第55話 周辺調査と支部長補佐
普段俺たちが狩りをしている場所を大森林の入口とするならば、前哨基地が位置するのは大森林の入口から徒歩で半日程進んだ辺り。
その役割は大森林の監視が主で、アクシスの街側からの開墾作業を安全に行うために日々活動している。
トラストさんやここの冒険者の殆どは開拓当初からのメンバーか、若しくは俺のような新しく新大陸に上陸した物好きの一部が手伝っているらしい。
さて、そんな物好きの一人である俺は、ミミとフィーの三人で前哨基地を訪れ、トラストさんの案内で現在は大森林の奥に向かって調査を進めている。
「こういった大樹に残された爪痕や、腐葉土に混ざった魔物の糞、大型の餌になった魔物の痕跡。そういったものを見落とさないように注意してくれ」
今回は初めての調査なので、トラストさんが必要なことを色々と教えてくれながら作業を進めているのだが、戦闘目的ではないので作業はいたって地味である。
勿論、不満はないので地味な作業でもしっかりと続けるが、どうにもこういう単純な作業を繰り返していれば体とは別に、口も動いてしまうもので。
「お前は随分と個性的な髪の色をしているがどこの生まれだ?」
「えっと……ミエリーケープという北部の農村の生まれです」
確かそんな設定だったと思う。
「そうか。といってもさっぱりわからんが、北部には赤髪が多いのか?」
「それなりに多いですね。トラストさんはやっぱりグランガリアですか?」
「ああ。元は俺もガウルと同じギルド本部に所属している中堅冒険者だったよ。そういえばお前、ガウルとはどうやってあんなに親しくなったんだ? あいつは新人どもには厳しい奴だろう」
トラストさんの言うとおり、支部長との初対面の時もそうだけれど、普段の言動からもあまり若い冒険者に優しいといった印象はないかもしれない。
「……まあ、一度剣は抜かれましたね」
「ガウルに剣を抜かせて生きているとは。その……なんだ、お前の魔法はやはりとんでもないな」
とんでもないのは俺ではなくあの狂暴な支部長だと思う。
「しかし……あいつも相変わらずか。今回のことが成功したら、多少は昔のあいつに戻ってくれるだろうか」
魔物が大樹に付けた爪痕をなぞりながらトラストさんはどこか寂しそうに呟く。
これは、尋ねても良いのだろうか。
「支部長に何かあったんですか?」
「……あいつは龍災で師匠に当たる人も、冒険者のいろはを教えてくれた先輩も全員亡くしている。それからあいつは必死に他の連中を守ろうと、狂ったように剣を振るい俺や他の仲間を守り続けた。龍災のあとは誰もが生きるのに必死だったんだ。それでもグランバリエからは定期的に新しい人員が送り込まれてくる。たった独りじゃ守り切れない量の人間が連れて来られては、その命を散らしていく。新大陸の魔物、素材、鉱石、資源。金と名声を求めて無謀な賭けに出る連中が死んでいく度にあいつは少し……なんというのか。冷めちまったのさ」
冒険者も商人も新大陸には自分の命を賭けてやってくる。
好き勝手に来て好き勝手に冒険をして死ぬのなんて当の本人たちの自業自得ではあるけれど……守りたいと願う人たちが自分から死に急ぐのを何年も見続けるのは……なんだか、心が痛みそうだ。
「今回の龍葬祭が成功すれば、この地で死んでいった奴らにも、いつまでもそいつらに縛られててめえらしさを失っちまったガウルの野郎の心の閊えも……全て空へでも飛んで消えていってくれたらいいんだがな」
トラストさんの願いは旧開拓地で亡くなった人たちの弔いだけじゃなく、支部長も救いたいってことか。
「俺はこの世界には救いってものが存在することを知っています。だから、必ず龍葬祭を成功させましょう」
禁忌とされた双子の俺とジェドを生かしてくれた父さんと母さん。
母国で暮らせずとも、生きることを許してくれた家族に、それを支えてくれた使用人のみんな。
金が無くて困っていた俺を新大陸に導いてくれたレイナ。
そして手荒くも優しく俺を迎えてくれたアクシスの街。
そして――悲劇から生まれたクーニアの願い。
「全部、全部必ず俺が守るんだ」
「なーにひとりでカッコつけてるにゃ。ミミとフィーを放っておいて男どもは暑苦しいのにゃ」
「もしやセレスト、貴様……男もいけるのか?」
ミミもフィーもうるさいよ。
今そういう雰囲気じゃなかっただろ。
というかフィーに関してはどういう意味だよ。
「あー、それじゃあ今度はもう少し奥の方にでも行ってみるか。あっちに数か月前に巨大な王種の群れが通った場所がある。何か変化がないか見てみよう」
気まずい雰囲気を変えてくれたのは苦笑したトラストさんだった。
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