第三章 作戦難航
明と光凛は牢獄に自ら戻っていた。教室という名の牢獄に。
廊下からは見えない位置に身を潜めている。朝と比べて一層静まりかえった教室は作戦が難航しているのを表しているようだ。
二人以外の人気を感じない教室で光凛が口を開く。
「ちょっと、ここに居ない方がいいんじゃない?」
「大丈夫だ、人間何かを探すとき元々居た場所ってのは盲点になりやすい、もうしばらくは平気だ」
「確かにそういうものかも」
「しっかしこれからどうするかなぁ」
困った表情をしながら両手で後ろ頭を抱えながら天井を仰ぐ、そんな明の顔を光凛は最初は心配そうに、次第に微笑みながら見つめていた。
明が光凛の方に視線をむけ不意に視線が合った光凛が少し慌てたようにしゃべり出す。
「あたし達だけでも校長のとこに
乗り込むしかないんじゃない?」
「いやそれは無理だ、生徒指導室はここ中館の渡り廊下前にあるからまずゴリヤマに気づかれる」
「あ、そっか」
「うちは職員室も渡り廊下渡ってすぐの所にあるからな、どっちにゴリヤマが居るとしても気づかれずに通るのは無理だ」
「ゴリヤマ地獄耳って言うか、生徒の気配にはものすごく過敏に反応するもんね」
「だから職員室の隣にある校長室に行くために、ゆかちゃん捕まえてゴリヤマをおびき出す必要があったんだよ」
ゆかちゃん。その単語を明の口から聞くと光凛はなんとももやっとした気持ちになる。
「なるほどね、あたしはてっきりあんたがゆかり先生に近づきたいから捕まえるんだと思ってたわ」
冗談ぽく軽い皮肉を言うつもりがきつい言い方をしてしまった。
「はぁ?そんなわけないだろ」
「どうだか」
別にそんなことが言いたいわけじゃないはずなのに、つい言葉が出てしまう。
「あ? なんだよそれ、どういう意味だよ?」
光凛の不機嫌そうな言い方に明もすこし苛立った言い方をしてしまう。それが余計に光凛を煽り立てる。
「だって、あんたゆかり先生のこと好きなんでしょ?」
「はぁ?」
「だっていつも、ゆかちゃんゆかちゃんってちょっかいだしてるじゃない」
「いやまぁ、好きっちゃ好きだけどさ」
「ほらやっぱり」
なんでこんなこと言ってるんだろ、なんでこんなイラつくんだろ、きっと暑いせいだ、きっとそうだ。光凛はどうせ素直に答えないのに自問自答した。
そんな光凛に対して明はできるだけ落ち着いて対応しようとする、こういうときこっちもヒートアップしてしまうとそれ以上に光凛が熱くなってしまうことを昔からよく知っている。悩む顔をしながらもできるだけ落ち着いた口調で喋る。
「いやでもこれは、普通の好きとは違うって言うか、なんていうか、あれだよ憧れってやつだよ。あんな可愛い先生いたら誰だって好きになる、けどそれと普通の好きは違うだろ」
「ふーん、じゃああんたはどんな子が普通に好きなのさ、やっぱりめぐみたいな子?」
「んー、まぁ確かに広崎はかわいいとは思うけどそういうのとは違うんだよな、俺は」
「何が違うのよ、かわいいって思ってるんでしょ」
「かわいいって思ってるからって好きとは限らないだろ。まぁでもあいつはモテそうだよな、実際どうなんだ?」
光凛のこういう態度に慣れている
とはいえいつまでも付き合いたくはない、なんで愛の名前が挙がったかはわからないが、話題をそらすのに使わせてもらった。
「しょっちゅう変な虫が寄ってくるわよ、その度にあたしが追い払ってるんだから」
「なんでお前が追い払うんだよ?」
「だってあの子鈍感だしはっきりしないとこあるから、そういうとこ最近ちょっとムカつく」
光凛からしてみれば勢いでつい言ってしまったことなのだが、交友関係を重んじる明には急に親友をムカつくという光凛の言葉にカチンときて、つい語気がつよくなる。
「そんな言い方しなくてもいいだろ」
「あんたもやっぱりめぐの肩持つんだ」
