第54話 前哨基地
新大陸北東部に位置するアクシスの街。
その南にはしばらく進むと大きな川と川沿いに放棄されたアクシス旧開拓地がある。
ではアクシスの北には何があるかといえば、山岳地帯だ。
アクシスに最も近い幾つかの山は既に鉱物資源の確保の為に調査が済んでおり、銀や鉄、天然の魔石を含むいくつかの鉱山が発見されている。
アクシスから鉱山までの道は拓かれており、犯罪奴隷たちによって採掘された鉱石は馬車を利用してアクシスへ、さらにはグランバリエ大陸へと輸出されている。
しかし、そこが現在のアクシスの開拓の北側の限界点でもある。
それより北西側の山々は天を衝く程に高く、山頂部は通年を通して雪化粧と雲に覆われ白い闇に覆われている。
その地には翼を持つ龍が数多く暮らしており、冒険者ギルドは新たな鉱山の調査を進めることを困難としている。
何より、滅多に山から降りてくることのない龍よりも、アクシスより西側はどこまで続くともしれない大森林という魔境が存在しているのだから開拓は容易ではない。
――今回俺が訪れたのは、そんな開拓の最前線。
西に広がる大森林の中に築かれたちっぽけな要塞である。
「待っていたぞ。よくここまで辿り着けたな。迎えは要らないというから心配していたんだぞ」
わざわざ要塞の入口で出迎えてくれたのはトラストさん。
相変わらず全身に様々な武器を纏っている。
「優秀な斥候と騎士が付いていますからね。戦闘を回避すれば問題ありませんよ」
ミミは鼻も耳も利くし、フィーは俺の魔法とは違う精霊の力というものを使うことができる。
普段は狩りの獲物を探すのに役に立つ能力だが、まだこの前哨基地までの間ならば戦闘を回避するのも問題ないことが把握できた。
そんな2人でも森を横断するのは命懸けというのだから深部はいったいどれだけ危険なのか。
「この要塞の中に居る連中には既にお前の仲間のことも、龍葬祭のことも伝えてある。信頼できる仲間たちだ。そっちの2人も姿を隠さなくても構わないぞ」
「そういうことなら遠慮なく
「確かに人に会う度にずっとフードを被ったままというのは中々窮屈だな」
トラストさんから許可を貰い、ミミとフィーが全身をすっぽり隠していたフード付きの外套を脱ぐ。
俺はそれを預かって畳んで鞄に収納。
「おお……本当に銀色の髪に猫のような尻尾。そちらのフィー殿もなんと美しい……いや、失礼なことを言った。すまん。少し物語の中に入り込んだようで感動してしまった」
目を見開いて感銘を受けていたトラストさんが慌てて取り繕う。
できれば俺も2人と出会うときはそういう感動を受けられるような出会い方が良かったな、と思う。
「セレスト、なにか失礼なことを考えているにゃ?」
「奇遇だな。私もそんな気がしていたところだ」
「そ、そんなことあるはずないじゃないか。トラストさんの言う通り2人とも綺麗だよ」
何故か勘のいい2人に軽く睨まれてたじろぐ。
「き、綺麗!? ミミのこと今褒めたにゃ!? 綺麗って言ったにゃ!?」
「ふ、ふふーん。貴様は私のことをそんな風に思っていたのか。ふ、ふふふ。ふーん」
大袈裟に喜ぶミミとニヤけ面を隠しきれないフィー。
「それより、今回俺達は仕事を手伝いに来たんだからまずは話を聞かせて貰おう」
「そうだった。会議室に案内しよう。こっちだ」
妙な空気にならないように話題を変えると、トラストさんも察してくれたのか要塞の中へと案内してくれたのでそれに続く。
石造りの城壁に覆われた要塞の中はいくつかの木造の小屋が建っており、犯罪奴隷と思われる者たちが煮炊きをしていたり、洗濯や掃除を懸命に行っている。
そんな様を眺めながらまっすぐにトラストさんの背を追い、要塞の内部へ。
そこでようやく年嵩の冒険者たちを見かけるようになり、通り様に今度はミミとフィーが冒険者たちの注目を集める。
二人とも未知の種族というだけでなく、とても美しい容姿をしているので仕方のないことだろう。
「さて、ここが会議室だ。中に俺たちがまとめた地図がある。それを見ながら割り当てを確認しよう」
会議室に通されると、大きな机の上には巨大な手書きの地図。
そしておそらくは出現した魔物に関する情報や負傷者の報告書などが散乱している。
「俺たちは今、この前哨基地を拠点に大森林内部の魔物の動向を調査している。出没する魔物の種類、群れの数など様々だが、目的は龍の餌になり得る魔物の生息数だ。例えば大鹿――アクリプリオス――などは龍どもが好む獲物だ。気温の変化に弱い肉食の魔物が南に移動を始め、草食のこいつらが多く残っているようなら龍が降りてくる可能性は高い。それから
トラストさんが地図と資料を示しながら解説してくれるが……。
「
「……ふむ。群れか?」
「いえ。一体でしたが、俺の拠点からそう遠くない場所です。
「奴らは普段は北の山脈に棲んでいる。そいつらが森に降りてきたということはそれだけ北部の気候が変化しているということだ。北の魔物が南下すればそれを喰らう龍も南下してくる。お前はまだ北部の魔物のことは詳しくないだろうが、
白天狼はなんとなく想像がつくけど、山飛熊ってなんだ?
熊が飛ぶのかな?
「……ともかく。今回手伝って欲しいのはそういった魔物の生態調査のようなものだ。既に俺の仲間たちも行動に移っているが、うちはいつでも人手不足でね。それなりに危険な仕事だが、やってくれるか?」
「そりゃあもう。その為に来ましたからね」
トラストさんから誘われたときには――いや、委員会発足の日に聞いたみんなの想いを聞いたときから俺の覚悟は決まっている。
これまでよりも大森林の深くへ。
変わりつつある未知の魔物たちの巣窟へ。
冒険者らしくっていいじゃないか。
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