第20話 スパルタレッスンその3
「まだ駄目。そんなんじゃ騙せないし、見破られるし……その辺理解してないと駄目」
唯花流レッスン最終局面。
気付けば、いよいよ明日から偽高校生としての生活が始まってしまう。
その日の為にスパルタレッスンを受け続けていた日々。
――が、とうとうあやふやレッスンが終わりを告げる予定だったりする。
今の時点で出来ることは、唯花の身の回りの世話という名の至れり尽くせり。
靴下を履かせたり脱がしたり、料理を彼女の口に運ぶ……などなど。
どこのお嬢様ですかと突っ込みたくなる。
とはいえ、唯花の家は俺の家より裕福で上流階級。しかも最近まで留学していた帰国子女。少なくともその辺の女子高生じゃないことは確かだ。
「――って言われてもな。上着くらい自分で着れるだろ……何で俺がそこまで」
で、今は唯花の上着を着せたりしている状態だ。
要するに彼女一人では何も出来ない設定らしく、執事見習いの俺が色々やってあげなきゃいけない。
「靴下を履かす脱がす! それだけじゃ認められないんだよ? カズキは甘い、甘すぎる! とにかく! もうすぐ来るあの子には自然体で見せないと駄目!!」
さらに唯花を焦らしているのは同級生の訪問についてだ。
あの時に紹介された女子が初めてこの部屋に遊びに来るらしく、とにかく完璧な執事っぷりを見せたいらしい。
炊事洗濯、軽めの料理。最低限求められることは覚えた。しかし唯花だけに限る話であって、他の女子に出来るかといわれるとそこは別問題。
そんな気持ちの余裕も生まれないままで、あの女子が来た。
「お邪魔しま……うっわ、本当にいた! 佐倉和希だ! 唯花に変なことしてないでしょうね?」
「するわけないだろ」
「へぇー……まぁどうでもいい……いや、良くない」
よりによって、初対面の時から何故か俺を敵対視されている佐山知歩。
こいつが佐倉の部屋を訪れた。
唯花曰く、俺との関係が本当かどうか見に来たかったらしい。もちろん関係といっても、お嬢様を世話する下僕という意味で。
「どっちだよ」
「それで、唯花。唯花的には準備万端なの? 明日からこいつと常に一緒だよ?」
「今と大して変わらないから平気」
「まだ間に合うよ? 今からでも遅くないんだし、うちの家に来ない? こいつと一緒に暮らしてたってつまんないよ!」
べらべらと調子のいいことをほざいているようだ。佐山は部屋に上がってから常に唯花ばかり見ていて、俺のことはほこりとしか見ていない。
要するに唯花のことが好きなのだろう。それなのに唯花の執事は俺という現実。同性を好きになるのは変じゃないが、俺を目の敵にするのは何か違う。
「駄目。カズキじゃないとわたし、生きられない」
「へっ?」
「う、嘘……唯花って強くて凛々しくて逞しくて、誰にも頼らなくても生きていける女子のはずなのに、どうしてこいつ!?」
逞しいってのは違うだろ……。
それよりも唯花のそれはどういう意味で言ったのか。単なる口裏合わせにしても、何だか俺がもやもやする。
「あ、違った。わたしがいないとカズキが生きられないの間違いだった」
「な~んだ……だよね! こいつがどんな優秀かは知らないけど、いなきゃ駄目ってのは違うよね~」
痛いところを突かれた。唯花の言うとおり、唯花の情けが無ければ俺は実家に戻るしか選択肢が無い。
元カノと別れた直後に拾われなければ、こんなことにはなっていないのは確かだ。
「うんん、カズキがいないと駄目なのは本当。だよね、カズキ?」
「おっしゃるとおりです」
「ふーん……。そんなイケメンでもないし、どっちかというとガキっぽいのになー」
くそう、とことん痛いところを突かれる。
しかしまぁ、少なくとも童顔でなければ高校に潜入することも叶わなかった。
それを考えれば唯花はもちろん、JKとの高校生活をもう一度過ごせる。さらに青春も送れるとすれば、多分自分自身が成長出来るはず。
スパルタレッスンで覚えた身の回りの世話も、今後に役立つし悪いことは無い。
佐山のような厄介な女子がいても、俺には損することが無いといえる。
「俺は見ての通りガキです」
「……それはどうでもよくて、唯花にいつもしてることをうちにも出来るかどうか出来ると思うけど、それを確かめに来たわけ。やれるよね? 和希」
――なるほど。唯花のしつこすぎるレッスンは佐山の分も含まれていたのか。
実際に高校生活が始まると、唯花以外の女子とも接するはず。
これはその為の実証実験のようなものだ。佐山が相手なら遠慮はしない。
スパルタレッスンの効果を試させてもらおう。
「カズキ。期待以上のことをしていいから」
「分かった」
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