俺の幼馴染のNTR《ネトラレ》力が100万だと!? くそっ! 初めての彼女なんだ、絶対に阻止してやる!!

木の芽

俺の幼馴染のNTR《ネトラレ》力が100万だと!? くそっ! 初めての恋人なんだ、絶対に阻止してやる!!

 ある朝、起きると人の頭の上に数字が見えるようになっていた。


 例えば母さんなら『NTR:100000』といった感じだ。


 ……いやいや、これかなり不味い状況なのでは?


『NTR』とはネトラレの略称。……つまり、これは寝取られやすさを表す数値なのではないだろうか。


 確かに母さんは俺を産んでいるにも関わらず、きれいなスタイルを維持している。


 ぽっこりおなかが出てきた父さんとは釣り合わないとは子供の俺でさえ思ったことがあるレベルだ。


 NTRネトラレ力が10万だと仮定すれば、つじつまが合う。


 そう考えると俺はいてもたってもいられなくなった。


「あら、善一ぜんいち。もう学校に行くの?」


「ああ! 母さんもお父さん以外を好きにならないでね!」


「なに言ってるのよ。私はお父さんを永遠に愛しているわよ」


「それならいいんだ! とにかく行ってきます!」


 バッグを背負うと俺は家を飛び出して、隣の家に向かう。


 インターホンを押すと玄関から出てきたのは幼馴染にして恋人の西宮心にしみやこころ


「おはよう、ぜんくん。今日は早いのね。どうかしたのかしら?」


「あ、ああ。ちょっと気になったことがあっ……!?」


 絶句。彼女の頭上に並んだ数字を見て、俺は言葉を紡げずにいた。


 NTRの隣に並んだ数字は1000000。


 つまり、俺の最愛の人のNTR力は100万だと……!?


「……? 善くん?」


 心配気にこちらの顔を覗き込む心。


 正気に戻った俺は頑張ってひきつりかけた頬を笑顔に変える。


 そして、彼女の細い両腕を掴むと、できる限りの想いを伝えることにした。


「心……俺はお前を誰よりも愛しているから!」


「ぜ、善くん!? は、恥ずかしいわ……」


「大事なことなんだ。幼稚園の頃からずっと俺をそばで見てきてくれた心がとても大切なんだ! 俺は心がいちばんだから!」


 そう告げると心を抱きしめる。


 朝っぱらから他人の目がある前ですることではないだろう。


 しかし、自分の大切な彼女が誰かに寝取られるかもしれない。


 そんな恐ろしい未来を想像してしまっては、恥なんてどうでもよかった。


「も、もう急にどうしたの?」


「ご、ごめん。心が好きすぎて、居ても立っても居られなくて……あっ、嫌だったか?」


「ううん、そんなことない。すごく嬉しいわ」


 そう言って、心は抱きしめ返してくれる。


 鼻腔をくすぐる彼女の髪の甘い香りが俺を落ち着かせてくれた。


「さぁ、行きましょうか」


「あ、ああ、そうだな」


 ぎゅっと彼女の手を握りしめる。


 ほのかに温かい体温が絡ませた指を伝って感じられる。


「今日も私は善くんに愛されて幸せ者だわ」


 やわらかく微笑む心。


 しかし、彼女の頭上に浮かんだ数値に変化はない。


 俺からの愛を伝える行為では意味がないということなんだろうか。


 ……こうなったら俺も覚悟を決めるべきだろう。


 心を寝取りそうな相手と機会を全力でつぶす……!


 そう決意しながら俺は心との登校時間を楽しむのであった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 不幸にも俺と心は別のクラスだ。


 そのせいで落ち着かないが、彼女と離れている今だからこそできることを済ませるべきだ。


 周りを見渡せばすぐにわかるが、明らかに心のNTR力だけ群を抜いている。


 他の女子や男子は高くても100くらいなのに一人だけ100万だからな。


 そこで俺はNTRについて詳しくなるために片っ端からNTR作品を読むことにした。


 授業中も、昼休みも、放課後に至るまで。その結果、わかったことがある。


「心にNTR属性が多すぎる……!」


 机に突っ伏してかみしめるようにつぶやく。


 簡単に西宮心という人物を説明すると、腰まで伸びた黒のストレートヘア―が似合う清楚な子だ。


 成績優秀で生徒会長を務めている。


 部活は男女混合のテニス部。


 だが、恋愛経験だけは俺が初めて。


『清楚系』『黒髪ロング』『学級委員長』『テニス部』『初心』……役満じゃないか……!


 こんなの「私は簡単にもう寝取られますよ」って宣言してるようなもんだろ。


 だが、俺はあきらめないぞ……!


 絶対に心は他の男になんて渡さなっ……!?


 ふと窓から覗いた外に心と一人の男子生徒がいた。


 焼けた小麦色の肌に金色の髪が目立つあいつはテニス部の部長だ。


 心を迎えに行ったときに見た記憶がある。


 しかも、なんだか親し気に話しかけやがって……くそっ。どうする!?