「別に肩持ってるわけじゃねぇよ」
「そうね」
光凛の急な態度の変化の理由がわからず困惑しながらもできるだけ感情的にならないように努める明に対して、ツンとした態度を貫く光凛。
明はため息をついた。
「なんだよわけわかんねぇな。あー、てかじゃあ、おまえはどうなんだよ、おまえはどんな男がいいわけよ?」
「あたし?そうね、やっぱりバカは嫌いかしら」
「なるほど、頭のいいやつの方がいいってことか、じゃあ清司みたいなやつがいいな、あいつは実際いいやつだし、ちょっと暗いところが玉に瑕だけどな」
不機嫌な顔を続ける光凛に冗談を言うように明は返した。
光凛の表情は変わらない。
「青山くんか、そうねあんたと違って勉強できるし、あんたと違って優しいし、あんたと違ってよく気が利くものね」
「おいなんだよ、俺は関係ないだろ」
「関係あるわよ!」
男子が感情的に返した言葉に、女子のそれ以上に感情的な言葉が返ってきた。
「はぁ? なんでだよ、意味わかんね」
「何でもないわよ」
「何でもないってことはないだろ、ちゃんと説明しろよ」
「何でもないって言ってるでしょ!」
「だから何でもないじゃわからねぇっつうの、何で俺に関係あるのか……」
「だからあんたのそういうところが気が利かないって言ってんの!」
今までだって聞いたことない幼馴染みの大声に一瞬時が止まった。
驚いた表情の明が見つめる光凛の顔は真っ赤で涙を浮かべている。
「あんたはほんとガサツで気が利かないって言ってんの!」
「いやちょっと、光凛落ち着けって、俺が悪かったなら謝るからさ、だから……」
「あんたはいつもそう、わかってんだかわかってないんだか、気づいてんだか気づいてないんだか、あんたのそのへらへらした態度が誰かを傷つけているかもしれないなんて考えたこともないんでしょうね。」
「光凛、ちょ……」
「なによもう、自分がひとにどういう影響与えてるかも考えないで、自分は好き勝手してほんと最低、バカバカバカバカ! もう顔も見たくない!」
サー……サー……
雨が降り出した。
二人きりの教室に雨の匂いが広がっていく。
サーサー……サーサー……
どうしていいかわからない。
せめて相手の言う通りにしよう。
「……おう、そうか、んじゃ生徒指導室の様子でも見てくるよ。んで、お前が……いや、まぁ、行ってくる」
うつむいてる光凛に精一杯平坦な口調で言葉を言い残し明は教室から出て行く。光凛が顔を上げたときには明の姿は無かった。
「あ……嫌、違うの。こんなのあたしが素直じゃないだけじゃん、なのになんでどうしてこうなるの……明」
一人きりの教室で膝を抱えて座り込んだ。聞こえるのは雨音だけ。
ザーザーザー……ザーザー……
何も考えたくない、何もしたくない、ずっとこうしてたい。
ザーザー……ザーザー……
「ひーちゃん、泣いてるの?」
聞き慣れた柔らかい声が光凛に届いた。顔を上げると愛と清司が居る、雨音のせいで入ってきたのに気づかなかった。
「めぐ、青山くんも」
目をこすりながらなんとか明るく振る舞おうとする。
「かわいそうに、炎堂君に泣かされたの?」
「え、いや、違うの、なんていうか」
「よしよし、大丈夫だよひーちゃん、私がついてるよ」
愛は光凛を抱きしめながら頭を撫でる、今は親友の優しさが嬉しい。
「めぐ、ありがとう。もう大丈夫」
親友のおかげで落ち着きを取り戻した光凛は、立ち上がって少し恥ずかしそうに身なりを整える。
「ひーちゃんには私がついてるから、あんな人の気持ちを踏みにじるクソ野郎のことは忘れて、私と一緒に行こ?」
「え、行くって?」
「もちろん生徒指導室だよ、ひーちゃんもゴリヤマ様のお話を聞けば、もう悲しむことなんてなくなるよ」
「めぐ、何言ってるの?」
いつも通りおっとりした優しい口調の親友から違和感のある言葉を聞いて困惑する。
