第26話 トリプルデート
“また明日ね”
約束した次の日、海斗は来なかった。
初めて作ったお弁当と一緒にがっかりする。海斗がおいしいって食べてくれるのを想像していたのに。
またチャンスはある……そう思った。
でも海斗からの連絡は、どれだけ待っても来なかった。何があったのか、出勤しているかさえ分からないままインターン期間は終わってしまい、夏休みに入った。
何かあったらどうしよう、そんな不安が湧き上がる……何も手につかなくて、眠れなかった。
そうして、15日が過ぎた頃。
“彼と連絡が取れないんです。付き合うって約束してくれたのに……好きだって言ってくれて、私も好きで全部捧げたのに。彼に何かあったんでしょうか”
“きっと彼にもやむを得ない事情があるのかも。人間ですからムードに流されるという事もありますし、もしこのままになるようであれば、忘れて次の恋に進むのもアリでは”
偶然、聞こえてきた恋愛相談のコーナー。
なんでその可能性を考えなかったんだろう……思い返せばあの日、海斗から感じた別れの予感。思い出作りのデート……最初からそのつもりだった。一度そう考え始めると思い当たる事ばかり。
悲しくて涙も出ない夜を過ごした後、私は海斗を忘れると決めた。
でもさすがに、あの日来た喫茶店で同じ席に座っていると思い出してしまう。
「ねぇ、遥、お~い! 聞いてる? 」
「あ、ごめん、聞いてた」
「ならいいけど。今度の日曜ね! 」
「日曜? 」
「ほら、やっぱり聞いてなかったんじゃん」
「ごめん……」
頭の中にいる海斗を追い出して、レモンティーを一口飲む。
「あのね、この間のレンタルチケットの期限が日曜日までなんだって。だからみんなでペガサスに乗ろうって話してたの~」
「ペガサス? 」
「夢瑠ったら、それじゃ遥わかんないよ。みんなで遊園地行こうって話してたの。なんか新しいシューティングゲームがすごい人気なんだって! 」
「遊園地か。じゃあ夢瑠はメリーゴーランドのペガサスに乗りたいんだね」
「そう! そうなの~、ハルちゃん一緒に乗ろ」
楽しそうにはしゃぐ夢瑠と樹梨亜に心が和む。とても、そんな気分にはなれなさそうだけど前からの約束だからと行くことにした。
「そうと決まったら予約しなきゃ! 」
樹梨亜がポケットから何かを出して操作を始める。
「顧客用のシステムなの。何かトラブルがあった時とかに使うんだけど、ここから紹介用のロイドレンタルも出来るんだって」
「へ~、どんどん詳しくなっていくね、樹梨亜、ショップの人みたい」
「でしょ~、ああいう仕事も面白そうだななんてね、じゃあ夢瑠から! 」
画面に表示される質問を夢瑠と考えながら答えていく。樹梨亜らしく夢瑠に合いそうな特徴を設定したりして、穏やかそうなロイドさんが出来上がる。
「遥は私が勝手に決めよ」
「え!? やだよ、自分で選ぶって」
樹梨亜のアドバイスも聞きつつ出来たロイドさんは……海斗とは違う、キリッとした眼が特徴のロイドさんだった。
「当日はロイドさんを乗せてから遥、夢瑠の順に迎えに行くからね! 」
海斗のいない夏休み、私達は遊園地でトリプルデートをすることになった。
「リュウです、今日はよろしく! 」
当日、車には予約した通りのロイドさんが乗っていた。
「ハルです、よろしくお願いします」
挨拶して名前を伝えあって、車内で話すうちに打ち解けていく。いきなり彼氏だなんて思えないけどフレンドリーな性格設定のおかげで、友達と遊んでいる感覚ぐらいにはなれる。
「よし、ついた!」
遊園地は思った以上の賑わい、夢瑠の乗りたがっていたペガサスや絶叫マシンに並んでは乗って、思ったよりは楽しい時間。
樹梨亜の言っていた新しいシューティングゲームにも挑戦した。
配られたレーザーガンで襲ってくる敵を撃つ、なかなか難しいゲーム。ボートに揺られて手元はブレるし、狙いが動くから撃ちにくい。
「死ね~」
お決まりの台詞で襲ってくる人造人間やロイドを撃っていくと、いよいよラスボスが出てきた。白衣を着て金縁眼鏡をかけた不気味な男性が、ゆらゆらと現れては消える。
「遥、危ない! 」
聞こえた声と同時に撃つ。
「Congratulations!! 遥様、命中です!! 見事ダークサイエンティストのボスを倒しました。500点加算で本日のTOPです」
周りの視線が一斉にこっちを向く。
「ハル、すごいじゃん! トップだって」
隣でリュウがバシバシと肩を叩くし、みんなに注目されて恥ずかしい。
「遥様には賞品としてオリジナルマスコットのロニ君ぬいぐるみと、併設レストラン無料チケットを人数分プレゼントいたしま~す」
ハイテンションな司会ロイドさんに景品を渡されて、みんなが拍手をしてくれる。周りにはたくさんの人、それとなく見回してみるけれど……それらしい姿はない。
でもあの声……確かに、敵が向かってきた瞬間、聞こえたのは海斗の声。
「遥のおかげでお昼タダだね! 」
「わ~い♪ おっひる~♪ 」
はしゃぐみんなとレストランに移動する時も、なんとなく気になって姿を探すけれど、見当たらない。
「遥……」
また聴こえた!