 俺がいる教室は二階の階段から最も遠い端。


 今から追いかけても間に合わないぞ!?


 俺が躊躇している間にも二人の姿は小さくなっていく。


 こうなったら……!


 腹をくくれば後は一瞬だった。


「うぉぉぉらぁぁっ!!」


 窓を開けて、飛び降りる。後ろから聞こえる悲鳴なんてどうでもいい。


 ジンと足に衝撃が響くが、映画のように転がって衝撃を逃す。


 鈍い痛みをなんとかこらえて彼女の名前を叫んだ。


「心!」


 上手く立ち上がれず、ダサい格好になってしまうがどうでもいい。


 心を引き止められたら、それで構わない。


「ぜ、善くん!? どうしたの!?」


「とてつもなく心とデート行きたくなってさ! たまらなくなって窓から飛んできた!」


「善くんっ……!」


 なにが響いたのかわからないけどキュンとときめいた表情で、こちらに駆け寄ってくる心。


 部長も突然の出来事に固まっている。


 これはチャンスだ……!


「よし、心! 今日は帰さないからな。家も隣だし、夜遅くまで遊ぼうな!」


「やだ、善くん。積極的で素敵……」


 パーフェクトコミュニケーション!


 頬を赤く染めて腕に抱き着いてくる心。


 俺は呆然とする部長に見せつけるように彼女の頭を撫でると、そのまま帰宅する。


 宣言通り、ゲームや映画鑑賞を楽しんだ心はそのまま我が家に宿泊したのであった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 その日から心の周りに寄ってくる怪しげな男の影は全て追っ払った。


