魔王を発狂させた元凶は僕でした

@rinotawa

第1話 魔王

 魔王城。

 僕はその最上階に位置する部屋にある玉座の前にただ一人立ちつくし、鎮座する魔王と相対していた。

 そして拳を固く、強く握りこみ。

 魔王の鼻っ柱に向かって、体重を乗せて腰の入った渾身の鉄拳をお見舞いした。

 大きく振りかぶって喰らわせた拳は、グチャァという効果音がよく似合う結果になって魔王の鼻先を凹ませる。

 同時に拳に伝わる抜群の手応え。  

 を喰らった当の魔王は「グオォ⁉︎」と悲鳴を上げ、鼻を押さえながら無様に玉座から転げ落ちた。


「天誅……!」


 おそらく過去誰もが成し遂げたことのない偉業を達成したであろう僕は不思議な満足感を覚える。

 この時、自分のやったことの恐ろしさなど微塵も感じていない。

 鼻を押さえながら暴れまくっている魔王の姿を見て、僕は充実した感覚に満たされていた。


 ちなみに、僕が魔王を殴ったのはただのストレス解消のための嫌がらせであって、別に勇者の使命みたいな大それた理由は全くない。

 魔王ならどんな酷い事をしてもお咎めもないし、良心も痛まないから丁度いい手合という訳だ。


 だが当然、こんなことをして無事で済む訳が無い。


 なにせ相手はこの世を統べる魔王なのだ。

 周りには魔王の配下達も大勢いる状況。

 そんな面白半分でやった蛮行の代償にこの世のありとあらゆる痛みと苦痛を味合わらせてから殺されることは必然だろう。

 

 しかし次の瞬間。

 

 影も形もなく、煙のように忽然と一瞬でその場から消え失せたのだ。

 それも魔王の配下はもちろん、魔王本人にも悟られてはいない。


 消えた先は……自宅……!


 あんな大それたことしたにも関わらず、僕は五体満足でかすり傷一つ無く無事に帰宅することに成功したのだ。


 だがどうしてそんなことが僕に出来るのか?

 実は僕は生まれつき他の人には無い特別で不思議かつ、超強力な能力を有しているのだ。

 それがこの三つの能力。


 

『アイズ・オブ・ヘブン』

 この世のあるゆる場所を見通すことが出来る。

『オーバー・ザ・ワールド』

 この世のあらゆる場所に転移することが出来る。

『ベネフィット・スターズ』

 星を暗示した能力を得る能力。



 一瞬で消えて魔王城から自宅に移動したのは『オーバー・ザ・ワールド』の転移能力だ。

 『アイズ・オブ・ヘブン』で魔王城の場所及び魔王の居所を特定した僕は『オーバー・ザ・ワールド』でその場に転移。

 事が終えると同時に今度は自宅にすぐに転移する。

 完全無欠なるヒットアンドアウェイ作戦を可能としたのである……!


「こんな風に!」


 自宅に居た僕は転移して魔王城にいる魔王の背後へ。

 そして持参したスリッパで後頭部を思いっきり引っ叩く。

 スパン! といい音が鳴り響いた。

 当然、次の瞬間には僕は転移により帰宅する。

 またもや炸裂させたヒットアンドアウェイ作戦。

 そして僕が消えた後の魔王の様子を『アイズオブヘブン』で観察するのが面白い。

 まずは目を瞑り、見たい場所を軽く念じる。     

 すると暗闇に魔王の姿が浮かび上がってきた。


 ククク、狼狽えてる狼狽えてる。

 笑いが止まらない。

 ニヤつきながらその様を眺めていた僕であった。

 

 だがヒットアンドアウェイが出来て僅か少しの時間の滞在で済むとはいえ、魔王城にスリッパ片手に単身で乗り込み魔王に攻撃するなんて自殺行為ではないだろうか。

 ましてや周りには魔王の配下達もいるのだ。

 その配下達も魔王に勝るとも劣らない実力者なのは明白。

 次に姿を晒した瞬間、迅速に慈悲も容赦もなく僕レベルでは反応すらままならない一斉攻撃が行われることだろう。

 ましてや連中のボスにちょっかいを出したんだ。

 そこに情状酌量の余地もなく、瞬殺されることは疑いの余地も無い。

 なんならそれ以前に普通なら魔王自身に蒸発させられてもおかしくは無いだろう。


 そこで役に立つのが『ベネフィットスターズ』第一の能力。

 それは例え魔王であっても、僕の存在を認識することが出来なくなる能力だ。

 例えるなら満天の星空に輝くひと粒の星の如く、目立たなく、認識しずらく、故に見つからない。

 それにより僕は能力発動中は誰からも気付かれないで行動することが出来るのだ。


 単身乗り込みで危険ではないか? という問題、解決!


