第73話 レイナの苦悩
――10月下旬、アクシス開拓街・ギルドにて。
「レイナーいるー?」
「はいはい、レイナはここにいますよー」
すっかり名が広まってしまったので開き直って以前のようにレイナを呼べば、にこにこと笑顔を浮かべて受付の奥からレイナがやってくる。
「最近あんまり顔を出してくれないから退屈してたんですよー」
「最近は冬ごもりの準備で忙しくてね」
頬を膨らませてあざとくご機嫌ななめそうな仕草をするレイナに苦笑する。
最近は職人たちや奴隷の出入りが多いのであまり家を離れる機会がなかったので確かにレイナと会うのは久しぶりだ。
「冬ごもりですかー? セレストさんは冬は完全にあっちで過ごしちゃうんです?」
「うーん……どうかな。冬の森にも入ってみようとは思うけど、どのくらい積もるのかわからないし、あんまりこっちには来ないかもしれないね」
「えぇー!? それはダメですよ! 私にひと冬もここでひとり寂しく過ごせって言うんですかー!?」
バン! と机に手をついて立ち上がるレイナ。
「ひとりも何もレイナは仕事があるでしょ? それに支部長だっているじゃないか」
「仕事ばっかりだからいーやーなーんーでーすー!」
ええ……そんなこどもじゃないんだから。
「そうは言ってもギルドは今は忙しいんでしょ?」
俺は今年来たばかりなのでこれまでのことは知らないが、バンズさんや職人たちから色々聞いた限りだと今年は龍災の被害がなかったため、例年とは違って大変らしい。
被害がなかったのに大変とはどういうことかというと……。
「例年の今頃は壊れた建物や城壁の片付けや復元に追われていたらしいですからねー。今年はそれが無いので奴隷たちの仕事がなくなってしまうので鉱山の稼働を伸ばしたり、畑の方に多めに人員を回したり、それでも人手が余ってしまうので冒険者さんたちが開拓した土地を開墾したり、新しい壁を作ったり……もうイレギュラーが多すぎて大変ですぅ」
レイナが肩を落としているように、それ以外にも修繕の為に確保していた資材が余ってしまっていたり、職人が暇をしてしまったりさせる訳にはいかないので、ギルドは冬の前だと言うのに急遽開拓を進めることで公共事業を拡大している。
あ、あとは討伐した龍の保存のために魔法使いも大勢雇って冷凍しているとも聞いたような。
「もーギルドの金庫の中身が干からびそうですよー、お給料がなくなっちゃったらどうしましょう!? ……はっ! セレストさんが原因なのだから私を養ってくれてもいいのではありませんかっ!?」
肩を落としていたレイナががばっと起き上がって妙にきらきら輝いた瞳で上目遣いをしてくるが……。
「お金なんて船を持ってる商会に龍を売れば手に入るでしょ。それに大物は春になれば換金できるって支部長言ってたし。レイナのお給料がなくなることはないから大丈夫だよ」
「もー、セレストさん。こういうときに正論を言っちゃいけないんですよー」
再びあざとく頬を膨らませるレイナ。
相変わらずころころと表情を変えるひとだ。
「……はぁ。いったいこの前のあれはなんだったんでしょう」
レイナが机に肘を立てて、手のひらの上に顔を乗せて溜息を吐く。
「あれって?」
「なーんでもないですよーけち」
ふざけたり真面目な話をしたり、笑ったり怒ったり呆れたり。
こういうどこまでが本気かわからないところが掴み切れないから、こちらも食いつかないようにしているのだけど。
「ところでレイナ。今日の用事なんだけどさ」
「ふんっ。なんですか? 薪の仕入れ先ですか? 乾物屋ですか? 本屋ですか?」
「確かにその情報も欲しいけど、今日はレイナを家に誘いに来たんだよね」
「ふぇ!?」
冬の間はルビィを連れてアクシスまで来るのは難しいだろうから、ルビィが寂しがらないように誘いに来たのだけど……そのことは今は言わなくていいだろう。
多分、それも黙っていた方がいい正論だ。
「支部長にも許可は貰ってるから、レイナが休みの時にでもと思って声を掛けに来たんだけど……来てくれる?」
「行かない訳ないじゃないですかー! すぐ準備します! 今すぐ!」
「いや、今は仕事中でしょ?」
「正論禁止!」
これは言っていい正論じゃないの?
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