「何って、当たり前のことを言ってるんだよ、私たちはゴリヤマ様の指導を受けて生まれ変わらなきゃならないの。さ、一緒に行こう、大丈夫ひーちゃんには私がついてる、それにゴリヤマ様の教えは本当に素晴らしいんだから、ねー青山くん」
「うん、本当に感動してまるで生まれ変わった、いや生き返った気持ちだよ、今まで僕は生きてなかったんだ、でもゴリヤマ様の話を聞いてそれに気づけて今はほんとに清々しい。さ、秋津さんも僕たちと一緒に生まれ変わろう、生き返ろう」
「い、嫌……」
仮面のような微笑みを浮かべる二人を前にして思わず後ずさる。
「さ、ひーちゃん」
いつものように優しい笑顔で手を差し伸べてくる、しかしいつもの親友ではないのだ。
「嫌! あんた達はあたしの知ってるめぐと青山くんじゃない、かわいそうに、あたしが元に戻してあげる。」
足を開き、両腕の力を抜き、左手は前に出し、右手は引き、半身に構える。流石に光凛が構えると威圧感があり隙がない、並の相手ならこれだけで萎縮してしまうだろう、だが今回の相手は少しもひるむ様子は無かった。
「ははは、僕らがかわいそうだってさ」
「うふふ、変なこと言うんだから、ひーちゃんはやっぱり面白いな。でもねひーちゃん、あんまりわがまま言っちゃダメだよ? 私はどうしてもゴリヤマ様の指導を受けて欲しいの、だから力尽くでも連れて行くからね、痛かったらごめんね、あははははは!」
構えたまま距離を取る光凛、まず教室から脱出できないかと考えたが、それはさせまいと上手く位置取られている、ならば相手を倒して押し通るしかないのだが、クラスメイト相手そんなことはできない、とうとう教室の角まで追い詰められてしまった。
「くっ……」
「もう逃げられないよ、さあ僕らと一緒にゴリヤマ様の所へ行こう」
「嫌よ!」
「もー、ひーちゃんはほんとわがままだなぁ、いつもいつも自分の意見が通ると思ったら大間違いだよ?」
「別にそんなこと思ってない」
「あははははは! まぁ本人は気づかないものだよね、大丈夫ゴリヤマ様のところで生まれ変わればそういうのにも気づけるようになるから。さ、行こう」
あくまでも優しく手を差し伸べる愛。
「嫌よ、あたしは絶対行かないから、誰がゴリヤマの言いなりになるもんですか」
「ふーん、やっぱり無理矢理連れて行くしかないみたいだね、残念だよひーっちゃん大人しく付いてきてくれなくて、でも大丈夫すぐに生まれ変われるから!」
反撃ができない以上、なんとか愛に捕まれないように手を振り払うことしかできなかった、だがその抵抗もむなしくついに腕を捕まれてしまう、なんとか外そうとするが思いのほか力が強い、知らなかったこんなに愛の力が強いことも。
「ひーちゃん捕まえた」
「嫌! 離して」
愛に捕まり、清司も構えている状況で光凛は半ば諦めていたそのとき、勢いよく教室のドアが開いた。
ガラガラッ
「明!」
「おいおい、いくら光凛が相手とはいえ、二対一ってのはどうかと思うぜ」
教室の奥に愛に捕まれた光凛、その前には清司が立ち塞がり、皆明の方を一斉に見た、ただならない空気を感じ取った明が軽い口調ながら真剣な表情で言葉を発する。
「んで、これはいったいどういうことだ?」
「二人はゴリヤマに洗脳されているみたいなの」
「そうかよ、じゃあとりあえず目を覚まさせてやらないとな」
洗脳されている二人は仮面のような微笑みを明に向ける。
「ほんと炎堂君は空気が読めないよね、そんなだから女の子を泣かせちゃうんだよ」
「痛いこと言ってくれるぜ」
「大丈夫だよ、そんなどうしようもない明でもゴリヤマ様の指導を受ければ必ず生まれ変わることができるから」
「確かに、女の子を泣かすことはもうしたくないが、ゴリヤマのいいなりになるなんてゴメンだね、生まれ変わるにしても俺は自分の力で生まれ変わりたい」
