第35話 生きろ、其方は美しい。
その場で戦っている、誰もかれもが疲労を隠せないほどに誰もの顔は疲労に染まっていた。
勇も練も、こういったことに一番慣れているだろうベテランの冒険者たち、そしてギルドマスターや直接戦っているわけではない、後方支援の人間も皆、疲れていた。
そんな中、愛斗だけは未だ疲れを感じていなかった。
それは当然で、愛斗だけはここまで一度も、何もしていないからだ。
役割があるとはいえ、未だに愛斗にその役割の瞬間は来ておらず、かと言っていつ来るかもわからないので、目を離して後方支援の手伝いをするわけにもいかず、大声を張り上げて指示を出し続けているギルドマスターのすぐ傍で、徐々に押され始めている前線の様子にやきもきしているだけだったからだ。
そんな愛斗だからこそ、いや、そんな愛斗だけが気が付いた。
「練、危ない!」
いつの間に接近していたのか、誰も気がついてはいなかったがいつの間にか数体のゴブリンが前線で戦っている冒険者たちを乗り越え、更には前線に出ていた補給部隊のすぐ側に現れていた。
そして、危険だと思われたのか特に練には背後から3体のゴブリンが静かに手に持った棍棒を大きく振りかぶって近付いていた。
「っ!?」
愛斗の声で自分の身に近付いている危険にようやく気が付いたのか、背後から襲いくるゴブリンに身を向き直り、武器をゴブリンに向けたが突然のことだったのもあり、反応しきれずにゴブリンの棍棒をその身に受けてしまった。
愛斗は、当たり所が悪かったのかそのまま声も出せずに静かに倒れていく練の姿を見て、肝が冷える思いになっていた。
今すぐ飛び出して、練の元へと走りたい気持ちになりつつも、その場を勝手に動くことも出来ずに手すりを力強く握りしめることしか出来なかった。
「……っギルドマスター! もういいですか!?」
今すぐにでも動き出したくなっている愛斗だったが、それでもギルドマスターは未だに愛斗に指示を出さなかった。
愛斗が許可を求めても首を振るだけで、眼下の戦況を見逃さないようにしているだけだった。
練はいつの間にか他の冒険者に抱きかかえられて安全そうな場所へと運ばれていたが、それまで空を自由に飛び回っていた無数の剣が、練が意識を失っているせいで地面に落ちてしまっていた。
もちろん、そのうちの大半は、他の冒険者たちが拾って使い始めていたのだが、当然ながら冒険者たちよりもゴブリンたちの近くに落ちてしまった武器たちは彼らが拾ってしまい、それによって先ほどまでよりもかなり苦境に立たされるようになってきていた。
その中でも、勇は他の誰よりも活発に動いていた。
しっかりと戦況を見れているわけではないのだが、後ろの方で何やら事件があったらしいという事、そして空を飛び回る武器が無くなったことで練が戦線離脱したことぐらいは把握していて、ならば自分が動かなければ、と力強く手に持った剣を握りなおして声を張り上げていた。
「かかって来いよゴブリンども!」
周囲のゴブリンは、勇にとっては正直なところ脅威にはなりえない。
これでも勇者、それも勇気の勇者にとってはこの状況は退いてはいけない場面で、そのような場面では力が増す勇にとって、ゴブリンの数がどれだけいようともそれほど危険なことにはならないはずだった。
数の暴力とはいえ、同時にかかって来れる数はそこまで多くない、一度に数体ずつ確実に倒してさえいれば、無数のゴブリンに群がられることも無いのだから。
唯一懸念していることは、体力が尽きることだったが、それも今のところは問題も無さそうだという事で、それほど個人的には今の状況に対して絶望はしていなかった。
だからこそ、油断があったのだろう。
自分ならば、一度剣を振るえば目の前のゴブリンは必ず倒れると思っていた。
まさか、受け止める個体がいるなんて思ってもみなくて、しかも反撃されるなんて、心の底から思ってもみなかったことだった。
「痛っ!? ……ぐぅぅ……」
幸運だったのは、持っていたのが練の作った武器では無く、ゴブリンたちの棍棒だったこと、そして狙われたのが腹部だったことだろう。
もしも練の作った武器を持ったゴブリンに反撃されたのだったら、痛みだけでなく出血もしていて、確実に動きが悪くなっていた。
もしも狙われたのが腹部でなく頭部であったのなら、棍棒で殴られただけであっても昏倒していたかもしれない。
とはいえ、勇も冒険者としてこれまでやってきているのだ、痛いだけなのだからすぐに持ち直すと、目の前の、少し強い個体であろうゴブリンを切り捨てた。
しかし、そこからが大変だった。
おかしいことに、ゴブリンたちが先ほどまでのモノと比べて強くなっていたのだ。
もちろん、所詮はただのゴブリンで、強くなったと言っても負けることは無いような、誤差の程度ではあったのだが、それが目の前のゴブリンだけでなく、全てのゴブリンだとなると、話は変わってくる。
実際、勇だけでなく、周囲の冒険者たちもそれまでのように暴れることが出来ず、少しずつ一体にかける時間が長くなってきていた。
「もしかして、これはまずい、か……?」
少しずつ、押されていく状況に、その場の誰しもが嫌な予感が頭を過る様になってきたのだった。
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