「なんと素晴らしい……! 」


 思わず自画自賛の台詞を口走る。

 その能力のおかげで、僕は安全に嫌がらせ、イタズラをすることが出来るという訳なのだ。



 そして続いて取り出したのは霧吹き。

 普通は中には水や掃除用の洗剤を入れるものだが今回僕が用意したのは……!


「フフ、こいつは効くゼェ……!」


 濃い赤めのトロッとした液体。

 その正体は……タバスコ……!

 お馴染み、説明不用のあの辛い調味料である。

 これをどう使うかと言うと……。


「うん、少しは落ち着いたかな」


 『アイズ・オブ・ヘブン』の能力で魔王の様子を伺い、隙をみて更に追い討ちをかける。

 『オーバー・ザ・ワールド』を発動。

 そして魔王の目の前に転移する。

 魔王からは『ベネフィット・スターズ』第一の能力の効果で僕の存在は気付かれていない。

 そして僕は霧吹きの発射口を魔王の鼻の穴にロックオンして……トリガーを引く!


 プシュ!


 途端魔王は突然狂ったかのように地面を転がりまくった。

 タバスコの辛味と刺激が奴の鼻腔内で弾け飛び粘膜を破壊したのだ……!

 鼻息を荒く何度も出し、鼻水と涙でぐちゃぐちゃの顔は正直かなり笑えて仕方がなかった。


「顔真っ赤っかじゃねーか! ざまぁみやがれ! コレでやつの鼻の中はズタズタだ! がはははは!」


 それを安全な自宅で鑑賞する僕。

 我ながら悪趣味だとは思うが。


「面白すぎて止められない……!」


 悪質且つ非道、さらには幼稚な行為。

 下手したら魔王軍総出で狙われそうな案件ではあるが、バレなければ何の問題もないのである。

 


 しばらくして、また僕は『アイズ・オブ・ヘブン』で魔王の様子を見てみる。


「気の毒に。鼻先が赤く腫れてらぁ。かわいそうに」


 へっと笑う。

 是非、魔王本人にも聞かせたい笑い声だがそんなことをすれば命はない。


「お?」


 今度は魔王がコップで何か飲もうとしている映像が見えた。

 何を飲もうとしているのだろうか?

 水?

 酒?

 薬?

 いや、そんなことはどうでもいい。


「チャンス!」


 この好機を見逃す訳がなかった。

 魔王がコップを傾け飲もうとした刹那。

 すかさず発動する『オーバー・ザ・ワールド』。

 転移してきた僕は、コップの先の方をグイッと持ち上げる。

 すると当然、コップの中身は魔王の顔にぶちまけられたのだった。

 地味だがこれもやられた方としては精神的にくるものがあるのだ。


「よっしゃ! 決まった!」


 そして言うまでもないが、僕はすでに帰宅したあと。

 保身の為、ヒットアンドアウェイ作戦の精神は怠らない。


「フハハハハハ!」


 下衆な笑い声がこだまするのだった。

 


 ここで一つの疑問を解決したい。

 『ベネフィットスターズ』第一の能力によって僕自身の存在を悟られることはない。

 しかし手に持っていたスリッパや霧吹き等はどうなのか?

 もちろんそれらも僕自身と同様の効力を得て存在を認識されない状態でいる。

 これぞ、『ベネフィットスターズ』第二の能力。

 例えるなら、星を繋げて星座と成して形作るように、僕が触れているものにも第一の能力の効果を付与させることが出来るのだ。


「エクセレントだ……!」


 それをいいことに次にとった僕の行動は。

 大胆不敵にも用意したもの。

 それは……バリカン……!

 音がそこそこうるさいバリカンである。

 普通なら一瞬でバレるのは間違い無いが、僕の能力下にあればその心配は皆無だ。

 そして 例のごとく『オーバーザワールド』発動。

 魔王の背後をとった僕はバリカンの刃をやつの後頭部に押し当て、スイッチをオン。

 アーチを辿る様にバリカンを走らせる……!