 例えば文化祭にかこつけて心を口説こうとする女たらしと噂の生徒会OBの間に入り込み、心を連れ出したり。


「西宮ちゃん、文化祭終わったら俺と……」


「すみません、先輩。心の一日は俺が予約していますので暇がありません! 明日も、明後日も、これからもです!!」


「善くん……男らしいわ……!」


「それでは金輪際、失礼します!」




 駅前で偶然を装って、心を飯に誘おうとしたヤリチン塾講師から心を守ったり。


「西宮さん、こんなところで会えるなんて珍しいね。よかったらご飯奢るし、個室のいい店でも」


「すみません、これから彼女には俺の愛のこもった手料理を食べてもらう予定なので! たらふく食べさせてやるからな、心!」


「善くん……いっぱい愛をくれるのね……!」


「それでは永遠に失礼します!」




 厳しく注意された報復に待ち伏せしていた時代遅れな不良どもと戦うことになったり。


「生徒会長さんよぉ。痛い目に遭いたくなかったらおとなしくしてろよ。たっぷり可愛がってやるからさぁ!」


「心に指一本触れさせるか、この野郎! 俺が相手じゃ、ボケぇ!!」


「善くん……すぐに警察を呼んでくるから!」


「おい、逃がすな――って邪魔すんな! てめえからボコるぞ!?」


「いくら殴られても心のもとには行かせん! 俺はあいつの彼氏なんだぁ!!」


「やだ……善くん、とても男らしい……!」






 場所は変わって西宮家のリビング。


 彼女の両親は共働きなので、家にいるのは俺と心の二人だけになる。


「いててっ……」


「大丈夫、善くんっ!? ごめんね、痛かったわよね?」


「あぁ、大丈夫、大丈夫。消毒液が染みただけだから」


 不良たちに殴る蹴るとされたものの、心が警官を引き連れてきてくれたおかげで事なきを得た。


 奴らも捕まっていたし、これで心が寝取られる心配はないだろう。


 なによりもこうやって目の前で彼女が看病をしてくれている事実が嬉しい。


「……どうしたの、善くん。怪我してるのに笑って」


「いや……心が彼女でいてくれて俺は幸せ者だなと思って」


「善くん……」


 ぎゅっと抱き着いてくる心。


 ……そうだ。彼女は昔からずっとこうやって俺を支えてきてくれた。


 俺が辛い時には隣で励ましてくれて、嬉しい時には一緒に喜んでくれる素敵な幼馴染。


 恋人という関係になったのは高校生になってから。まだ一年しか経っていないけど思い出の数はたくさんある。


 彼女から告白された時は驚いた。


 今まで女の友だちだって心以外にできたことなかったから、もう俺にはそういう縁がないんだと思っていたくらいだ。


 相変わらず心のNTR力は100万から変わらない。


 たかが数件片づけただけでは終わらないのだろう。


 大丈夫……。これからも心との恋人生活を……その先の未来も続けられるように頑張らないと……。


「……ねぇ、善くん。最近、なにかあった?」


「えっ、なんで?」


「なんでって……私は善くんの幼馴染なのよ? それくらいわかるわ」


「……何もないよ。ただ心ともっと一緒に居たいだけで」


「善くん」


 頬を手で挟まれて、いやでも見つめあう形になる。


 揺るがない意思が込められた心の瞳に、すぐに俺は抵抗は無駄だと悟る。


 昔から彼女がこうやって俺と顔を合わせるのは、嘘や変化を抜いている時なのだ。


「……はははっ。心には敵わないな」


 ……こんな与太話をする男なんて嫌われるかもしれない。


 だけど、誤魔化すよりも正直に話したほうが良い。


 きっと心なら笑って受け入れてくれるはずさ。


「実はさ……この前から変な数字が見えるようになって……」


 それから俺は出来る限りわかりやすく、NTR力について説明した。


 寝取られるのではないか。奪われてしまうのではないかと心配で過剰に反応していたこと。


 なにより心がいなくなるのが怖かった。そのすべての気持ちを洗いざらい話した。


「……以上だ。……ごめん。何言ってるのか意味不明だよな」


「……ええ、確かに驚いたわ。でも、わかる」


 心は俺の手をそっと握りしめる。


 そして、包帯が巻かれた部分を撫でた。


「この怪我が善くんの想いを証明してくれている。私、信じるわ。善くんが見えているものが本当だって」


「心……」


「それにね? ……実は私にも、見えるんだ。運命力って数字が」


「えっ……」


「私と善くんの運命力は999万。善くんが見ているNTR力よりももっと大きいの。だから、心配しなくても私はあなたの隣からいなくならないわ」


「こ、心……!」


 なんて優しい彼女なんだ。


 こんな与太話みたいな俺の言うことを信じてくれて、しかも励ましてくれるだなんて……。


 感動していると心は俺の胸元へとしな垂れかかる。


 速くなった心臓の鼓動が聞かれて恥ずかしい。


「ねぇ、善くん。今日はお母さんたち仕事が忙しいらしくて帰ってこないの」


「……えっ」


「あっ、すごい心臓バクバク言ってる」


「そ、そりゃそうだろ!? だって、それって……」


 わざわざこのタイミングでこんなことを言う意味なんて一つしかない。


 男女の肉体関係を結ぶ。


 学生の恋愛から少し大人の恋愛へと足を踏み入れるお誘い。


「善くんは私とそういうことするの嫌かしら?」


「こ、心こそ俺でいいのか?」


「善くんじゃないと嫌。それに……善くんは未来永劫、私を愛してくれるでしょう?」


「……もちろんだ。俺が心を幸せにする」


「ふふっ。嬉しいわ、善くん」


 あでやかに微笑む心。


 彼女の宝石のような瞳が近づき、柔らかな唇が重なった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「……かわいい寝顔」


 ベッドで眠る愛しい人の髪を梳くように頭を撫でる。


 首元へと視線を移せば、くっきりと私の歯形が付いていた。


 私のモノであるという証。


「ふふっ、あははっ……」


 やっと……やっと手に入った。


 ずっと、ずっと一目見た時から好きだった善くん。


 ――私は昔から運命力という数値が見える。


 私と対象の未来をつかさどる大切な数字。


 そして、私と善くんを結ぶ運命力はたったの一桁だった。


 私にたかる有象無象ハエどもよりも低い、それこそ付き合うのも絶望的な数字。


 私が誰よりも善くんを愛しているのに一緒になることが許されないなんてありえない。


 私が彼をいちばん幸せにできるのだ。


 だから、私は彼の周りに集まる女子を排除する。


 善くんは知らないかもしれないけど、彼は女子からも人気があった。


 小学生の頃は行動力のある快活な男子に心惹かれるもの。


 だから、彼が気になると言った女子と少しお話・・をして諦めてもらうことにした。


 そうしたら私と彼の運命力はどんどん上がっていくのだ。


 もちろん自己研鑽も怠らない。私が完璧に近づけば近づくほど、彼の幼馴染をアピールすれば大抵の人間はあきらめるから。


 たまにそれでもわかってくれない子がいるから、他の男をあてつけるのだけど……仕方ないわよね。


 だって、私と善くんの未来を邪魔しようとするのだから彼の周りからいなくなってもらわないと。


 そんな生活を繰り返せば繰り返すほど、私と善くんの運命力はどんどん上がっていく。


 ついに高校生になると同時に500万に達して、恐る恐る告白した。


 結果は成功。善くんが「好き」だと言ってくれた時は、あまりの嬉しさに涙を流したものだ。


 そして、今……私と善くんは心も体も結ばれた。


 彼の頭の上に浮かぶ『運命:Max』の文字。


 もう誰も私と彼の間には割って入れない。


 私と善くんの二人きりの完全世界が完成した。


 私が数多もの女たちの未来から善くんを寝取った・・・・のだ。


「……愛してるわ、善くん」


 頬にキスをすると、くすぐったそうに彼は身じろぐ。


 その一挙一動が愛くるしい。


「ずっとずっと一緒よ」


 私もまた彼の頭を胸に包み込むように抱きしめると、眠りにつくのであった。


 明日からの明るい未来を楽しみにして。










 ◇NTRは『寝取られ』じゃなくて『寝取り』だったよ、というオチです◇

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