第18話 スパルタレッスンその1

 唯花の強引な青春付き合わせにより、俺と彼女はすっかり仲直りをした。俺の気持ちを改めさせたことで機嫌を良くしたのか、満面の笑顔でいきなり手を引っ張って来た。


 引っ張られるままにリビングから別の部屋へと移動すると、そこは植物部屋と化していたはずの部屋だった。ところがすっかりと花は片付けられていて、窓にかけられたレースカーテン以外、全く何も置かれていない空間に変わっている。


「ここ! 今日からカズキの部屋だから! 自由に使っていいからね?」

「えっ、本当!? 俺の部屋なの?」

「ヤー!」


 ――とはいえ、見事に何も無くなっていてこのままでは雑魚寝になってしまう。

 ただでさえ資金不足なのに、布団から買い直せということならかなり鬼だ。


「そ、それはいいんだけど、布団とかベッドとかどうすれば?」


 いくらバイトを始めたからとはいえ、それまでずっと何も無いのは辛すぎる。せめてリビングに置いてあるソファベッドを移動させて欲しい。


「問題無いよ。カズキの部屋でわたしも寝るし、着替えることになるから」

「――はっ? えーと、ごめん、意味が分からないんだけど?」


 俺の戸惑いに唯花は腰に両手を置いて、頭の中で何かを巡らせている。実は俺の専用部屋とかでは無く、煩悩制御の部屋とかだったら勘弁して欲しいところだ。


 唯花は何も無い部屋の中央に立ち、首を左右に動かしながらちらちらと俺を見て来るものの、俺に返事を返してくれる気配が無い。


 せっかく与えられた自分の部屋だと思っていたのに、ぬか喜びだったのか。そう思うと急に力が抜けて、思いきりうつむいてしまった。


「んー? カズキ、何してるの?」

「……落ち込んでる」

「心配しないでいいよ。今は何も無いけど、カズキの成長次第でこの部屋には物があふれて行くから!」


 唯花の言ってる意味が全くもって分からない。バイトの問題は片付いたとして、ここで俺に何をさせようとしているのか。


「成長って言われても……」

ウン・グラオプリヒ信じられない!! カズキ、もう忘れてる!」

「へっ? な、何が?」

「もうすぐ始まるんだよ? それなのにカズキはやる気見せてない! カズキの為に準備してたのに!!」


 一体何が始まろうとしているのだろう。何も思い浮かばない頭の中で、必死に答えを探しまくって何となく思い浮かんだのは、偽りの高校生活だ。


 そうなるとこの部屋での成長要素というのは、何かを教わる為の部屋ということになる。


「も、もちろん、覚えてるよ! お、俺のバトラー生活……だよね?」

「さっすが、カズキ! カズキの部屋は生活のことを学ぶ為の部屋なの。生活って言うと具体的には何をすると思ってる?」

「え、生活?」


 恐らく執事としてのことだと思われるが、相手があっての仕事だからつまり――


「そうやって迷ってる時間なんて無い!! あーもう! 迷うカズキ見てたら構想が崩れちゃった。だからもう決めた!」


 そんなにせっかちに答えを求められても困る。そんな俺に対し唯花は即断即決したのか、一人で考えをまとめて完結させたらしい。


 何かを教えようと何度も頭を振っていた唯花だったが、ハッとしたようにして片足を上げ出した。


「うん? 唯花? 片足なんか上げてどうしたの?」

「ん! 足!! 見て気付かない?」

「足? 家にいるのに靴下を履いたまま……裸足にならないんだっけ?」


 文化の違いなのか、単なる脱ぎ忘れか分からないものの、唯花の足は何とも可愛らしい靴下を履いている。俺に何を求めているのか、足をぷるぷるさせながらずっと片足を上げたままだ。


「生活ですることその1。靴下を脱ぐ! ――つまり?」

「裸足になる」

「だから、んっ! 早くしろ!!」

「――えぇっ!? ゆ、唯花のを?」


 そろそろ限界が近いのか、唯花の重心が崩れそうだ。片足の靴下を俺の手で脱がすだけなのは理屈で分かる。しかしこれはどういうことなのか。


「も、もう無理ーー!!!」

「んえっ?」


 直後、部屋の中で鈍い音が響いた。

 

「……カズキ」

「――っ!? いや、ちょっ――」


 顔の目の前には唯花の顔があり、ふんわりとした香りが鼻に届いて来ている。どうやら見事に、俺の上に倒れ込んだうえで覆い被さって来たらしい。


 問題はその後だ。俺の名前を呟いたと思ったら、そのまま顔を近付けて来ている。この体勢では間違いなく、何かを間違えてしまう。


 そんなあわよくばな思考を巡らせていたら、唯花の顔が急に勢いづいた。

 そして――


「どうだ、参ったか!!」

「お、おおおおおおお……い、痛ぇ……」

「これ、唯花の直伝の頭突き! 痛みが引いたらもう一度だからね?」

「は、はい~……」


 これは、何というスパルタレッスンなんだろうか。ちょっとでもキスなんてものを期待していた自分が愚か過ぎた。

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