こじらせ女子のオンゲ♡LOVE
ひかりんちょ
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こじらせ女子のオンゲ💛LOVE
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「ヤバいヤバい、始まっちゃう!」
帰宅して自室に戻るなり、あたしはバッグをベッドへ放り出し、TVとゲーム機のスイッチを入れる。
秒でバイト先の制服を脱ぎ捨て、床に転がってるスエットとパンツを適当に羽織り、肩くらいまである髪を無造作にゴムで束ねる。
TVの前に座椅子を移動させ、傍らにお菓子とエナジードリンクを置いて、締めとばかりにスマホの電源をオフにする。
よし、これで装備は整った!
TV画面には『ファンタジープラネットオンライン3』のタイトルが表示されている。
さっそく座椅子にもたれかかり、コントローラーを握りしめた。
自分が所属するサーバー(ゲーム会社側のコンピュータ)を選んでから、次は今日最初に使用するマイキャラクターを選び、ログインボタンを押す。
この間、およそ1分半。部屋の掛け時計は8;55分を指している。
「おふぅ…間に合った~」
画面が眩い光に包まれていく。今夜もあたしの冒険が始まるのだ!
あたしの名は川野結月(かわのゆづき)。どこにでもいそうな…もとい、冴えない部類に入りそうな25歳のアルバイター女子である。
いま、なんでこんなに急いでるのかというと、このゲームはタイトルにも入ってるように『オンライン』ゲームだからなのだ。
一口にオンラインゲーム(以下オンゲ)と言ってもスタイルはいろいろあるんだろうけど、このファンタジープラネットオンライン3(以下FPO3)には『定時クエスト』というものがあり、運営(ゲームを制作してる会社のことをオンゲの世界ではこう呼ぶ)が毎日指定した時間に複数のプレイヤーが協力して挑む前提の特別なクエスト(ゲーム内の戦闘ミッション)を提供するのだ。
その定時クエストの開始時間が目前に迫ってるという訳なのである。
あたしはファミレスでバイトをしていて、今日もさっきまで働いてきたのだが、上がり間際にちょっとしたトラブルがあって帰宅時間が押してしまったのだ。それゆえ普段なら更衣室で私服に着替えるところを、今日はまんま制服で店を飛び出した次第である。制服姿での通勤は禁止されてるが、家は近いし(自転車通勤)夜だからまあ大丈夫だろうという判断だった。従業員用の出入り口があるので退出時に発見される可能性も低い。
とにかくあたしにとって、それほどまでにこの定時クエストは大事なものなのだ。
オンゲがその他一般のゲームと何が違うかというと、インターネットを通じて日本全国のプレイヤーが一つのフィールドに集まり、同じ時間と空間を共有できるという点である(FPO3はさらに北米までが範囲内なのだ)。
特にオンゲと謳ってないゲームでもネットを通じたオンラインプレーはごく当たり前に行われてるので些か区別しにくいけど(スマホゲームなんかもそうだしね)、まぁ詳細は省くとしよう。私がハマってるこのFPO3というコンテンツは、無数にあるネットゲームの中でもオンラインプレーに特化した『MMO』と呼ばれるタイプのものだ。まぁオンゲの中のオンゲというか、オンゲの王道みたいなものといっていいと思う。
実際にやってもらうのが手っ取り早いのだが、このMMOの世界というのはまさに『もう一つの現実』といっても過言じゃないと個人的には思う。
近年はラノベ(ライトノベル)などで『異世界転生』モノというジャンルが人気を集めて久しいけど、ファンタジーではなく現実において異世界転生に近い体験ができるのがこのMMOだとさえあたしは思ってるのだ。
定時クエストに話を戻すと、あたしが職場の内規を破ってまで必死になる理由というものが当然ある。
『定時』ゆえ、1日の中でその時間にしかできないというのが一つ。もう一つは『ドロップが美味しい』というものだ。
『ドロップ』とは「拾う・得る」というような意味で、ゲーム用語的には概ね作中で使用できるアイテム(道具一般)をプレイの報酬としてゲットすることを指す。
そして『美味しい』というのは、いつでもプレイできる通常のクエスト(常設クエストなどともいう)で得られるアイテムと比べて、この定時クエストで得られるアイテムは並みの物よりも稀少かつ高品質であることが多いのだ。
この普段ではそうそう手に入らない高級アイテム取得のことを指して、我々プレイヤーは『レアドロ』と呼ぶのが一般的である。
レアドロップ、稀少品の獲得という意味で、略してレアドロだ。
最もこのレアドロも定時クエストに参戦すれば必ず成功する訳ではなく、獲得には確率が伴う『運』が必要である。
でも、とにもかくにも参戦しないことにはレアドロの可能性すら生まれないのが道理で、我らオンゲプレイヤーはその機会をなるべく逸さないよう日々時間を気にして生活してるという具合なのである。
ロード(ゲーム機のデータ読み込み)中の20秒くらいのあいだに、なぜか物語のプロローグみたいな思考が頭をよぎったが、まぁそれはいい。そんなわけで今夜もなんとか無事にオンライン空間へと舞い降りることができた。
画面の中央に、この世界の自分とでもいうべきマイキャラクターが背中を向けて立っている。いつも通りあたしは、まず自キャラを様々なアングルで見回しながらファッションや装備などの諸々をチェックする。
「ほむぅ…いつ見てもあたしの分身ちゃんはメッチャカワユス♡」
我ながら気味の悪い独り言が自然と漏れてしまう。
それほどまでに溺愛してる自慢のマイキャラクター、その名は……。
つづく
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