となった右手の指が僕の額に触れました。
光と熱がそこに収束し、目の前でパチパチと火花が舞い散ります。
◆]管理者権限の行使の申請を確認[◆
◆]……申請を承認[◆
◆]プレイヤーキャラクター:ジュライ
の
レネゲイドフォーム状態
を
管理者権限に基づき強制解除します[◆
システムアナウンスががんがんと脳裏を打ちのめし、僕は激しい頭痛が舞い降りたように顔を歪めていたんだと思います。
けれど視界の中を埋め尽くしていた火花が徐々に淡らいでいき、そして消えると同時に、僕の脳を打ち付けていた金槌の猛攻も綺麗さっぱりと無くなりました。僕の輪郭から立ち上っていた呪詛のような煙の帯も、です。
「……気分は?」
「……はい、悪いです」
「だろうな。吐き気はまだするか?」
「……いえ、それはもう、大丈夫です……」
「なら良かった」
ぱ、と離され、僕はずさりとその場に崩れ落ちました。辛うじて上体は腰の上に鎮座していますが、膝や手首から先の十指がぶるぶると小刻みに震えていて、とてもじゃありませんが自分の力だけで立てそうにありません。
しかし、やけに心はすっきりとしています。黒い靄が晴れたような爽快感が胸の内側にあり、口の中は苦味が占めていましたが。……吐いてしまったからでしょうか?
「Hey,」
「……あ、ありがとうございます」
差し出された手を両手で掴むと、ぐいっと思い切り引っ張り上げられました。一度立ち上がると、身体が立ち方を思い出したようで、未だぶるぶると震える身体はどうにか支え無しでも立っていられました。
すると、ゴゥン、と言うような機械めいた音が聞こえて来ます。おそらくセヴンが隔壁を上昇させたのでしょう。アリデッドさんは顎で梯子を指し示しました。僕、ちゃんと登れるのでしょうか……?
『区域内の汚染レベルの低下を確認しました。警戒を続けながら、職員は洗浄作業に移行してください。繰り返します……』
警報灯の赤色が消え、仄白い明かりが辺り一面の電灯に点いた頃、セヴンは小走りで戻ってきました。
彼女が僕たちに完全に合流するその直前、僕の肩を小突いたアリデッドさんは立てた人差し指を口の先端に宛がうと片目を瞑りました。何処かの民族の求愛行動でしょうか? ……あ、違います。これ多分、「さっきのは内緒な」ってことだと思います。僕は慌てて頷きました。
「え? 何? 何かありました?」
「い、いえ……何も、何もありませんでした」
爬竜の横顔がじろりと睨み付けてきました。見紛うこと無きジト目です。縦に伸びる瞳孔はひんやりとしています。そうでした、僕は嘘が苦手なんでした。
「これで全部ですっ!」
結局、未踏破エリアの探索にまでアリデッドさんはついてきてくれました。本人は「暇だから」の一点張りでしたが、きっと僕のことを案じているのだと思います。
「アリデッドさん、ありがとうございました」
「ありがとう、ございました」
二人揃って頭を下げると、斜に構えたアリデッドさんはうんざりと言った顔で手をぷらぷらと振ります。どうやら感謝は要らないみたいです。
「あの、それで、ですね……フレンド交換、しませんか?」
にこりとした表情は僕からすれば
「あー、悪いが枠上限に達してるんだ」
「あ……そうですよね、あんなにお強い方ですもんね」
「まぁ、そういうことにしておいてくれ」
「え?」
「今はまだ、表舞台で暴れる時期じゃない。お互いのんびり行こうぜ? どうせ必要ならまた会うさ。今回みたいにな」
意味深です。全くもって意味不明の語り口ですが、僕たちは互いにそれ以上の追及は出来ませんでした。特に僕は、彼が“管理者権限”なんてものを有していることを知っていますし、彼には彼の事情があるのでしょう。だから口を噤みます。
「じゃあな、セヴンに、ジュライ」
「はい。アリデッドさんも、お元気で」
「お達者で」
そして手を上げ、アリデッドさんは踏破エリアをさらに奥へと進んで行きました。その背中を見送っていると、突如セヴンのポケットの中からけたたましく声が響きました。
「わわっ! ――はい、こちらセヴンです!」
〈
そう言えば、何で使えなくなっていたんでしょうか……不思議なことだらけです。
「はい、無事に今終わりました。これから戻ります」
『そうか……でっけえ地響きがあって、まさか崩落に巻き込まれたんじゃないかって心配してたところだ……無事なら何よりだ』
「ありがとうございます。ではまた後ほど」
『ああ、道中気をつけろよ。依頼ってのは完遂しても、冒険者の宿に戻るまでが仕事だからな!』
「あはは、解ってますよぉ!」
キースさんはきっと善人なのでしょう。出会った直後は僕たちのことを明らかに訝しんでいましたが、それも調査を大事にしている証拠です。そして今では僕たちの心配さえしてくれている……僕にとって初めてのクエストが、キースさんたちのクエストで心から良かったと思えます。
「さて、じゃあ帰りましょうか!」
「はい、行きましょう」
「ただいま戻りましたっ!」
「ただいま、です」
旅程を遡り、途中砂漠のど真ん中で野営などをしながら、僕たちは出発から二日目の夕方に【砂海の人魚亭】へと戻って来ました。
出がけはレベル2と1の新参者が、帰り着いた今は何とレベル8と7です。自分たちでも吃驚なのですから、依頼完遂の手続きを行ったエンツィオさん達の驚き様は何となく理解できます。
「んふふふふ……」
そして得られた報酬で夕食を食べながら、セヴンは頻りに今回のクエストで手に入れた一番の財産である〈
「ごちそうさまっ」
「ごちそうさまでした」
今では日本に住んでいるというセヴン――もといちぃちゃんは、随分と日本の文化に馴染んでいるようで、ちゃんと出されたカレーを平らげています。そう言えば中学の頃も、ちゃんと給食は完食していましたね。
「ジュライ、お疲れ様」
「はい。お疲れ様でした」
支払った額よりも遥かに
セヴンはまたしばらくログアウトするでしょうから、明日の朝はまた僕とだけ会話できない仕様になると思います。それはそれで、面白い状況なんですけどね。
さて。次は、どんな冒険を僕たちはするのでしょうか。楽しみで楽しみで――少しだけ、ほんの少しだけ……怖いと思う、僕もいました。
何ででしょうか。何がでしょうか。分かりません……おやすみなさい。
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