 

 ヴィィィィィィィィィィィィィィンジョリジョリジョリジョリジョリジョリジョリ。


 完成!

 逆モヒカン!

 芸術的なほどの早業であった。


「ははははぁーーーーーはっはっは!」


 自分でやっておいてなんだけど、これはひどい。

 違和感に気付いた時には既に遅く、魔王は鏡に映る自分を見るなり絶句。

 と、思ったら次の瞬間には悲鳴をあげていた。

 無理もない。

 気が付いて何かと思えば髪型が逆モヒカンなのだ。

 自分の黒い髪の毛が地面にはらはらと落ちているのを見たのだろう。

 無論、地毛だ。

 当分は元には戻らない。

 見るも無残なヘアースタイルに絶望を隠せない模様だ。


「ひでぇ、これはもう取り返しがつかない……!」


 我ながら正に鬼畜の所業。

 しかし、それが面白くてたまらない。

 僕は自宅で腹を抱えておおいに笑ったのだった。


 時に、『ベネフィット・スターズ』第一の能力によって安全に……と言ったが、実は少し違う。

 気付かれないだけで実際にその場に僕自身は存在するのだ。

 それだと意図せずに振るった攻撃を喰らってしまうという隙が生まれる。

 そう、瞬時に転移出来て、存在を隠せるからといっても完全なる安全という訳ではないのだ。

 万が一といこともあり得る。


 そこで『ベネフィット・スターズ』第三の能力の出番だ。


 例えるなら莫大なエネルギーを誇り不動の質量を持つ恒星の如き力を身に宿す。

 それにより、星を崩壊させるほどの威力で攻撃されない限りは僕にダメージを与えることは出来なくなるのだ。

 これで仮に何かの流れ弾に被弾したとしても怪我を負う事もない。

 そもそも存在すら分からない相手にそんな攻撃をするかと言うと甚だ疑問である。

 トドのつまり能力発動中は無敵状態になれる能力なのだ。


 コレで万事オーケー。

 安心安全だ。

 神様ありがとう。

 こんな素敵な能力をくださって……!


「笑いが止まらんなぁ! オラァ!」


 スリッパでの強打、再び。

 魔王の頭に叩きつける……!


 ーーこんな事して何の意味が……。


「!」


 ……今帰宅する寸前。

 誰かがそう言っていたのが耳にはいった。

 おそらく魔王の配下の誰かだろう……。

 僕のことを言っていたのだろうか。

 何の意味が、だって……?


 意味なんかねぇ!

 面白いからやるんだよ!

 右の鼻の穴にタバスコ吹き掛けられたら、左の鼻の穴にもタバスコ吹き掛けてやる!

 

 僕は再び霧吹きを手に『オーバー・ザ・ワールド』と『ベネフィット・スターズ』の全ての能力をフル発動。

 そして。

 

 プシュ!


 途端魔王を襲う二度目の地獄。

 地面を転がりまくる!


「あの顔は何度見ても笑えるぜ! グヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」


 とは言っても同じ嫌がらせは面白さが減る気がするのでもう少しアレンジを加えるべきだったと後悔する僕。  

 嫌がらせの行為自体は後悔しないのだ。

 ちなみに僕は後悔はしても反省はしない性格。

 いや、してたまるか。


 次はなにをしようかと、満面の笑みで『アイズ・オブ・ヘブン』で様子をみる。


 おや?


 どうやら流石に奴らに動きがあるみたいだ。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 


 そのはち切れんばかりの怒りによって、魔王城には未だかつてない程の激震が走っていた。


「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”お”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!!!」