「やれやれ、どうやら君も無理矢理連れて行くしかないようだ」
明の方へゆっくり近づきながら対峙する清司、明も意を決し清司に構える。
一方、諦めかけていた光凛も、もう一度愛から抜け出すために抵抗するが、両手首を掴まれ教室の角を背にしている不利は覆せないでいた。
「めぐ! もうやめて、正気に戻って」
「私は正気だよ」
落ち着いた口調でうつろな笑顔を浮かべたまま、光凛の体を教室の壁に押しつけるように力を込める。
「違う、こんなのあたしの知ってるめぐじゃない」
「あははははは! いったい私の何を知ってるって言うのさ!」
「知ってるよ、めぐは優しくてほわほわしてるけど、しっかりしてるところもあって、いつもあたしのことを気にしてくれて、こんな人を傷つけるようなことができる子じゃない」
光凛の言葉を聞いている愛の顔が怒りの表情へと変わっていく、掴む力も押しつける力も一段と強くなる。
「うるさい! ひーちゃんはいつもそうだ、私ができないと勝手に決めつけて、私には私の意思があるの! だけどいつもそれを聞かないで勝手に決めつけて同意を強要して、私だってちゃんと考えているんだよ、バカにしないで!」
「めぐ……そっか、うん、そうだよね、めぐにはめぐの考えがあるよね」
目を閉じ、うなずくようにうつむいた、次の瞬間厳しい表情で愛を睨み付ける。
「でもねあんたがそう思ってるように、あたしもあんたに対して言いたいことがあんの」
「いつも言いたいこと言ってるくせに」
「そんなわけないでしょ、いいわ、いい機会だから言ってあげる、まずあんたの鈍感で男にモテるくせに反応が遅いところが大っ嫌い」
「私なりにゆっくり考えてるの、そそっかしいひーちゃんがいつも勝手に話進めちゃうんじゃない」
「確かにあたしはそそっかしいとこあるけど、あんたも何か考えてるならちゃんと考えてるって言いなさいよ、何も言ってくれないから相談に乗ることもできないじゃない」
「うるさいうるさい! どうせ相談しようとしても自分のことばかり喋って私の話なんか聞いてくれないくせに」
「そんなことない! 確かにあたしはおしゃべりだけど、親友の相談は絶対に聞く真剣に聞く、だから何かあったら話してよ相談してよ、めぐがどれだけ考えたり思ったりしてもちゃんと伝えてくれなきゃわかんないよ、あたしも悪いところは直そう努力する、だからめぐも思ってることあったらちゃんと話して、あたしはちゃんと聞くからちゃんとめぐの気持ち受け止めるから!」
「う、ぐ、うわああああああああああん!」
大声で泣きだす愛。
光凛の腕は掴んだままだがその手にはもう力は入ってなく、そのまま光凛にすがりつくように抱きついた。
「ひーちゃん、ごめんねごめんねぇ、私バカだから変なこと言ったら嫌われちゃうんじゃないかと思って」
そんな愛を光凛は優しく包み返した。
「ほんとばかだね、そんなことで嫌うわけないじゃない、あたしたち親友でしょ」
「ひーちゃん、ぐす、私ひーちゃんいっぱいひどいこと言っちゃった」
「何言ってんの、あたしも言ったからおあいこでしょ、それよりもめぐが思ってることを素直に伝えてくれたのが嬉しい」
二人とも涙を浮かべながら、しかし優しい笑みを浮かべながら親友であることを確かめた。
「ひーちゃん、ありがとう、ごめんね」
「ううん、こちらこそありがとう、ごめんね」
無事に愛の洗脳が解けて丸く収まった女子二人、清司と取っ組み合いをしながらその様子を見ていた明はひらめいた。
「なるほど、洗脳を解くにはああすればいいのか」
取っ組み合ってお互いに力で押し続けていた男子二人、明は一瞬力を抜き清司が前にバランスを崩したところで素早く後ろに回り込み羽交い締めにした。
「くそっ、話せ!」
「清司、俺に対して何か言いたいことがあるなら言うんだ、何でも聞くぞ」
