プラスチック=マン

ぽんぽこ@書籍発売中!!

なんてこともない、一日。

私は異世界漂流者。

今日もヘッドホンを、日常に汚染された自分の頭にセットする。


さよなら、と目を閉じて、すうっと息を吸う。

さぁ、手に持った薄型端末に表示されたスタートを押して。

目蓋を開けば――ほら、ね?




あー、あー。世界は本日も雨天なり。

おはよう、私。今日もよろしくね。

ハローハロー。CPU代わりの脳が応えてくれる。


ニューロンという名の有線で接続された、有機の身体がゆっくりと起動していく。いつになったらコレもリモートになるのかな。

自分の思った通りに動かない不良パーツなんて、さぁ?



家の玄関を開ければ、雨と土の混ざった微粒子が鼻腔を通る。無限にあるパターンから解析、すぐさま電気信号に変換。

残念、脳に十のダメージ。追加で軽微な憂鬱のバッドステータスだって。メンタルって脳の体力ゲージなのかもしれない。



……うん、まぁいいや。くっだらない。

朝からエラーメッセージを訴え続けるボディになんて構っている暇はない。



空も、地面も、壁も灰色だ。

灰色の人生なんてこんなのを指してたの?ってくらい見事なグレー。


いやいや、いくらなんでも灰色が可哀想すぎるだろう。そもそもイメージカラーとか最初に言い出した奴は誰だ。

なにか? じゃあ象はそんな色味の無い一生を送るのか?

少なくともアイツらは私よりも、ずっと自由だ。


きっとこの世界には物事が溢れすぎてる。

自由って、その数だけ減っている気がする。


「これって青?」「ううん、スカイブルーだよ」

ばっかみたい。色ですら形が決まっている。

音も、熱も、感情も。

なんでも細分化して、カテゴライズして縛り付ける。それから少しでも外れたら否定されるのだ。

自由の数だけ、私たちは不自由になる。



今も私は目に見えない不自由で窒息しそうになっている。地上の深海をマスクも無しで人間は生きられない。

なんだか身動きも、しづらくなってきた。

このまま家に帰りたい。けど帰れない、残念ながら。



だから私は異世界に旅立とう。

タイムセールで三千円のオプションパーツを耳に装備して。

ポケットの中の秘密の道具で転移トランスファーするのだ。


ジャカジャカとポップなメロディーが私の灰色の脳細胞をレインボウのペンキで塗りたくる。

当然、決まった色は無い。一瞬で混ざり合い、また違う色になる。そしてまた違うペンキが投入されるのだから。


耳からはお気に入りのアーティストが六弦をかき鳴らしながら世の中の素晴らしさを必死に訴える。どうやらこの人たちも私の知らない世界の住人らしい。


だって、私の知ってる世界にそんな素敵な愛や思い出なんて無いんだもん。自由も不自由もないユニバースがどこかにきっとあるんだろう。



そんな世界を脳裏に浮かべながら無色になった通学路を今日も歩く。

だって私が見ているのは透明なレンズ。私はそれに映った世界を覗いているだけの、異世界人なのだから。


ふふふっ、帰りはそういう設定で帰ってみようかな。







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