第9章 隠された実力の本当の意味を知るために

第81話 黒と碧のラピス・リクス

 セリカブルカとの邂逅、そして我が家の庭で倒れていた飛龍の治療を終えたあと――。


「それで、これは一体どういう状態なんだ?」


「すんすん……いつの間に龍なんて連れ込んだのにゃ。ミミにも気づかれないうちにこんなでっかいの連れてくるにゃんてどうやったのにゃ? すんすん」


 フィーは腰に手をあてて怪訝そうに、ミミは自分の鼻が利かなくなったのかと鼻を鳴らしながら尋ねてくる。


 二人が疑問に思うのは当然のことだと思う。

 俺でさえどうやってこの飛龍がここに現れたのかわからないのだから――いや、きっとセリカブルカが連れてきたのだろうけど、その方法まではわからないと言ったほうが正しいのだけれど。


「ともかく、みんな手伝ってくれてありがとう。詳しいこと……と言っても俺にもわからないことだらけなんだけど。とにかく、ちゃんと説明するよ」


「ご主人様。お話の前に……このドラゴンさんをどうにかしないとバンズさんたちがいらしてしまうのでは?」


「あっ。そうだった」


 アイシャの言う通り、まだ夜が明けて間もないとはいえ、雪の酷くない日にはアクシスからバンズさんが職人を連れて拠点にやってくる。


 このまま生きた飛龍を庭に置いておくのはどう考えても問題だ。


『余がここに居ては……まずいようじゃの』


「おにいちゃん! ドラゴンさんがしゃべった!」


「ルビィ! 俺の後ろに下がれ!」


 それまでじっとしていた飛龍が突然、瞼を上げて口を開ける。

 近くにいたルビィを庇うようにノルが龍とルビィの間に立って身構える。


『身ひとつで余を恐れずに立つか。良い男じゃの。じゃが、余もこれだけの恩を受けて主らを襲おうなどと考えておらぬ。しかし……申し訳ないのじゃが、ここを去ろうにもどうにもまだ空を飛べる程は回復しておらぬようじゃ。余が主らの邪魔になるのであれば……殺してくれて構わぬ』


 飛龍は碧い瞳で俺や、みんなを一瞥したあと、そう告げると再びくったりと持ち上げた首を降ろして瞼を閉じてしまう。


「アイシャ、ノルとルビィと中で待っていてくれ。この様子では本当に暴れるようなことはないだろうが……こどもらが怪我をしては困る」


「わかりました。しかし……フィーさん」


「心配はいらないさ。なあ、セレスト?」


 フィーの言葉に、アイシャが何かを察したか、不安気な顔をしてこちらを見る。


「こんなに必死になって治療したんだ。心配ないよ。どうにか方法は考えるから」


「ワタシも協力する。大丈夫」


「ご主人様……クーニアさん。わかりました。ルビィ、ノル。聞いていたわね? 私たちは中で待っていましょう。朝食の準備もしなければいけませんからね」


 アイシャは俺の返答に安堵した様子で二人を連れて家の中へ戻って行く。

 通りすがりにノルが俺の顔を覗き込んできたので首肯する。


「こーんなにシーツを汚したのに簡単に殺せにゃんて勝手な龍もいたものにゃ。恩を感じているならもうちょっと頑張ってみせるのにゃ」


 いつの間にか飛龍のそばに立っていたミミがつんつんと飛龍の頭を小突く。


 小突くといっても加減はしているんだろうけど、容赦ないな……。


「ねえ。アナタ、ニンゲンの言葉を話せるのなら高位の血筋の龍なのでしょう。どうしてそんな怪我をしているの?」


「……確かに。空を飛ぶ飛龍種にこれだけの傷を負わせるとは。まさか龍災の生き残りか?」


 クーニアとフィーも加わり、飛龍の頭部を囲うようにして話しかける。


『お主ら……殺せと言うたのに殺しもせず、眠らせてくれもせずに頭の周りでぎゃあぎゃあと騒ぐとは……余のことをなんだと思っておるんじゃ……龍災なんぞ知らん。怪我のことも話したくはないのじゃ』


 三人に囲まれた飛龍の言葉にはどこか哀愁が漂っている。


「ああ、そういえばフィー。セリカブルカって知ってる? その人……じゃなかった、龍からの伝言なんだけど『汝、二度と深淵アビスに近づくなかれ。助るのは一度だけだ』って」


「セリカブルカ様っ!?」


『ぐぬっ……白の王め、既に余計なことを言っておったか……』


 セリカブルカは小娘が目を覚ましたら伝えるようにと言っていたのをふと思い出し、忘れないうちにとフィーに伝えたのだが……フィーが驚くのと同時、飛龍がさらに悲しそうな顔――といっても声音から想像しただけだが――をする。


「セリカブルカに、深淵アビス…………アナタ、まさか深淵に行ったの? よく生きていたわね」


「セリカブルカ? 深淵アビス? なんにゃそれ?」


 エルフであるフィーはともかく、クーニアの記憶の中にもセリカブルカという龍の知識はあるらしい。


 ミミだけが不思議そうに首を傾げている。

 まあ、深淵については俺もよくわかっていないのでミミとあまり変わらないのだけれど。


「詳しいことはわからないが……この飛龍はセリカブルカ様の関係者であるなら尚更放っておくわけにはいかないな。セレスト、どうにかして匿う方法はないだろうか」


 フィーだけが深刻な表情を浮かべて相談してくるが……。

 この大きさの飛竜を家に運び入れるのは難しい。

 というか、玄関を通らない。


 セリカブルカのように人間のような姿に小さくなってくれたらできるんだろうけど……。


「ん? ねえ、きみ。もしかして姿を小さく変えられたりしない?」


「なーに言ってるのにゃセレスト。龍が小さくなるなんて聞いたことがないにゃ。そんな龍が居たら見てみたいのにゃ。にゃっはっは!」


『できるのじゃ』


「できるのにゃ!?」


「おい、バカ猫。口を挟むな。話が進まないだろうが」


「ミミ。ごめん。静かにしてて」


「そんにゃ~」


 俺と飛龍のやり取り中に騒いでいたミミがフィーとクーニアに叱られて猫耳ごと項垂れる。


「とにかく、小さくなれるのなら家の中に匿うことができる。やってみてくれないか?」


『むぅ……仕方あるまい……しかし、余はもう殆ど魔力が残っていないのじゃ。体を変化させてしまったらまたしばらく眠りについてしまうじゃろう。また主たちに迷惑を掛けてしまうぞ?』


「それくらい構わないよ。ああ、でもよかったら眠る前にきみの名前だけでも聞かせてくれないか?」


 いつまでも飛龍と呼ぶのはわずらわしいし。


「余の名はラピス・リクス。黒の龍王と人魚の姫の血を引く――黒と碧のラピス・リクス……じゃ……すやぁ……」


 ラピス・リクスと名乗るのと同時、確かにセリカブルカのように人間に近い姿に変化した飛龍はあっさりと意識を放棄して眠りについて。


 飛龍のサイズに合わせて傷口に巻いていた全てのシーツはその大きさの変化に宙を舞い、こどもと少女の間のような幼い裸体――四肢や体の一部は黒の龍鱗に覆われているが――を露わにしてしまう。


「だ、誰かはやくシーツかけて! シーツ!」


 それを見て慌てて目を逸らして叫んでしまったのは許して欲しい。


 ルビィより少し大きいくらいの身長なのにフィーよりも大きなものが揺れているのが突然視界に入ってきたのだから。

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