「別にないよ、僕らはいつも言いたいこと言い合ってるじゃないか」
「確かに。そ、それじゃあ俺が言おう言おうと思ってずっと言えなかったこと聞いてくれ」
「なんだよ?」
「お前が美術の課題で作った紙粘土のミロのビーナスのミニチュア、あれ壊したの俺なんだ」
「お前だったのか!」
普段ださない大声とともに力ずくで羽交い締めから抜け出した。怒髪天を衝くような清司に対して、困り顔でなんとか怒りを静めてもらおうとお願いするように謝り出す明。
「いやー、本当すまん、あまりにもうまくできてるから手に持って見てたら落としちゃってさ、がんばって直そうとしたんだけどさ」
「どう直したらビーナスの首が上下逆さになるんだ!」
「腕なんかはうまく直せたと思うんだが」
「もともとないよ!」
「せめてものお詫びってことで、胸を大きくしといたんだけどな」
「余計なことするなよ!」
「ちなみに中学のとき、お前の好きな人をバラしたのも俺なんだ、いや本当にごめんな。まぁ、こういうのを許し合えるのが……あ、あれ、なんでそんな殺気に満ち溢れてるのかな?」
「明……遺書は書いたか?」
想像を絶する闇のオーラのような威圧感を発しながらゆっくりと清司は明に近づいていく。
「いやちょっと待て、話せばわかる!」
「かくごおおおおおおお!」
「助けてくれぇ!」
「ゆるさん!」
モンスターのように明に飛びかかる、かろうじてそれを躱した明は女子の方に逃げ、助けを求める。
光凛に続いて愛も清司を止めにかかる。あわやというところで女子二人の制止が間に合った。
「青山くん落ち着いて!」
「人殺しはまずいよ!」
「離せぇ! こいつは、こいつだけは許しておけない!」
「許してくれぇ、ゴリヤマの愛の教育指導だけは絶対嫌だぁ」
「ゴリヤマ? 何訳わかんないこと言ってんのさ、ゴリヤマなんて関係ないだろ、誤魔化そうとするなよ」
清司以外の三人はハッとして顔を見合わせる、光凛が尋ねてみる。
「ちょ、ちょっと待って、青山くんゴリヤマのことをどう思ってる」
「どうって、別にどうとも思ってないけど、普通にいい先生だとは思うけど」
「おお!」
「正気に戻ってる!」
「やった!」
キョトンとしてる清司をよそに喜び出す三人。
「どうしたの急に皆して」
「青山くんと私はゴリヤマ先生に洗脳されちゃってたみたいなんだよ」
「洗脳? そんなまさか……う、そういえばさっきまで頭にモヤがかかっていたような」
「良かったな清司、これも俺のおかげだな、この恩忘れるんじゃねーぞ」
明は得意げに言った、女子二人はいつもの明の調子にあきれながらも笑顔で、清司も今までにない綺麗な笑顔を浮かべていた。
「うん、ゴリヤマの呪縛から助けてくれた恩は忘れないよ、それと、君が僕に告白した悪事への恨みも決して忘れないよ」
「それは忘れてくれても……」
「絶対に、忘れないよ」
「ほんとごめんて、今度なんか奢ってやるからそれで許してくれよ、な、な?」
相変わらず調子の良い明に、そして皆また揃ったことに皆で笑い合う。
「なんにせよまた四人とも無事に集まれて良かったわ」
「うん、ゴリヤマ先生に捕まったときどうなるかと思ったけど」
「ああ、これでまた作戦続行できるな」
だが、清司だけ笑顔が次第に浮かない顔になっていく、そんな不安な表情のまま口を開く。
「あのさ、ちょっといいかな」
「なんだよ清司まさか怖じ気付いたんじゃないだろうな? まぁ、ゴリヤマに捕まったんだからそういう気持ちになるのもわかるけどよ」
「いやそれは大丈夫なんだけど」
三人は心配そうに清司の方を見る。
「どうしたんだよ?」
「いや、なんていうか、ほんとにこんなことして良いのかなって思って」
「はぁ? 今更何言ってんだよ」
「今更なのはわかってるよ、急にこんな言い出して申し訳ないとも思う、でもなんかずっとそんな風に考えちゃって不安なんだ」
