第12話 ロイドと人
憂鬱なイベントはいつも、思ったより早くやってくる。あれから2日経った月曜の朝。
リモート開始1分前……準備も終わった狭いブースで草野君と二人、スタンバイする。
隣に座る草野君、今日はちょっと元気がなさそうだけど緊張しているのかと、不安になる。
「緊張してる? 」
「はい、大丈夫です」
頷いた彼の眼差しは、私より堂々として落ち着いていて、逆に励まされてしまった。
「時間だね、始めよっか」
しっかり、進行しなければならない。深呼吸をして合図と同時に画面をつける。
「おはようございます。今日のHRを担当します笹山です」
「インターンの草野です」
その途端、画面の向こうの生徒からクスクスと笑いが上がる。
「ねぇ、インターンって何? 」
「バカだな、そんなことも知らないのか」
「要するに見習いでしょう」
まだ本題に入る前から生徒同士で話し始める生徒達に、呆気にとられる。場の空気を読むとか、相手に失礼とか、全く考えていないその姿勢に短気な私はつい、苛立ってしまう。
「うん、まだ見習いなんだ、いい仕事だと思ってるけどね」
冷静に笑顔で返している草野君はすごい、私だったら嫌味の一つ言うかもしれない。
「へぇー、で、見習いってさ、何すんの? 」
一人の生徒が質問して、本題とズレた話が進んでいく。脳内で組んでいたタイムスケジュールが音を立てて崩れていく。
「僕はまだ先生達の講義動画見て勉強したり、機材の手入れや雑用をしながら色々覚えている所だよ、最終的に講義動画を作成して修了かな」
この答えにも、馬鹿にしたように嘲笑う生徒達。歴代でも珍しいくらいの悪い態度に、学校に抗議してやるなんて考えてしまった。
「悪いけど考えが古いよ、お兄さん達。今じゃ何でもロボやロイドがやってくれる。人間はただ生きてるだけでいいんだ」
「そうそう、だからさー仕事なんてしなくて良くなるってわけ! 」
最近の子は、何でも機械に依存していて自主性がないとか言うけど……ここまでとは思わなかった。
「でもみんな将来の夢とかないの? やりたいこととか」
何とか間を見つけて問い掛けてみる。きっとやりたいことがある子もいるし、悩んでる子だっている……みんな同じ意見だって事の方が不自然なんだから。
「やりたいこと? ひたすら動画観てたいんだよね、部屋で。だから仕事なんかしてる暇ないの」
「俺はロイド研究者になって世界を操ってやるよ、思いのままにな」
「私は~……あ、赤ちゃん欲しいの。今はロイドが育ててくれるって言うでしょ? だから何人いてもいいかな~」
一方的にそれぞれの意思を喋るたけの生徒達。コミュニケーションも取れないし、偏った意見が先行してそれ以外の子は参加できていない。
草野君の咳払いが聞こえた。さすがに怒ったのか初めて見る威圧的な雰囲気に、私も生徒達も静まり返る。
「確かに機械の方が仕事は速いよ、正確だしね。でも、僕はこの仕事に興味を持って自分でやってみたいと思ったんだ。君達のご両親だってそんなふうに働いているだろう? 」
「あいつらは金の為だ、よく愚痴ってるぜ。家族が多いと補助金だけじゃ足りないって」
この状況に臆せず、正直に発言できる勇気はすごい。そんな時、今までずっと黙っていた子が控え目に話し出した。
「こんな事言っていいのかな……家のお母さん、お店やってるんです。小さなパン屋なんだけど……」
「パン屋さんか、いいね」
草野君が優しい微笑みでその子の言葉を拾っている。その横顔は見習いなんかじゃなくてちゃんと、私より先生に見えた。
「夜中から仕込みして疲れて帰ってくるし、お金だってやってる方が赤字だって言ってるけど……小さい頃からの夢だったんだって聞いて……すごいなって思ったりして」
いつの間にか、生徒のみんなも真剣に聞いている。
「私には同じ事出来ないし、何がやりたいかまだ分からないけど……そういう事、見つけたいなって……」
注目されている事に気づいたのか、その子は顔を真っ赤にして俯いてしまう。でも確実に、この話が空気を変えた。
朧気な夢を語る子や何がやりたいのか分からない子、就職じゃなくてフリーで働きたいけど親に反対されている子……やっと自由な意見が出てきてほっとする。
「ねぇ……私、女優になりたいんだけど最近ロイドアクターばっかでしょ? だからオーディションでもロイドに勝てる自信なくて。親には人間らしい仕事しろとか言われるし、もうよくわかんない」
やっぱりみんな自分の将来を真剣に考えていた。というより、ロイドのいる新しい時代にどう生きていくか、悩んで壁にぶち当たっているように感じる。
「結局、ロイドに仕事取られてんじゃん? 」
一人の言葉に再び場が静まる。
「確かに……どんな業界でもロイドさんが増えてきたよね。映画やドラマだってロイドアクターさんが多いのは事実だけど……人間だからこそ出来る演技とか、空気感みたいな物があると思うんだ。だからね、俳優さん達が作品に込める想いや気迫が伝わってくる方がやっぱり感動できるし……ロイドさんの作られた脳からは出てこないような発想を、産み出す事だってできると思うの」