 ただいま魔王は御乱心中の模様。


「ヒィィィ! 魔王様、お気を確かにっ!」


 そんな配下の言葉も耳には届かず、魔王は八つ当たりをするように魔力を解放し、周りに魔力の渦が発生して近づくに近づけない状態だ。

 おかげで部屋の中はミキサーにかけられたかのように家具や書物がかき混ぜられて滅茶苦茶になってしまった。


「(これは誰が片付けるんだ……)」


 後からの自分の苦行を予想した配下。

 その様子を見て爆笑している男がいることを彼等は知る由もない。


 その後怒りを撒き散らし、かろうじて半狂乱状態から冷静さ取り戻した魔王は気が付く。

 今回自分の身に降りかかった数々の不幸は何者かの仕業、第三者による犯行だということに。

 常人ならば誰かにやられた、ということにすら考えが及ばないところ、他者の介入による行為だと気付くあたり、やはり魔王である。

 すぐさま状況を伝え、配下達に犯人を見つけ出し生け捕りにして自分の前に引きずってこい、と命令を出すが、


「はい?」


 これには配下達も困惑するばかり。

 なにせ犯人像や犯行動機、その方法に至るまで全て不明、というより不可能だからである。


 城の唯一の出入り口である城門には常に門番の魔人がいるのでそこから賊が侵入すれば即時に分かる。

 仮に窓や城の外壁を破壊するなど、城門以外からの侵入に関しても張り巡らせてある魔力結界の感知によって対応可能。

 城を中心とした半径一キロメートル球体状のアンチマジックフィールド『反魔法防壁』により、転移魔法による侵入も不可。 

 魔王にはあらゆる物理的衝撃を弾くことが出来るオーラを常にまとっている。

 自室にいて特別気を張っていなかったとはいえ、全く悟られずに魔王に接近するのは不可能に近い。


「以上の理由により、城への侵入及び魔王様への攻撃方法は皆無、不可能です……! どう考えても……!」


「いや、一つだけ可能性があるとすれば……そう、異能力を持つ存在か……」


「アンチマジックフィールドと魔力結界をかいくぐる能力、門番や魔王様に悟られない能力、魔王様の無敵とまで言われるオーラを打破する能力、少なくともこの三種類の能力がある故三人以上の異能力者が集まったことになる。あるいはそれらの異能力を全て持ち合わせている者か……。可能性はゼロに近いと思うが……」

 

「馬鹿な! そっちの方が非現実的だ! 異能力は現在確認できる異能力者で一人に一つ! 奇跡とまで言われた先代の魔王様でさえ異能力は二つなのだ。そもそも異能力者の存在自体が非常に稀だというのに!」


「しかしそれ以外には検討が付きませぬ。雲を掴むような話で誠に遺憾ではありますが異能力者を手当たり次第にあたるしか有りませぬな。そうなると人手が必要です。それも実力のある者の……!」


「魔王様直々の命令もあった故、緊急事態だ、仕方がない。……四天王の召集を。差し当たって、今城に滞在してる彼女に依頼しましょう」


「四天王……! まさかこんな日がやって来ようとは……! おお、神よ……どうか我らに御加護を……!」




 配下達が議会を開催していたころだった。


「……?」


 魔王は頭に何か落ちたような違和感を感じ手を伸ばす。  

 白くてふにふに柔らかくほんのりと生暖かい物だ。

 それにペタペタして手や頭にくっ付いて伸びる。



  ーーーー中古のガムだった。



 刹那。 

 発狂で怒りのボルテージが臨界点を突破し、最大限まで圧迫された魔力で身体を覆うオーラの強さは加速した。

 同時に、抑えきれない憤怒のエネルギーは高密度かつ幾重の層からなる不可思議な幾何学模様の波紋となって、星全体にとどまらず、星を飛び出すほどに放出される。

 そしてそれは世界各地のあらゆる場所へ影響を与えることになったのだ。



 

 ーーそれは人の近づかない、とある廃城。


「……様、一体これは……」


「ククク、魔王め。ようやく重い腰を上げたようだ……!」




 ーーそれは東方にある、とある小さな村。


「身震いする程の波動を感じました。封印に影響が無ければ良いのですが……」


「ぬぅ……。確かねればなるまいて……」



 

 ーーそれは星の外側の、とある某所。


「超高エネルギー反応をキャッチしました。いつでも侵攻できます」


「ああ……行こうか……!」



 世界中の至る所、果ては星の外にまで衝撃を広げ、一部の強者はその事態の重さを感じ取っていた。

 それが原因で多くの血と涙が流れることになるのだ。


 









  一方そのころ、魔王へのちょっかいに飽きた元凶は。


「……っ、ガムとチョコを一緒に食べたらガムが消えた……!?」


 完全にどこ吹く風、これから自分の身にふりかかる数々の災難を知る由も無かったのであった。

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