〜二人の馴れ初め〜

〜九年前〜


 アゲハは組に住み始めたばかりで右も左も分からなかった。獅斗から部屋の合鍵をもらい、慣れるまで獅斗と獅恩と同じ部屋に住むことになった。幹部たちと同じ階に住んでいる為、幹部たちと挨拶は既に交わしている。しかし、他の組員には知れ渡っていない為、幹部たちと食堂に行って一緒に挨拶回りをしている。その役目を担っているのがマコトだった。マコトは人当たりが良くて百鬼家からの信頼も厚い。アゲハの緊張も彼がほぐしてあげたほどに。そんなアゲハも彼を信頼し始めていた。

 獅龍組での生活に慣れてきた頃、獅斗から新たな部屋の鍵をもらった。それはマコトの隣の部屋の鍵だった。

「そろそろ心の傷は癒えただろう?さすがに年頃の女の子と同じ部屋はマズいと思ってな。何か心配なことがあれば、いつでも来ていいぞ」

「分かりました。ありがとうございます」

 今日から一人部屋だ。部屋の扉を開けると長らく使われていなかったからか埃がすごかった。

「これは掃除のしがいがあるわね」

 マコトに掃除用具の場所を聞いて部屋の掃除を始めた。すると、そこへマコトがやって来て腕まくりをし、「手伝う」と言った。

「ありがとうございます」

「ここの暮らしはもう慣れたか?」

「はい。皆さん優しくて居心地良いです。でもいいんでしょうか。あたいは幹部でもないのに最上階のお部屋なんて」

「アゲハは一応獅斗様の義理の娘ってことになっている。親と同じフロアに住むのは当然だろう」

「なるほど。それなら納得です。他の組員さんたちの目が気になってしまって…」

 不安気な表情を浮かべていると、マコトに頭を優しく撫でられる。

「大丈夫だ。何か文句でも言ってくる奴がいたら、俺の名前を出せばいい。そしたら、逆らう奴なんていなくなるから」

「は、はい…」

 至近距離で真っ直ぐな目で見つめられて頬が熱くなる。それ以来、彼を見ると胸の高鳴りを感じていた。次第に彼のことが気になり始めていた。彼女は二番目に話しやすい雅之にマコトのことを聞いた。

「マコトさんに彼女?さあ、聞いたことないなぁ」

「そうですか…」

 情報を得られずガッカリしていると、雅之に「好きなの?」と笑顔で訊ねられた。彼女は必死に否定する。

「そ、そんなんじゃないです!!ただの興味本位です。それじゃあ失礼します!!」

 慌てて部屋へ戻る。誰か彼のプライベートに詳しい人はいないのかと思い、獅斗の顔が浮かんだ。

「獅斗さん。マコトさんって彼女いるか分かりますか?」

 獅斗は獅恩に浴衣を着せながら「えっ?」と訊き返した。

「だから、マコトさんに彼女がいるか分かりますか?」

「彼女か…どうだろう。悪いがアタシは組員のプライベートまでは関与してないんだ。気になるなら本人に聞いたらどうだ?」

 直接聞けたら苦労しないですと心の中で思った。

「しかしマコトをねー。仕事熱心だし。カッコいいし?いいんじゃない?あんなにイケメンだと確かに相手いそうだよな〜」

「俺が何ですか?」

 獅斗に用事があって部屋に入ってきたマコト。

「かのじょってなーに?」

 獅恩はマコトに訊ねた。彼女は慌てて彼の口を塞いだ。

「な、なんでもないんです!!もう獅恩くんたら…」

 マコトは不思議そうな表情を浮かべている。すると獅斗が「彼女いるのか?って聞かれたぞ」と本人に普通にチクっていた。彼女の中で時が止まった。マコトは頬を赤らめて「えっ?」と発した。彼女はあまりの恥ずかしさで「今の忘れてくださーい!!」と叫びながら部屋を出た。

「えっ?アゲハ?」

 マコトも彼女の後を追った。



※※



 彼女は屋敷の屋上にあるベンチに座って夜風に当たっていた。

「やばい…マコトさんにあたいが探っていることバレちゃったかな…。いつも優しく接してくれるから好きにならない方が難しいよ。でも、あたい未成年だから法律的にもアウトだよなぁ…」

