番外編 もう一つのバレンタイン
〜雅之へのプレゼント〜
学校から帰った獅恩は彼の部屋を訊ねた。
「お帰り獅恩くん」
「うん!!帰りにコンビニ寄ってお菓子とジュース持ってきた〜」
獅恩から荷物を受け取り中へ案内した。獅恩は広々としたソファに腰掛ける。
「先生の部屋すごく良い匂いがする。香水?」
雅之はコーヒーを淹れながら笑う。
「アロマだよ。良い香りでしょ。この匂い嗅ぐとリラックスできるんだ」
「うん」
「部屋寒くない?」
「大丈夫だよ」
雅之が少し腕まくりをすると、うっすら龍の刺青が見えた。テーブルの上にコーヒー二つとお菓子を並べた。
「それで話って何?」
「これを見てほしいんだ」
可愛らしい包み紙の箱を見せた。中を開けると可愛いハート形のチョコが四つ入っていた。メッセージカードも入っている。
「読んでいい?」
「いいよ」
『本田先生へ。いつもたくさんの患者さんたちに優しく接してくれてありがとう。先生の評判が良いおかげで、ナースたちも先生のサポート頑張ろうって言ってます。これからもよろしくお願いします❤️』
「昨日の朝出勤したら俺のデスクの上に置いてあったんだ。文面からしてナースの誰かとは思うんだけどね」
獅恩は書かれている文字をまじまじと見つめる。
「きれいな字。女の人かな。ハートも書かれてるし。この人先生のこと好きなんじゃない?」
「えっ!?」
雅之の顔が赤くなる。思わず否定する。
「違うよきっと!!だってそんな素ぶりなかったし……」
「バレンタインだから勇気を出して気持ちを伝えたんじゃない?」
なるほどと頷く雅之。彼は頭の中で好意をもってくれている人がいないか考えた。彼はイケメンで、いかにもモテそうだが逆高嶺の花過ぎて敬遠されている。
「ダメだ……誰も思い浮かばないや」
「勤務のとき探ってみたら?」
「うん。そうする。ありがとう、話聞いてくれて」
「また何か分かったら教えてよ」
「うん、もちろん」
じゃーねーって言って彼の部屋を出た。
「そういえば、昨日バレンタインか。親父にチョコあげてないや。一樹に何か作ってもらおうかな」
食堂へ向かう為、エレベーターを待っていると健太が現れた。
「獅恩将官!!昨日は何の日かご存じで?」
「バレンタインでしょ」
「さすが!!女子からチョコは貰いましたか?」
「貰ってないけど」
彼に対していまだに苦手意識をもっているが、健太自身はそれに全く気付いてない。ある意味天才的だ。彼は持っている正方形の包みを手渡す。
「じゃあこれ、貰ってください。将官の為に頑張って作りました♪」
「あ、ありがとう……」
彼の作ったチョコを一人で食べるのが怖かったので、獅斗と一緒に食べることにした。健太は満足そうな表情で部屋へ戻った。獅恩はエレベーターには乗らず、そのまま獅斗の部屋へ行った。
※※
「お疲れ様です先生」
雅之が夜勤で病院へ行くと、看護師から挨拶された。
「お疲れ様。三◯五号室の患者さんの具合どう?」
「安定しています。あとで念のため病室覗いてもらえますか?」
「分かった」
白衣に着替えてデスクに座って事務作業をしていると、同期の女医の友里恵が話しかけてきた。
「本田先生。あたし上がりだから引き継ぎしてもいいかしら?」
「うん。カルテ見せて」
彼女は持っていたカルテを手渡した。しばらくして引き継ぎが終わり、「じゃーねー」と言って立ち去ろうとする彼女に「待って」と呼び止めた。
「なによ。まだ何か用?」
「昨日さ、誰かにチョコあげた?」
彼女は腕を組んで言った。
「昨日はオペ入りまくってたから、チョコ作ってる暇なんかなかったっつーの!!」
「そ、そうなんだ……」
「なーに?アンタもしかして誰かにチョコもらったわけ?」
彼女が興味津々で隣の席に座った。「もらった」と言うと、誰からと訊かれたが差出人が分からないと伝えた。
「アンタの隠れファンかしら?いずれにせよ、ドクターやナースじゃないのは明白。うちは男社会だからね。患者とかじゃないの?アンタ患者にも優しいから勘違いさせちゃってるんじゃないかしら」
彼が診ている患者は年配が多くてチョコをくれるような年齢ではなかった。
「そうか、分かった。他を当たってみるよ」
「見つかったらさ、あたしに教えて!!アンタにチョコをあげるもの好きな顔が見てみたいから」
失礼なヤツだなと心の中で思った。しばらく回診で席を外していたとき、デスクにまた手紙が置いてあった。
『チョコ食べてくれましたか?』
「昨日の人だ。本当に誰なんだろ……」
雅之はその人物のことをずっと考えていた。
しかし、意外な展開でその人物が明るみになった。それは、雅之が席を外していたときだった。戻ってきたとき、彼のデスクに新たなメモを置いている人物がいた。
「どなたですか?」
その人物はビクッと驚いてバツが悪そうな表情で彼を見た。
「ちょっと何やってんですか?院長」
「あ……ちょっとみんなを労いに」
持っている物を咄嗟に後ろに隠す。雅之が「出してください」と詰め寄ると、諦めた顔で彼に差し出した。
「この手紙……院長だったんですか?」
「ああ。俺の字は昔から丸っこくて女子っぽいって言われてきたんだ。だから、バレンタインにイタズラしようと思ってさ」
「じゃあ俺のデスクに置いてあったチョコは?」
「俺の娘がたくさん作ってくれたやつをお裾分け。美味かっただろ?」
院長の豊田直樹は少年心を持った人物で、よくドクターやナースたちにイタズラしているようだ。どうやら今回のターゲットは雅之だったらしい。
「俺の時間返してください!!」
「でも、女子からチョコもらった気分になるだろう?」
「その口話せなくしてやりましょうか?」
指の骨をポキポキ鳴らすと、「結構です」と言って立ち去った。これは組のみんなに話したら笑われるなと心の中で思った。
実は彼は少しだけ期待していた。もしかしたら、自分に本命チョコをくれる人が現れたんじゃないかって。
「チョコだけに甘い話はないか。今日も仕事頑張ろう」
雅之は栄養ドリンクを飲んで、仕事へと戻った。相談にのってくれた獅恩には帰ったら報告しよう。きっと笑われると思うけどと思いながら。
ー番外編ー終わり
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