第21話 Yの壁
――とはいうものの、唯花がかけている期待はどっちなのかまるっきり見当がつかない。
これから通う高校で多分友達になる相手に対し、どこまでしていいものか。
すでに勝ち誇った目をしてる佐山をぎゃふんと言わしたい気持ちがあるとはいえ、やっていいこととそうじゃない境界が不明すぎる。
しかし唯花のお墨付きをもらってる以上、厳しくいかせてもらう。
「和希、まだー? 唯花もウチも無駄な期待してるんだけどー?」
無駄な期待かよ。唯花をちらりと見ると、いいねポーズを取っていて嬉しそうだ。
それならもう、やるだけだ。
「佐山。今から普段唯花にしてることをお前にしてもらう。それが始まりだ。それでいいんだよな?」
「身の回りの世話でしょ? そんなの楽勝過ぎるし、いつでも始めていいけど」
「……それなら、佐山。靴下含めて、着てるもの脱いで身軽になれ!」
「――はぁ!?」
これは決してやましいことではない。これこそがミッションの始まりであり、いつも唯花にしてあげてることなのだ。
始める条件を最初から揃えてからじゃないと不公平だろう。
何も間違ったことは言って無いはず。
「あんた、何言ってんの? 頭大丈夫? ねえ唯花、和希の暴走止めた方が良くない?」
「んーん、いつものことだよ。わたし、家の中でいつも下着姿だし。その方がカズキ、やりやすそうにしてるし」
「え、唯花と和希ってそういう仲なの? 何か許せないんだけど……」
俺と唯花を交互に見ては、俺だけを睨んで来ている。唯花の言うことに嘘は無いと判断したのか、佐山は靴下を脱ぎ、上着を脱ぎ始めた。
納得行かないままワイシャツのボタンを外そうとしているが。
「あー待った! そこまでしなくても十分だ」
さすがに仲の良くない女子を下着姿にするわけにはいかないので、上着と靴下だけでスカートなどは止めさせた。
唯花は不満そうにしているが、そこは一応気を遣った。
「……で? この状態から始める……で合ってる?」
人の家で裸足になることはほぼほぼ無いはずで、佐山は顔を赤くしながら俺に聞いて来た。本来なら、季節的にはワイシャツとネクタイのみ。
その意味でも今はジャケットを着ることは無いはずだが、今回は助かった。
俺は佐山の足を上げさせ、靴下を履かせることから始めた。
「もう少し足を上げて」
「え、無理。普段片足上げて履いてないし。座りながらだし」
「言うとおりにしてもらいますよ、お嬢様」
「……ふん」
唯花慣れした俺にとって、佐山がしていることに全く照れが生じていない。それどころか、優位に事が進んでいる気さえしている。
難なく両足の靴下を履かせることが出来たところで、次はジャケットだ。
本来なら全てを着させるはずだったが、ジャケットを腕に通させるだけの簡単な"仕事"に過ぎない。
「腕を」
「はいはい、上げてる。でも、これ以上上げらんないから、和希が動いてくれる?」
「かしこまりました」
大して苦戦することなく身だしなみを整えることについては、終えることが出来た。そして次は――
「ふーん……、見た感じはまずそうに見えないけど」
「口元まで運ぶので、口を」
「開ければいいんでしょ?」
かなり順調に来ている。
抵抗すると思われた佐山だったが、俺がやることに対して抵抗が無い。
――そう思っていたのに。
「……あー」
無音で口を開ける佐山の横で、何故か唯花も口を大きく開けて待っている。
しかも発声練習並に声を出して。
「え、ちょっと、唯花さん? 一体何を?」
「あー! あーあー!」
もしやこれは佐山への対抗心なのか。
佐山は音も無く口を開けて待っているのに、唯花は俺へのアピールが半端ない。
まるで親鳥からの餌を待つ状態で、俺からの料理運びをじっと待っている。
箸でつまんでいるのは当然、一人分の野菜のみ。今さら皿に戻して半分に分けることは出来ない。
この状況でどっちの口に運べばいいのかなんて、考えるまでも無いことだ。
そう思いながら佐山の口に向かって箸を動かした。
しかし――
「あーんっ! もーらいっ!!」
「お、おい!? それは佐山の……」
「もぐっ……ううーん、美味し!」
寸でのところで唯花が身を乗り出して、横からぱくっと横取りしていた。
味付けも慣れたもので唯花に合う味だ。文句も言わずにもぐもぐと満足げに口を動かしている。
「……聞いて無いんだけど? 別に食べたいって思って無いけど、今って試練の――」
「いや、俺も聞いて無い。唯花が悪いわけだし、唯花に理由を聞いてくれ」
俺も佐山も事情が呑み込めていないが、唯花はマイペース野菜を飲み込んだ。
「んー? 二人してわたしに何?」
「い、いや、その野菜は佐山が口にするつもりだったんだけど……」
「えっと、和希の料理をウチが食べるはずだったけど、唯花食べたかったの?」
これはあくまで佐山向けのミッション。
唯花の出番は無かったのに、何でこういうことをしてきたのか。
「カズキ、油断しすぎ! わたしもそばにいるってこと完全に忘れてた! 見えない壁か何かだと思ってた。違う?」
もしかしてヤキモチを焼いたのか。
佐山に対する想いはあくまで仕事だったわけだが……。
「見えてなかったかも?」
「それは駄目! 横取りされないとは限らないし、他の女子が食べさせてもらいたいって言うかもしれないんだよ? そういう時、今みたいに固まってどうするの?」
「……う」
「そういうわけで、わたしはあえて障壁となったわけだよ! オーケー?」
よく分からない理屈だが、要するに不意打ちに対応しとけってことだろう。
ヤキモチでも何でもなく、唯花なりの厳しさを出したに違いない。
「あーうん。オーケー……」
「ヤー!」
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