 ぶつぶつ呟いていると、酔っ払いの組員たちがやって来た。

「お前飲み過ぎだよ!!」

「夜風に当たろうぜ。あのベンチとかいいんじゃないか?」

 アゲハが座っているベンチにやって来た。すると、一人の男が彼女の存在に気づいた。

「あれれ?海瀬ちゃんじゃない?こんな時間にこんなところで何してんの?」

「ちょ、ちょっと夜風に当たりに…。じゃあ、あたいはこれで…」

 あまりの酒臭さに鼻を押さえる。離れようとしたとき、彼らに囲まれてしまい身動きがとれなくなった。

「そんなこと言わずに、俺たちと一緒にいようぜ〜」

 男は彼女の体を舐め回すように見つめて言った。

「海瀬ちゃん良い体してんね〜。その武器からだで幹部連中に迫って、最上階に住まわせてもらってんだろ?」

「そ、そんなことしてません…!!」

「どーだかな。まあちょうどいいや。その体で俺たちを癒してくれよ。仕事でストレスたまってんだよな〜」

「やだ…っ!!誰か助けて!!」

「泣いても叫んでも誰も来ねえぞ。ここはあまり人が来ねえからなぁ」

 彼女の体に手を伸ばした瞬間、背後から大きな破壊音が響いた。彼らは恐る恐る振り返ると、そこにはマコトが立っていた。彼は指の骨をボキボキ鳴らしながら近づいてくる。

「…お前ら、こんなところで何してんだ?」

「ま、マコトさんじゃないですかー…マコトさんこそどうしたんで?」

 男たちは恐怖で震え上がっている。

「俺はアゲハを捜しにきたんだよ」

「あー…なるほど。海瀬ちゃんならこちらですよー」

「マコトさん!!」

 彼女はマコトに泣きながら抱きついた。マコトは彼女の頭を優しく撫でながら「もう大丈夫だ」と言った。彼は男たちを睨みつける。

「お前たち相当酔ってるみたいだな。俺の拳で酔いを覚ましてやろうか?」

「い、いえ…結構です。じゃあ俺たちはこれで失礼します!!」

 慌ててエレベーターへ向かうのを見てマコトはベンチに座った。その隣に彼女も座った。彼女は隣に座っているだけで緊張していた。

「幹部たちから聞いた。俺に彼女いるのか知りたがってるって」

「あ、いや。すみません……っ!!ちょっと気になってて。ほら、皆さんイケメンだから彼女いるだろうなって思っただけで」

「俺は彼女いないよ。それに獅龍組は男社会だから、出会いないしな」

「そうなんですか!!」

 彼女はガッツポーズをした。

「アゲハは?彼氏いんの?」

「いえ。あたいは彼氏どころか女子校なので免疫がないんですよね〜」

「そうなんだ。俺も格闘技ばかりしていたから恋愛に費やす時間なかったな……」

 しばらく沈黙が流れる。それを破ったのが彼女だった。

「あの、マコトさんさえ良かったら……あたいと付き合ってくれませんか?」

 彼に気持ちをぶつけると、マコトは彼女を抱きしめる。

「ありがとう。俺もアゲハのこと好きだ。でも……」

 彼女を体から離して目を見て話す。

「アゲハはまだ未成年だから、今は付き合えないけど、あと二年……あと二年我慢してくれたら付き合おう。俺の気持ちは変わらないから安心してほしい」

「……すごく待ち遠しいですが、かしこまりました。あたい、我慢します」

 彼は彼女の頭を優しく撫でる。そして、二人は二年の時を経て正式にお付き合いを始めた。



〜現在〜



「今思えばよく二年も耐えられたなと思ったよ。しかもキスもハグもお預けでさ」

「だ、だって。一つでも許したら歯止めが効かなくなると思ってさ……。それに久々にできた彼女だから、大事にしたくて。その気持ちは今も変わらないよ」

 マコトは小さな箱を彼女の前に差し出す。彼女は可愛いらしい箱の中が気になっていた。

「開けてごらん」

 中を開けると指輪が二つ入っていた。アゲハは驚いてマコトを見る。

「マコトさん……これって」

 マコトは顔を赤らめながら言った。

「恥ずかしくて何回も言えないからさ……ちゃんと聞けよ?」

「う……うん!!」

「俺はアゲハと離れていた間、本当に寂しかった。だから組に帰ってきたとき本当に嬉しかった。これからは、俺と一緒に百鬼家だけでなく家庭も守ってほしい。海瀬アゲハさん、俺と結婚してください!!」



続く。


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