気づいたら進行役の私まで熱くなってしまっていた。
「うまく伝えられなくてごめんね、みんなも得意や苦手が違うように、ロイドさんと人間も、得意と苦手が違うんじゃないかな。だからみんな大変だと思うけど、自分らしさを大事にしてほしいし、仕事でも趣味でも何でもいいから見つけてもらえたらいいなと思います」
沈黙の間が怖い。
「自分らしさ……先生! わかった、今度のオーデでやってみる! 」
女優になりたい、その子が笑顔になった瞬間、胸が熱くなる。
「笹山先生はいつもそう思って仕事に取り組んでるんですか? 」
「えっ……わ、私はいつも必死なだけでそこまでは……」
急に草野君が生徒っぽく聞くから、うまく答えられなくて慌ててしまう。画面の向こうでみんな笑ってる……恥ずかしいけれど、何とか場を纏めることが出来た気がする。
「みんなに講義動画を提供するこの仕事も、今の技術を使えば全ての業務が機械でできると思う。機械でやれば人間が出勤する必要もないし、機材の使い方や撮影を勉強する必要もない。でも先生達が日々、勉強や練習を積み重ねて質の高い動画作りを目指しているのを見て感動したし、人間がやるからこそ意味があるんだと感じたよ」
「でもさ……そうは言うけど人間がやる意味って何だよ、人間が得意でロイドは苦手な事なんてあるか? 」
草野君のフォローが問題提起となって議論が白熱し始めた。
隣の草野君も熱気が伝わってくるほど一生懸命、議論に参加している。その横顔は……何かを感じ取ってほしい、そんな想いが溢れ出ていた。
時間を忘れる程の議論でいくつかの答えが出た。自分らしさというのはちょっと難しかったけれど、人間はロイドより臨機応変な対応が出来てオリジナリティがある事、表情や声の強弱、仕草で繊細な表現が出来る……などこの時代を生き抜く手掛かりを少しだけ、みんな見つけられたみたいだった。
「ロイドには心とか意思がないんだもんな」
一人の言葉に皆が頷く。
「でも……ほんとなのかな、ロイドって本当に心はないの? 」
その疑問は、今の時代のタブー。触れてはいけない、大人でも怖がっている密かな疑問。
「バカ! それ言っちゃだめだろ、機械は思考をもつことを禁止されてんだよ」
「そうだよ真凛、そんなこと言うと殺されちゃうよ? 」
「真凛と一緒でなんでもすぐ忘れるようにうま~くできてるんだよ、ロイドってやつは」
この時代の誰もが答えられない難問を笑いで打ち消し、HRは終わろうとしている。
「ロイドが考えられるかはわからないけど、笹山先生が言っていたようにロイドと人の良い所を活かし合って共存できるといいよね」
草野先生が最後をまとめてくれてHRは何とか終わった。
「おつかれさまー! 草野先生ありがとう、本当に助かったよ」
「いや、疲れましたねー。今の高校生って、こんな感じかって思いました。最後は何とか有意義な話が出来てよかったですけど」
怒涛の時間だった。隣の草野君を見ると、終わったんだってほっとする。
「草野君すごいね」
目の前にいるくたびれたワンコみたいな草野君、生徒の前ではずっと草野先生だった。生徒目線で考えてくれる若い先生……学校にいたら絶対モテるタイプの。
「すみません、ついイラッとして……熱くなっちゃいました」
「いや、あれは私もね。ひどかったけど有意義なHRに出来たのは、みんなの気持ちを引き出してくれた草野君だと思う。本当にありがとう」
「い、いえそんな……笹山さんこそ、自分らしさの話、良かったです。進路の話っていうか、ロイドと人の違いみたいな話になっちゃいましたね」
「しょうがないよ……私達が思っているより今の子達は悩んでるんだよね。ロイドが増えていく中で自分達の居場所を模索してる」
その時、全館アナウンスの大きい音に私達の会話は遮られた。
“皆様、お疲れ様です。本日13:00より一斉メンテナンスを行います。社内全ての空調システム及び電子機器は停止しますので、速やかな退出をお願い致します”
「今日、メンテ日だったね」
「そうですね……急いで片付けないと」
もっと話したい、がっかりしている私に気付く。草野君がどんな人なのか……もっと知りたいのに。
「あの! 」
片付けを終え、ブースを出ようとして呼び止められる。
「良かったらこのあとランチ、一緒にどうですか? 」
「へ……私と? 」
突然の提案に思わず変な声。
「お腹……空いてません? 」
なんだかワンちゃんにおねだりされているような、そんな瞳で見られたら断れない。
「いいよ、行こっか」
「やった! 美味しいお店知ってるんです!! 」
跳び上がる程うれしそうにしてくれる草野君に、何だか恥ずかしくなってくる。
どっちが本当なんだろう……ワンコと、さっきの真剣な横顔と。間違いなく彼に、惹かれ始めていた。
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