第26話 弟子入り
「ん、……ふぅ」
軽く伸びをしてから、まだ少し寝ぼけた頭を覚醒させようと顔を洗いに、練は洗面所へと向かった。
今はアリスの弟子として同じ宿の同じ部屋で暮らせているので、かなり快適な生活を出来ているのだが、たまに愛斗から話を聞く限り、ここの宿はかなりグレードの高い宿らしい。
……正直、愛斗の今住んでいるような宿だと、取り急ぎ命の危機の無い現状では、女の子としては厳しいと思うので、出来ることなら今のままの宿で生活したいところだ。
顔を洗って目を覚ました練は、今日やることについて考え始めた。
いつもならアリスを叩き起こして訓練に動き始めるところだったのだが、昨日の時点で既にアリスから、今日は一日休日にする、と言われていたのだ。
休日自体はありがたい、日々訓練ばかりで、身も心も休める意味ではとても嬉しいのだが、そもそも練はこの町のことをまだ良く知らないので、どこに行けば何があるのか、全く分からないのだ。
迷子にならないようにするには、部屋から出ないで休んでいればいいのだが、少しは身体を動かしたいし、こういった休日にしか出来ないこともある。
とりあえず、今日は迷子にならない程度に気をつけながらも町を散策することに決めて部屋から出た。
……こういう時に道を教えてくれる相手が居れば、と自分と同じ、この世界では渡りモノと呼ばれる彼のことが頭をよぎったが、頭を振って追い出した。
前日の時点で予定を取り付けていないのだから、今から頼みに行くのは迷惑になりそうだ、と諦めて冒険者ギルドに向かい始めた。
冒険者ギルドなら地図があるかもしれないし、無かったにしてもマリーに聞いて目的の場所だけでも聞こうと思ったのだ。
……決して、そこで仕事をしているだろう誰かに会えるかもしれないなんてことは考えていない。
「あれ? 練、何してんの?」
そうして歩いている時に、背後からいきなり声を掛けられた練は跳ね上がるほどに驚いてしまった。
急いで振り向くと、珍しく装備を外した軽装で、どこかの露店で買ってきたのか肉串を頬張っている愛斗がいた。
「そんなに驚かなくてもいいのに。今日は訓練は無いの?」
「……いきなり背後から声を掛けられたら誰でも驚くでしょ。今日は休日になったから、町の散策でもしようかなって。愛斗こそ、今日は仕事はしないの?」
「流石に、毎日命がけの仕事をしてたら身が持たないからね。それに武器も酷使していたから、一度メンテナンスしてもらおうかと思って鍛冶屋に行くつもりだったから、今日は一日休日にしたんだ」
「あ、それなら私も連れて行ってよ。町の散策もしたいし、私も鍛冶屋に行きたい」
言ってみて、自分で名案だと思った。
町の散策、鍛冶屋への紹介、それに愛斗と久しぶりに話したかったところだったので、その全てが出来るこの機会はなかなか得られないと思ったのだ。
現代日本のように気軽に連絡が取れるわけではないのだから、こういった機会は大事にしないと次に会えるのがいつになるのかも分からないのだから。
愛斗も快諾してくれたので、ギルドに行こうとしていたが行き先を変えて愛斗と共に行動し始めるのだった。
「ここが鍛冶屋……! こんなに近くにあったなんて、知らなかったわ!」
「かなり寄り道したのに、練は元気だな……」
目的の地、鍛冶屋はアリスの暮らしている宿から一本脇道に入って少し歩いたところにあった。
目的地について目を輝かせている練に対し、愛斗は少し疲れた顔をしていた。
ここに来るまでに、これまで外から見るだけだった様々な店を見ることが出来て、練はかなりご機嫌だったが、あっちに行ったり、次の瞬間には別の店へと歩き始めていた練について回っていた愛斗は本来の目的を果たす前からかなり体力を使ってしまっていた。
