第57話 最終会議

「――正午に目撃された飛龍の数は1。サイズは小型から中型。ちょうど太陽を背にして高速で飛行していたため、正確かどうかはわからないが、恐らく体色は灰から黒。実際に目撃した連中は皆、黒だと推測していたが、一瞬だったので確証はないそうだ」


 夕刻、俺の家の応接室に集まった龍葬祭実行委員会のメンバーはトラストさんから飛龍の報告を受けていた。


か」


 支部長が呟き、舌打ちとともに顔を顰める。


「気にし過ぎだろ。逆光でそう見えたのかもしれねえし、もしも黒い鱗をしてたとしてもじゃねえさ。あいつが飛んできたなら今頃俺達はこうしてのんびり話なんかしてられる状況じゃないだろうよ」


 支部長を宥めるのはバンズさん。

 トラストさんも頷いているが……三人の言っているというのが俺にはいまいちピンと来ない。


「失礼。話の腰を折るようで申し訳ないのだけど、その黒い龍種だとかあいつだとか言うのはいったい何のことです?」


『ニーズヘッグ。北の山脈を支配する王種。あの街のみんなを襲った龍の名前』


 俺の疑問の答えは予想外にクーニアから返ってきた。


「……俺たちは龍王種・黒邪龍と呼んでいた。あいつはそんな名前がついてやがったか」


「そいつのことは俺から説明しよう」


 相変わらずしかめっ面の支部長に代わり、トラストさんがその存在について教えてくれた。


 龍王種・黒邪龍ニーズヘッグ。

 最初の龍災に於いて、嵐と無数の龍種を従えてアクシス旧開拓地を襲った巨大な翼龍。

 その大きさは人間とは比較にすらならない程大きく、現在のアクシスのギルドの建物をたったひと噛みで瓦礫に変える程の巨大な顎を持ち、その凶悪な顔には二本の湾曲した角が前に突き出るように伸びており、全身は闇のような漆黒の鱗に覆われている。


 アクシス旧開拓地を放棄した最大の要因であるらしく、その後これまでの秋には姿を見せていなかったとのこと。


「それで黒い龍を警戒してるってことですか。でも確かにバンズさんの言う通り、報告にあったのは小さい飛竜ってことだしあんまり気にしたってしょうがないでしょう? それに、そのニーズヘッグとやらが現れたとして、逃げるつもりがある人ってこの中に居るんですか?」


 部屋に居るみんなの顔を見渡す。

 ニーズヘッグとやらに対面したことのない俺が言うのは、実際に対峙したことのある彼らからすれば良い気はしないかもしれないけれど。


「あの時と現在じゃあ状況が違う。アクシスはもうそう易々と捨てて逃げ出せるような場所じゃねぇ。この際だ――セレスト、お前には言っておくが、グランガリアの冒険者ギルド本部はいずれこの街に本部を移すつもりで投資をしている。さらに南には既に他国の開拓地がある。定期船はもう帰ったばかり。俺たちに逃げる場所はねぇよ」


 冒険者ギルドがわざわざ単独の開拓地を持っているのはそれが理由か……とはいえ、今はギルドの内情を詳しく聞いている場合じゃない。


「船は来ない。逃げ場はない。それでも龍は来る。それじゃあ守るしかないですよね」


「お前さんの言う通りだな。そのために俺に櫓を建てさせたんだろう? 市民を匿うためにギルドの外壁も職人総出で改修した。俺たち職人にゃ龍と戦う力はねーがよ。お前ら信じて必死に金槌振るったんだ」


「前哨基地の人員は俺と一部を監視に残して他の冒険者たちは奴隷を護衛させながらアクシスに送る。鉱山の連中もだ。冒険者には警戒を、奴隷たちは休ませてやりたいところが……何か手伝えることがあればバンズの方で仕事を振ってくれ」


 俺の問い掛けに、バンズさんとトラストさんが頷き計画を進めていく。


「……セレスト。お前の実力は前に聞いたし、実際にこの目で、剣で確かめた。だからこそお前をこうして頼って――」


「――顔に似合わないことは言わなくていいですよ。心配しなくても問題ありません。何があろうとアクシスの街は問題ありませんから、その代わり支部長たちは好きに暴れてさっさと龍を倒しちゃってくださいよ」


「……くっ。お前は相変わらずガキの癖に減らず口ばかり叩きやがる。ガキにお守りされてばかりされてたまるかよ」


 どうせまた柄にもない台詞を吐こうとしただろう支部長をわざとらしく笑い飛ばす。


 支部長も元の愛想の悪い顔に戻って何よりだ。

 最近は頭を使いすぎて疲れてでもいるのか、支部長は俺の扱い方が普通すぎて困る。


「じゃあ、そういうことなら俺は今夜の内にでもみんなを連れてアクシスに移りましょう。人目につかない部屋はもう用意してくれてあるんですよね?」


「問題ない。ギルドの上階は元から一部の職員しか入れないからな。部屋は準備してある」


「それじゃあ、話はある程度まとまったことですし、俺とクーニアは引っ越しの準備をさせて貰っても?」


 実際のところ、龍災の当日に俺のやることはアクシスの街に龍を侵入させないようにすることだけだ。

 ミミもフィーも人前には出せないし、アイシャたちに関しては戦闘能力はない。


 これ以上の作戦会議は大人に任せてお暇させて貰おうかとしたところ――。


『ワタシは街には行かないわ』


「クーニア?」


『心配はいらないわ。どこかに消える訳じゃない。素敵な舞台を用意して貰っているからワタシはそれまでこの家で待たせて貰うだけよ』


 素敵な舞台――ああ、あの丘の上に建てられたもう一つの櫓はそういうことか。


「そうか。それじゃあこの家はクーニアの自由に使ってよ。あと、みんなによろしくね」


『ええ。約束するわ』


 そうして、会議の場に残ったクーニアと他のみんなに挨拶をして応接室を出る。

 アクシスには人目を避けて夜中の移動になる。

 クーニアとは今夜で一度別れることになるけれど、龍災が終わったら今度は俺もルビィと一緒にクーニアの歌をのんびり聴かせて貰おうかな。

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