第70話 実力を隠して廃嫡された双子の片割れは海を渡り自由な人生を謳歌する!

 馬車の荷台に乗り込んで衣類の詰まった鞄を取ろうと手を伸ばしたその時――


「わー! びっくりしたぁ! クーニアおねえちゃん! いたなら言ってよぉ!」


 ――ルビィの声を聞いて手が止まる。


「クーニア?」


 目が醒めてから、誰に聞いても姿を見ていないと言われて諦めかけていた。


 もしかしたら、あの時……ニーズヘッグとの戦いのときに彼女はもう星火たちとともにこの地を去ってしまったのではないかと心のどこかで思ってしまっていた。


「クーニアさん。先に帰ってきてたんですね。俺たち、セレストさんからドアと窓を開けるように言われていて……手伝って貰えますか?」


「そうなの? いいわよ」


 当たり前のようにノルが話しかけ、それにまた当たり前のように答える声は確かにクーニアの声で。


 俺は、思わず荷物を手放して馬車から飛び降りて駆けだしていた。


「クーニア! クーニアッ! よかった……! ずっと、ずっと心配していたんだっ! もう会えないんじゃないかって!!」


 後から思えば、それはとんでもなく幼稚に見える行いだったのかもしれない。

 その時の俺は、その少女がそこに居てくれたことが嬉しくて、駆け寄った勢いで思いきり抱き締めてしまったのだから。


「ひゃぁっ! びっくりした! 何よいきなり!?」


 漆黒のドレスを纏った少女は、いきなり飛びついてきた俺に驚き、美しく輝く紅い瞳を揺らめかせる。


「驚かせてごめん! でも、ずっと、ずっと姿が見えないから心配してたんだ。もうきみと会えないんじゃないかって、きみの素敵な歌声が聞けなくなるんじゃないかって!」


「……それは、ワタシもそう思っていたのよ。とにかく、は、離れてよね! もうっ!」


「痛っ!」


 ぺしっと頭を軽く叩かれて我に返る。


「あ……えっと、その、ごめん」


 慌てて周囲を窺ってみれば、ルビィやノルはぽかんとこちらを見ているし、アイシャたちは呆れたような顔でこちらを見て苦笑を浮かべている。


「あの時、アナタと約束をしてしまったでしょう。この家はワタシの好きに使ってもいいって。だから……ワタシは、みんなと一緒に還り損ねてしまったのよ」


「帰り損ねた?」


「そう。ワタシはアナタたちと少し長く一緒に居過ぎたみたい。アナタたちともっと一緒に居たいって。心残りができちゃったのよ。だから――セキニン、とりなさいよね」


 龍葬祭の直前にした最終会議の場で、俺は確かにクーニアと約束を交わした。


 クーニアと出会ったばかりのとき、魔力は俺の心に居場所を見つけて残ってしまうと言っていた。


 クーニアと出会ってから過ごした日々が、言葉が頭を巡る。


「……任せてくれ。きっと、きみがもっと楽しい日々を送れるようにすると誓うよ」


 俺は、クーニアの問いに力強く頷いた。


「そう、それならいいわ……そういう訳だから、他のみんなも、いいかしら?」


 少しだけ気恥ずかしそうに目を泳がせるクーニアの問いに、ルビィが、ノルが、アイシャが、ミミが、フィーが、頷き、駆け寄り、集まって来る。


「私たちは家族ですものね」


 アイシャが微笑んで。


「おねえちゃんがいっぱいのお歌をつくらないと!」


 ルビィはよくわからないけど元気が良くて。


「ミミはクーニアのお姉ちゃんかにゃ? 妹かにゃ? ミミのほうがおっぱいが大きいからミミがお姉ちゃんだにゃ!」


 ミミは好き勝手なことを言って胸を張ってニンマリ笑う。


「そういえばセレスト、あのドラゴンを捕まえたあの技を私にも一度使ってみてくれないか?」


 フィー、お前は何を言ってるんだよ。


「あの……荷下ろしは……」


 ノルがまともでよかった……最後の希望だよ。


「はぁ……まったく、みんなちょっと自由過ぎるよ。クーニアも、今度からは勝手にひとりにならないようにね」


「……わかったわよ」


 クーニアがぷいっと顔を逸らす。

 拗ねているのか、照れているのか少しだけ頬が赤い。


 ……いや、きっとそれは俺も同じかもしれないな。


「よし、じゃあみんなで片付けするよ! さっさと片付けてごはんの支度をしないとね! 今日はちゃんと7人揃ってみんなで晩御飯だ!」


 こうして俺たちは手分けをして荷下ろしをしたり、留守にしていた間の埃を払い、みんなで騒がしく食卓をともにした。


 旅立ちからおよそ半年。

 俺はこの新大陸で大切な家族と呼べる仲間たちに囲まれて自由な人生を謳歌している。


 そして、これからもきっと――――。

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