とはいえ、愛斗も用事があるのだからここまできて疲れたから帰るなどと言うのはありえないことで、二人で一緒に開け放たれている扉から中へと入って行った。
「お邪魔しまーす!」
「お邪魔します」
「ん? おう、いらっしゃい。メンテか、新調か?」
そうして中に入ると、丁度店の人がカウンターらしき場所に居て、対応してくれた。
店の人は小柄な練よりも船長は低いが、普段から重いものを持ち運んでいるんだろうな、と伝わってくるような筋肉を纏った、顔の下半分を髭に覆われたおじさんがいた。
「俺はこの武器のメンテナンスに来ました。師匠にはここで作ってもらった、って聞いているので」
「ん? ……ふむ、確かに俺の作った剣だな。よし、こっちに置いとけ。それで、嬢ちゃんは何の用だ? 恋人の付き添いか?」
先に用事を済ませたかった愛斗は自分の剣、スズメバチを腰から外すとカウンターの上に置いた。
愛斗の用事を聞いたおじさんは、次は練に向かって声を掛けて来た。
「恋人じゃないです! ……私は、鍛冶師になりたくて、ここで修行させて欲しいと思って来ました!」
恋人か、と問われて少し頬を赤くしながらも、おじさんに力強く宣言した。
おじさんは、鍛冶師になりたい、という宣言を聞いて少し驚いた顔をしていたが、すぐに腕を組むと口を開いた。
「女だから弟子にはしねえとかは言わねえが、嬢ちゃんの才能を見せてもらうぞ。あまりに才能が無さそうなら、断らせてもらう。才能が有りそうなら、一人前になるまでは面倒を見てやる」
「それで大丈夫です! ありがとうございます!」
「よっしゃ、ついてきな。あんちゃんはどうするよ? どうせ今は暇だし、見学でもしてくか? 嬢ちゃんの知り合いなんだろ?」
「えっと……じゃあ、少し興味はあるので、見学します」
という事で、おじさんは二人を連れて店の奥へと入って行った。
店の奥の方へと入って行くと、そこにはあまり広いとは言えなかったが、それでも立派な鍛冶場があった。常に火が入れられているのか燃え盛っている炉に、素材が置いてあるエリア、門外漢の愛斗には何に使うのかは全く分からなかったが、色々な工具だったり、おそらく鍛冶に使うのだろう道具がたくさん置いてあった。
「この辺にあるものを使って、とりあえずシンプルな鉄の剣を一本、打ってみろ。使い方はひとまず教える」
おじさんは言葉通りに練に、今回使うのだろう道具の使い方を教え始めた。
愛斗は少し離れたところでその様子を伺いながら、辺りの物をきょろきょろと見ていた。
見たことも無い金属やら獣の牙や爪だったりと、本当に様々なものがあって、興味が引かれるままに見ていると使い方のレクチャーは終わったのか、少し緊張した面持ちでついに鉄の延べ棒を炉に入れていた。
それからは、最初は少しぎこちないながらも真剣な顔で炉に入れた鉄を取り出して小さめのハンマーで叩いていた練だったが、少しすると素人目にも動きが良くなり、気が付いた時には愛斗にはまともに剣を打てていた。
しばらくして、ついに練の手には一本の、剣と言ってもよいだろうものが握られていた。
「……合格だ」
練の打った剣をまじまじと見ていたおじさんは、短くそう言った。
その言葉を聞いて、いつの間にか愛斗も緊張していたのか安堵したように息を吐いた。
練もホッとしたような顔をしており、ひとまずは満足そうだった。
「嬢ちゃん、名前は?」
「練です」
「よし、レン。これからうちに通って修行していけ。一通りの技術を教え込むまでは約束通り、師匠になってやる」
「あ、ありがとうございます!」
「おう、それじゃあ今日の所は帰って休め」
とりあえずは弟子にしてもらえたという事で、疲れているだろうに練の足取りは軽いのだった。
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