第69話 祭りと帰宅

 みんなで打ち上げ花火を楽しんだ翌朝。


 まずは帰宅に備えて、ギルドに預けていた馬車に持ち込んでいた荷物を運びこむ。

 ついでにしばらく世話を任せっきりにしていた馬たちを撫でていくと、気のせいかもしれないが喜ばれた気がする。


 積み込み作業が済んだら一休み……する間もなく。


「それじゃあおにいちゃん! おまつりにしゅっぱーつ!」


「ルビィ! 手を繋いで!」


 駆けだすルビィの手を慌てたノルが捕まえるのをみんなで追いかける。

 そうして俺たちは帰宅を前にみんなで少し街をぶらつくことにしたのだが――。


「おや、赤髪さんじゃあないかい。ほら、うちの店に寄っていっとくれよ。星火の英雄が来てくれたとなればうちの評判も上がるってもんさね!」


 知らないお婆さんに声を掛けられて果物を固めた糖蜜で固めた菓子を手渡されて、まんまと全員分のお菓子を買わされて。


「英雄さま、英雄さま、こっちも見てくだせぇ! 帝国の開拓地から持ってきた南部の豆ですよ! こいつをこうして挽いて、沸かしたお湯で薄めると……どうです? 不思議な香りがする飲物でしょう?」


 これまた知らない中年の商人に店に連れ込まれてコーヒーとやらを飲まされるが……確かにいい匂いだけど苦い。


「ふむ。こっちに来てから飲んでいなかったが、久しぶりに飲むと落ち着くな」


「フィーは飲んだことがあるの?」


「ああ。では一般的な嗜好品だからな」


 どうやらエスティアでは普通に飲まれているものらしい。

 フィーが嬉しそうなので、せっかくなので豆と豆を挽くための道具を購入する。


「毎度あり! 英雄さまにはおまけで別の種類の豆も一袋お付けしますんで、いろいろブレンドして楽しんでみてくだせぇ!」


 そうして店を出て少し歩くと……。


「あら、英雄様のところのお嬢ちゃん。このお菓子を食べてみないかい? ふわふわしていてとぉっても甘くておいしいのよ」


「ほんとう!? おねえちゃんありがとう!」


 今度は白い雲のようなお菓子を売っている露店の女性がルビィにお菓子をひと口分、その口に放り込む。


「おいひぃ……とろけちゃうっ!」


 両方の頬を膨らませて目を輝かせるルビィに、それを見て興味をそそられる女性陣。

 ノルもなんだか少し羨ましそうにしているのだから、これも買わない訳にはいかない。


 ――って、さっきからすれ違う人にはやたら見られるし、商人たちはこんな感じだし、英雄さまってなんなのさ!


 いったいどこでどういう話が広がったのか。

 元々赤い髪のこどもの冒険者として分かり易い見た目の俺はすぐにアクシスの人たちに噂の人物だと特定されて、ちやほやと持て囃される。


「うぅ……なんか落ち着かないなぁ」


 仕方がないので外套のフードを目深に被り髪と顔を目立たないように隠す。


「にゃははっ。これでセレストもお揃いになったにゃ」


「笑わないでよね」


 同じように特徴的な外見を隠すためにフードを被っているミミが俺のことを指差してお腹を抱える。


 まさか自分がこの街で姿を隠すような目に遭うとは思ってもみなかった。

 今は街のみんなが浮かれているけれど、それもきっといつかは落ち着くだろうと願って、しばらくは拠点に身を潜めてゆっくり暮らそうかな。


「私はご主人様が街のみなさんから英雄様と呼ばれるのは誇らしいですよ?」


 俺の気持ちを察したのか察していないのかアイシャが耳元で囁きくすりと笑う。


「アイシャまで……」


 というか、アイシャには昨日のうちに奴隷から解放されたことは伝えたのだけど、未だにこうして俺のことをご主人様と呼ぶ。


 勿論、いまさら俺もどうしてだなんて尋ねるつもりもないし、アイシャやノル、ルビィが望んでくれるなら、いつまでだって俺は三人が望む俺で在ろうと思う。


「さて、それじゃあお祭りも満喫したし、そろそろ帰ろうか。戻ってからも荷物の片づけをしなければいけないからね」


「はーい」とそれぞれに返事をするみんなと、それぞれに手いっぱいに抱えたお土産を手にギルドへと戻る。


 三頭立ての馬車がいつもより人で賑わう道をゆっくりと進む。

 御者台には俺とノル。


 城門を警備する冒険者にギルドカードを見せて門を通過して南西へ。

 街を出てから少しだけ速度を上げて懐かしき我が家に向けて、虫の鳴く音を聞きながら草原を駆け抜ける。



 ◇



「うーん。これは困った」


 拠点に戻った俺は、その光景にどうしたものかと立ち尽くす。


 城壁は勿論、家は無事。

 厩舎も倉庫も無事。


 しかし、薬草園のテントと拠点開拓時に俺が建てた掘っ立て小屋のような物置はニーズヘッグの起こした嵐によって吹き飛ばされてしまっていた。


「くんくん。龍が襲って痕跡はにゃいし、普通に風に飛ばされたのにゃ」


「あれだけの嵐だったんだ。家が無事でよかったじゃないか」


「そうですよ、ご主人様。どの道これから冬になりますから、薬草や野菜も今までのように育つ訳ではありませんし、大きな問題はないかと思いますよ」


 ミミが言うには龍の匂いはないらしく、フィーとアイシャも問題ないと慰めてくれる。

 確かに、どの道テントで薬草たちが冬を越せたかはわからない。


 けれど、掘っ立て小屋暮らしもテント暮らしも良い思い出だったので少しだけ寂しかったんだ。


「……そうだね。どの道、冬の備えはしなければならないし。しばらくは拠点の改修をしながらゆっくりしようか」


 秋の風物詩である龍の襲撃は無事に撃退した。

 まだ散発的な龍の出現はあるかもしれないが、その辺りは他の冒険者がどうにでもするだろう。


「さて、それじゃあみんなで手分けをして荷物を降ろそうか。ノルとルビィは玄関と廊下の窓を開けてきてくれるかい?」


「はい!」


「わかったー!」


 こどもたちが玄関に駆けていくのを見送ってから、荷下ろしのために馬車の荷台に移る。


「わー! びっくりしたぁ! クーニアおねえちゃん! いたなら言ってよぉ!」


 そんなルビィの叫び声を聞いたのは、衣類の詰まった鞄を手に取ろうとしたときだった。

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