今度は苦しそうな声に不安が湧く。
「どうかした? 」
キョロキョロする私の異変にリュウが気付く。
「ごめん、何でもない」
「そう? じゃあ、行こ」
「うん……」
リュウに促されて見ると、樹梨亜も夢瑠も先に進んでしまっている。考えても仕方ない……きっと海斗に会いたい気持ちのせいで聴こえてきた幻聴だよね。言い聞かせてみんなの元へ急いだ。
「ほんとに遥、すごかったよね! 」
「そんな事ないよ、煌雅さんだってすごかったし」
「ボートなので手元が定まらず大変でしたよ、それに最後のDr.Kは神出鬼没でしたから遥さんは射撃の才能があるんですね」
樹梨亜と煌雅さんと話している間、リョウはなぜか夢瑠とカズさんをからかって遊んでる。
「お似合いかもね」
「ねー、やっぱり夢瑠には穏やかな人が合うよね」
「夢瑠じゃなくて、遥のこと! ちょっと理玖に似てない? 」
「そうかなぁ」
「うん、まぁ似てるかどうかは別にしてさ、リュウみたいなんだったら毎日楽しいんじゃない?」
「それは……たまにはこんなのも楽しいけど、しばらくはいいかな。それよりこれおいしい! 」
食べ物の話でごまかした。今は何も考えられない、新しい恋どころか普段のちょっとした事も。
海斗がいない……それは私にとって、思った以上に大きなことだった。
子供の頃のように遊園地で遊び尽くして、夕方ロイドショップへと帰ってきた。ここでリュウとカズさんにお別れを言って返却する。
「どうだった? 彼氏ロイドは」
「うん、ちゃんと話せてよかったよぉ。樹梨ちゃん、ありがとね」
「良かったね、夢瑠。遥はどうだった? 」
「うん、面白かったよ。なんか、彼氏ロイドって言われてもピンと来なくて友達みたいになっちゃったけど」
「少しは気分転換になった? 」
「うん……楽しかったけど」
「元気出た? 」
「うん……? 」
彼氏ロイドの感想を聞きたいんじゃ……ないのかな。
「遥さんが最近、落ち込んでいると樹梨も夢瑠さんも心配していたんです。今日の事も遥さんに元気になってもらおうと企画したんですよ」
「もう! そういうことは言わなくていいんだってば! 」
樹梨亜は顔を赤くして煌雅さんに怒る。
「ハルちゃん、仕事で疲れてるだけならいいんだけど、もし、何か悩んでることあるならいつでも夢瑠に言ってね」
「そうだよ、そんなに私達頼りない? 遥はいっつも自分のこと話してくれないんだから……」
隠せていると思っていたけど、樹梨亜も夢瑠も……私が落ち込んでるの気づいて、心配してくれてたんだ……不意打ちに思わず涙が出そうになる。
でも……樹梨亜や夢瑠に話しても、もうどうにもならない。私がどれだけ悩んでも海斗はもういない。
これが現実だから。
「ちょっとね、慣れない仕事ばっかりで疲れてたのかも。でも、みんなで騒いだらスッキリしたし、また頑張れるよ。樹梨亜も夢瑠も……心配してくれてありがと」
海斗がいなくなったこと、寂しくて仕方ないけど、みんなに心配かけたくない。
過去に、しなきゃいけないかな。
私が好きなんて言っちゃったから、優しい海斗はさよならが言えなかったのかもしれない。
ただ、それだけかもしれないから。
「ねぇ、なんか美味しいもの食べに行かない? 」
今まで通りに戻る……海斗と出逢う前の私に。仕事に、友達に家族、私には……みんながいるから。
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