第53.5話 温もり

「ううん……」


 窓から差し込む朝日と早朝の冷気に、見ていたはずの夢が途切れて現実に引き戻される。

 赤い鳥たちが群れをなして空を飛ぶ不思議な光景――そんな夢から醒めた身体は肌寒さを凌ごうと掛け布団を探して無意識に手が動く。


 左手がしばらくシーツの上を彷徨うもどうにも布団は足元の方に行ってしまったようで見つからず、偶然触れた暖かい塊に気づいて抱き寄せる。


 弾力があるようで吸い込まれてしまいそうな不思議な柔らかく暖かなそれに埋もれるようにしていると。


「ふ、ぅん。すー……すー」


 明らかに自分とは違う誰かの吐息交じりの声が耳朶に触れる。


「にゃあ~セレストぉ、そっちに行ったらミミが寒いにゃ~」


 今度ははっきりと聞こえた別の誰かの――ミミの声が背後からして、すっと伸びてきた腕に抱き寄せられて今度は背中にふんわりとした触感と温もりに包みこまれる。


 なんでミミが?

 あーでもミミの体温はなんだか暖かくて心地良いな。


「あっ、ミミ! ずるいぞ!」


 今度はフィーの声がして先ほどまでしがみついていた柔肌が俺の正面を覆いこむように……。


「って! びっくりしたぁ! なんで二人が俺のベッドで寝てるのさ!?」


 微睡の中でうっかり状況に甘んじていた頭が急に冷静さを取り戻して飛び起きる。


 状況を飲み込もうと周囲を窺えば裸の自分。

 どうりで寒い訳だ。

 さらには俺を挟むようにして眠っていたフィーとミミの服がベッドの端から床に垂れるように散乱している。


 フィーの白い肌を金色の長髪が隠し、ミミの褐色の肌を銀色の髪と尻尾が隠し、どうにか二人の姿は露わにはなっていないものの。


「なんだか物凄い倦怠感がする。昨日のことが途中から思い出せない……なんだこれ?」


 何が起きたのか思い出そうと額に手を当てて唸りをあげてみるものの、フィーと話していたところまでしか記憶がない。


「セレストの部屋から変な声がしたからミミが様子を見に来たらフィーが精霊魔法でセレストを眠らせてたところだったにゃ。ミミはセレストを起こそうと頑張ったのにゃけど、無理だったにゃ。だからせめてフィーがやりすぎないように一緒に見張ってたのにゃ」


「ちょっとミミ! 私だけが悪さをしたようなことを言うな! お前だって楽しそうに――!」


「ちょ、ちょっと待って。待ってくれ。一回ストップ」


 精霊魔法には人を眠らせる魔法もあるのか。

 そしてその後フィーが何かをしてミミが混ざったと。


 うん。

 わかった。

 わかってないけど、なんとなく、本当になんとなく思い至りそうなところがある。


「よし。とりあえずあれだ、俺はその……二人のことを、その、ちゃんと、するから」


 何もちゃんとしたことを言っていない自覚のある意味のわからない言葉をつっかえつっかえに思いつくままに並べる。


「ふふっ。何を言っているんだ今更。私たちはもう家族なのだろう?」


「にゃっはっは! セレストが慌ててるにゃ! 悪戯大成功にゃ!」


「悪戯だと……?」


「あにゃ……」


 大笑いしていたミミが慌てて視線を逸らして口笛を吹き始める。

 絶妙にそこそこ上手い。

 そうじゃなくて。


「本当にこれは悪戯か? 俺は何もしていないのか?」


「さてな。それよりもお風呂に入ってきたらどうだ? 今日は確かトラストとかいう男から依頼を受けていただろう?」


「……ん。そういえばそうだった。それじゃあ俺はお風呂に入って来るよ」


 散らかった服を拾い集めて一旦適当に羽織り、寝室から出る。


「片付けてしまうのはなんだか少し勿体ないな。もう少し私はこの匂いの中で微睡ませて貰うとしよう」


「ほら、ちゃんと布団を掛けて寝るのにゃ」


 寝室の扉が閉まる直前にかすかに室内の二人が何かのやり取りをしているような気がしたが、気にせずに俺は階段を降りた。



 ◇



「おはようございます。ご主人様。湯の準備はできていますよ」


 階段を下りて風呂場に直行したところでアイシャに遭遇。


「……ありがとう」


「もう、お気になさらなくても大丈夫だって言ったではありませんか。私はもうこんな年で、年頃の娘として過ごすようなことは経験することができませんでした。それを変えてくれたのはご主人様なんです。ご主人様はいつだってみんなを大切に想ってくれています。その愛に……ただ私たちは応えたいだけなのですよ」


 どこかで感じていた罰の悪さをアイシャは苦笑しながら否定してくれる。


「それでもご主人様が何か気になるというのなら、私に湯浴みの手伝いをさせて頂いても……よろしいですか?」


「うん……ん? あれ、今なんて……」


「ささ、湯が冷めてしまいます。それにしまわないと……」


 さらりと来ていた服を脱いだアイシャに、雑に着ていた服を剥ぎ取られてお風呂場へ。


 ま、まあ、実家の侯爵家で暮らしていたときにもメイドが湯浴みの世話をしてくれたことはあったからな、きっとそういうことだろう。


 余計なことを考えるな俺、冷静に、心を静めて、身を清めるのだ。

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