僕は昨日に生きている。明日を見てる君は死ぬ

長月 有樹

第1話

「日本史なんてなに言ってるの?全部丸暗記よ、丸暗記、馬鹿じゃないの?」


 僕は怪訝な顔を隠しきれない?アドバイス?


「つかね、文系科目なんて全部丸暗記だよ。馬鹿でしょ。ばーか。コツとか、紐づけるとかそんなん馬鹿がやるやり方なの。全部覚えりゃいーんだよ。馬鹿はテクとか効率とか、頭に残るとか言うけれども、そんなん全部覚えればいーのよ。理屈なんていらないの」


 おい、全て否定してんじゃねえか?全ての学びとか否定してんじゃねえか?と思いつつ、僕は机でその声を無視しつつ参考書を眺める。確かに何も入らない。入ってこない。


「つかね、私から言わせりゃ全部丸暗記よ、科学も数学も。公式覚えりゃいーじゃん。その考え方の流れも全て覚えりゃいーじゃん。覚えらんないのはそいつが馬鹿なだけ。馬鹿は勉強しても意味が無い。とっととくたばれ」


 僕はこのノイズに。この一つも役に立たない。どころかやる気も霧のようにほわぁんと消えてくノイズに母親が一万も払ってるのを悲しむ。本当に悲しい。何で………と硬直しながらも無言で参考書を読む。


「聴いてるの?たかし」


 パキュリと缶ビールを潰す音が聞こえる。ちゃぶ台の向かいにいるのは、山戸撫子、大学生三年生、隣の家の年上の幼なじみ。 地味な金髪の長い髪をしてる。本人は亜麻色の長い髪の乙女と言ってる。高三の僕は、ヤケにそれを連発してるから元ネタをネットで調べた。インスタントな女だと思った。薄っぺらい女だと思った。


 撫子姉ちゃん(心の中で!もう撫子さんと呼んでいる!ハズい!キツい!)はまた缶ビールをポスっとタブを空ける。ごきゅごきゅとのどを響かせ、かーーーっと缶をかかげる。大学で覚えたばかりの酒。けれども自分は酒を楽しんでるというのか、甘い酒なんざ飲まずにビールやレモンサワーを飲んでおっさんくささを出すことによって、逆に自分の可愛らしさを引き立たせる。間抜けな女だと思った。


 こんなんに家庭教師として金を払ってるのか?と心で嘆く。


「おーーーい。たかし、さっきから私がありがたーーい勉強の心構えを言ってるのに無視すんなよーーー」



ウリーっとちゃぶ台の下から足で僕の正座してる太ももをつつく。痺れてる足にそれをされるのは正直、うっとうしい。


 すんごく邪魔。けどすんごくいて欲しい。すんごくいて欲しい訳は「や……やめてよ〜〜」と間抜けな悲鳴を上げてる自分がいるから。何故ならすんごく嬉しいから。すんごく嬉しいのは、すんごく好きだからだ。


 僕は撫子姉ちゃんを愛していた。僕は撫子姉ちゃんのすべてが好きだったからだ。インスタントなところもまぬけなところもわらけてくるところも。亜麻色の長い美しい髪も。ダサすぎる茶色いカラコンも。ラフな服装も。全てが撫子姉ちゃんだから好きで。撫子姉ちゃんだから全て好き。LOVE。ラァブ。


「………ったくあんたみたいな馬鹿は救いようがないよ、ホントに。んじゃー今日の所はおしまい!」


 パキュリと缶ビールをまた潰す。タコみたいに真っ赤に酔いつぶれかけてる撫子姉ちゃんは「ホラッいつもの」と手招きをする。


 僕は嫌だとズキリと心を痛めつつもそれを渡す。僕が持ってるマス目に日付が書いてある厚紙をパシッと撫子姉ちゃんは奪う。ポンと今日の日付の空欄に撫という文字のダサいスタンプを押す。


「……あと10日になっちゃったね。有効期限」10コの空白以外を除いて一ヶ月間の全ての日付に撫スタンプが押してある手作り感溢れるポイントカードみたいな紙を僕にハイッと返す。分かりやすくしんみりしていた。僕は無表情を装いつつ心でどす黒い感情が渦巻いていた。ぐるぐる。魔法陣。


 10日後。撫子姉ちゃんは結婚する。政略結婚。撫子姉ちゃんは30の年の差があるじじいと結婚する。古風で金持ちで何よりもクソみたいな家系のせいで。僕はそのポイントカードをぶんどる。


 後10日間が僕と撫子姉ちゃんが一緒にいられる最後の時間。後10日間が僕たちの10何年以上続いてた二人の時間の終わり。


 じゃあねーとそそくさと僕の部屋から立ち去った撫子姉ちゃんが残した沢山の空き缶を僕はゴミ袋に無心で入れている。


 終わりたくないと部屋で一人で泣いた。声を荒げて泣いた。ふわぁぁぁんと泣き喚く僕は10年前の僕だった。ポイントカードに涙が溢れて、スタンプが滲む。


 滲むスタンプをみて、僕はこれからも撫子姉ちゃんといた昨日を見て。毎日、昨日に思いを馳せ、明日を未来を生きていくんだと考えると心が苦しかった。


 何より明日を見ている撫子姉ちゃんの横顔がとても憂鬱そうで。それが更に僕を苦しめた。そしてその憂いの表情がとても綺麗で。誰よりも美しいと感じ、それがまた僕を苦しめた。


 三日後、撫子姉ちゃんは死んだ。隣町の12階建てのマンションから飛び降りた。


 僕は残り七つの空白のポイントカードを握り締めている。永遠に残り続ける七つの有効期限のポイントカードを強く握り締めながら、泣いて。そして絶望した。


 これからもずっと撫子姉ちゃんといた昨日に過去に捕らわれて生きていく明日。


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僕は昨日に生きている。明日を見てる君は死ぬ 長月 有樹 @fukulama

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