清司の言葉を皆静かに受け止めた、確かにはっきり言ってろくでもないことをやろうとしているわけで。
「まぁおまえはこういう悪いことには縁無さそうだもんな、おまえがこの補修に居ることも驚いたし、この話にも乗ってくれないかもと思ったしな」
「そうよね、あたしたちはなんかはこういうのしょっちゅうだけど、良いことしてるか悪いことしてるかと言えば、悪いことしてるわけで」
「青山くん、無理しなくて良いんだよ」
三者三様に気遣いの言葉をかけた、これからやろうとしていることの腰を折るような発言をしている自分に対して気遣ってくれるのが嬉しかった。
「三人ともありがとう、でもな何て言うか違うんだ、こういうことするのが嫌ってわけじゃなくて、なんか本当にこれをしてていいのかって疑問に思っちゃうんだ、今回のことにだけじゃなくて最近どんなことに対してもそう思うんだ」
静かに清司の言葉に耳を傾ける、光凛が質問する。
「つまり、何をすればいいのかわからなくなっちゃうってこと?」
「うん、そうなんだよ。実はこの前の試験も、昨日の塾も休んだっていうか、サボったんだ」
「お前がサボるなんて、どうしたんだよ何かあったのか?」
印象の通り真面目な清司がサボる、光凛や愛にもそれは衝撃的だったが、より清司のことを知る明からしてみればさらにショッキングなことだった。遊びや、ふざけたりすることにはノってきても、学校や塾をズルしてサボったりすることは一度も無かったし、今後もそういうことをすることは絶対にないと思っていた。
「何があった訳じゃないんだけど、今も言った通り何をすれば良いのか、何をするのが正しいのかわからなくなってきてさ、今までは親の言う通り勉強して親の言う通り塾や習い事をしてきた、だけど最近疑問に思うときがあるんだ、本当にこれで良いのか本当にこれをしてるのが正しいのかって、何かそう考えたら学校にも塾にも行く気が無くなっちゃって」
清司の悩みを真剣に受け止める三人、返す言葉を思いつかずにいた。
と、思えたが明はフッとわらうとあっけらかんとした口調で話し出した。
「なんだよ、そんなの簡単に解決できるじゃねぇか」
「あんたね、人が真剣に悩んでるのにその言い方はないでしょ」
「真剣に悩んでようがなんだろうが簡単なものは簡単なんだからしょうがねえだろ」
光凛の注意もまるで意に介さないように得意げに、しかし真面目な口調で明は続けた。
「清司、そういうときは自分のやりたいことをやればいいんだ」
「自分の、やりたいこと」
「ああ、お前が自分で心からやりたいと思ったことをやってないから納得できないんだ。例えばお前は勉強の大切さをちゃんと知ってる、いや俺だって誰だって勉強は大切だとは思ってるぜ? けどお前は真面目だから余計にそう思うんだろ、だから親や先生に勉強しろと言われたら素直にやってきた、だけどお前自身が本当にやりたいと思ってる訳じゃないから心にズレができて悩んじまうんだ」
「僕が、本当にやりたいこと」
「おう、別に夢を叶えろとかじゃなくてさ、ただこうしたいなって思ったら素直にそれをすれば良いんだよ。ま、俺なんか自分のやりたいことしかやってないから補修の常連だけどよ、お前は俺なんかの真逆だから自分がやりたいと思ったことをやった方が良いんだよ」
「そっか、そうだよね、ありがとうなんかわかった気がするよ」
「おう!」
お互いの顔を見ながら笑い合う男子、それを見て安堵で顔がほころぶ女子二人。
「へぇ、あんたにしてはなかなか良いこというじゃない」
「へへーん、もっと褒めてくれても良いんだぜ」
「調子に乗るな」
光凛のツッコミを頭に受ける明、そんな二人のやりとりにまた場の空気が和む。自分も同じようなことで思うところがあった愛が穏やかな口調で話し出す。
「思ったことを思ったまま口に出したり行動に移したりするのって結構怖いと思うの、でも私もさっきそれをする大切さを知ったから、青山くんもできるようになるといいね」
「うん、ありがとう」
「そうだそうだ、二人とも俺を見習え、思ったことやりたいこと全部言っちゃう全部やっちゃう!」
「あんたはもっと慎みなさい!」
再び手痛いツッコミが入る。
「なんでもやり過ぎは良くないってことだね」
清司の一言で皆笑い出した。
「んで、清司どうだ心の整理がついたか?」
「うん、おかげさまでね」
「じゃ、改めて聞くぞ、今は何をしたいと思ってるんだ?」
「今は、皆と夏休みを取り戻したいと思ってるよ」
迷いの無い表情でそう言い切った。
「よし、よく言った! それじゃ夏休み解放作戦続行だ!」
「おー!」
気がつけばいつの間にかに雨は止み、雲の隙間からは太陽の光が射していた。
「で、具体的にはどうするつもり?」
光凛は明が何か考えていると信頼しているからあえて質問を投げかける。
「そうだな、せっかく清司と広崎が正気に戻ったんだからこれを活かさない手はないだろ」
「そうだね、僕もそれが一番だと思う」
「二人で納得してないで私にも教えてよ」
じたばたしながら訴えかける愛に得意顔で明が説明を始める。
「作戦はこうだ、次にチャイムが鳴ったらきっとゴリヤマが様子を見に来る、清司と広崎が中々戻って来ないからな、そのときに二人はまだ洗脳されているフリをして俺と光凛を捕まえたということにする、そして油断したゴリヤマを四人で一斉に叩く」
そこに真剣な表情で言葉を返す清司。
「問題は四人で不意打ちしてもゴリヤマを無力化できるかは怪しいというところだね」
「それは俺も不安だ、でもこれが最善策だと思うんだ」
明も真剣な表情で言葉を返した、そこにさらに神妙な面持ちの愛ががんばって言葉を発する。
「あ、あの、ちょっといいかな」
「普通にしゃべって良いのよ」
「やっぱり、二人がゴリヤマ先生を抑えて、残りの二人が校長室に向かったほうがいいと思うな」
明はうーんと短くうなった後に。
「確かにそれは一理ある、だけどゴリヤマを抑える二人が危険すぎる」
「私が抑えるよ」
意を決した表情の愛に光凛が反論する。
「ダメよ、そんなの危なすぎる」
「ひーちゃんありがとう、でも私がやりたいの」
「めぐ……わかった、でも危なくなったらすぐ逃げるのよ」
「うん、大丈夫だよ」
二人のやりとりを見てた清司も決意を固めた。
「じゃあもう一人はぼくがやろう」
「お前も大丈夫かよ」
「大丈夫だよ、やりたいと思ったことをした方がいいんだろ? それに、陸上部の二人が校長室へ向かった方が良いと思うんだ」
明も光凛も今までに無い真面目な表情で深くうなずく。
「わかったぜ、校長室への奇襲は俺たちに任せとけ!」
「絶対成功させるから!」
頼もしい、本当に頼もしい。四人が四人とも皆のことをそう感じる。
「うん、二人とも頼んだからね、僕たちも全力でゴリヤマを抑える。もうそろそろ部活の顧問の先生たちの会議も終わるだろうから、正真正銘これがラストチャンスだ」
「うわぁ、緊張してきた」
「大丈夫よ、あたしたちなら絶対うまくいく」
「ああ、ここまで来たら何が何でも決めてやるぜ!」
お互いがお互いを見つめ合いうなずき合う、あとはやるだけ。皆の決意が一つになり、はっきりと固まったところで運命のチャイムが鳴り響く。
キーンコーンカーンコーン
「よしみんな、ラストミッションスタートだ!」
「了解!」
賽は投げられた、あとは各々が全力を尽くすだけ。
この作戦にはそれだけの価値がある、なんと言っても夏休みがかかっている。
絶対に取り戻す、夏休みを。
絶対に取り戻す、貴重な青春の一ページを。
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