第15話 年下の先輩女子
唯花のサイレントタッチに思わずドキッとしてしまった。いつも一緒にいる子なのに、時々ああいうさり気ないことをするから困る。
そんな俺のドキドキを知らず、彼女はあっさりと動き出した。担当が違うから仕方が無いとはいえ、何となくやるせない。
「ちょっと! そこの男の子!」
唯花のことで悩みかけたところで、誰かに呼ばれていたことに気付く。幼い声からして年下の女の子っぽいが――
「え……? ど、どこに……」
「ずっと呼んでたんだけど、あーそうですか、そんなにウチの姿は見えませんか……分かった、分かりましたー。動かずそこに!!」
すでにキレられているようだが、前も後ろにも姿は確認出来ない。そもそもここは更衣室と通用口の境目にあって、隠れる場所なんて限られている。
「うっ……!?」
そう思っていたら、首元を誰かに触られていた。
絞められるとかではなく、触れられただけで痛みは特に感じられない。
そうかと思えば、目の前にはすらりとした長身女子の白肌な首が見えていて、何となく気まずい感じだ。
「大げさだね、キミ。というか、キッチンの新人はキミで合ってる?」
「……あー、はい」
「そうだよね、そうだと思った。フロア担には見えないもんね!」
何となく馬鹿にされてるような気がする。
しかし表情に出してしまうほど俺はガキでもないので、無表情を貫く。
「フロア担?」
「フロア担当って意味。人前に出るの苦手っぽい顔してるし、当たり?」
「あ、ホールのこと?」
「うちのお店はフロア呼びで統一してるから、ホール呼び禁止で!」
どっちでも合っている気がするが、突っかかっては駄目な気がする。そしてどう見ても、目の前の子の方がバイトの先輩な気がしてならない。
唯花を気にしすぎたせいで、思考が追いついていないみたいだ。
「えーと、俺はキッチンみたいなんですけど?」
「ですけど。じゃなくて、だったら何でここでぼうっとしてんの? 早く仕込みとかするべきでしょ?」
「い、いや、初日で……店長さんにはまだ何も聞いて無くて」
唯花のことは言えず、実のところ俺はバイト経験が無いに等しい。ゼロでは無いものの、接客に関してはど素人同然だ。
今回のことも唯花の付き合いがあったからであって、自分で探すつもりがあった。それも出来れば作業系で。
人前が苦手というわけでも無かったが、カフェは想定外だった。
「店長はいないけど?」
「えぇ!? どこに?」
「朝は色々忙しくしてるし、新人に付きっきりでってのは無いから。つまり――?」
つまり目の前に立っている彼女に聞けという意味か。
「は、初めまして。俺は――」
「そういうのより、先に清掃始めてくれる?」
「うちの店は大手とかじゃないけど、常連いるし駅近だし、暇なんて無いから名前とか言う暇作る前に掃除! はい、これとこれと……全部!」
まくしたてるようにして、勢いよく掃除セットを渡されてしまった。フロアだと接客があるからもっと忙しそうだが、こっちはこっちで慌ただしい感じだ。
先輩女子っぽい子に連れられ、キッチンに着いた。後は言葉無くひたすら綺麗にするだけの時間だった。
「すみません、一通り終わりました」
「じゃあ、それらを元の位置に片して来て」
何とも忙しないが、俺が鈍いだけで多分普通のことだろう。掃除一式を戻し、キッチンに戻ると、急に恥ずかしそうにしている彼女が俺を出迎えた。
「戻りました」
「うん。ご苦労さまです。とりあえず、あの……気を悪くしてないですか?」
「いえ、別に」
さっきまでの勢いはどこへ行ったのかと言わんばかりに、大人しい彼女だ。
そしてふとフロアの方に耳を傾けると、唯花らしき声とあのいとこの奴の楽しそうな会話だけが聞こえて来ている。
「ごめん、勘違いでして……今日は営業時間遅めでして~慌てることもなくてですね」
カフェの営業時間は店によって異なるらしく、そのことを忘れていたらしい。それを聞いたようで、彼女は気恥ずかしそうにしている。
「あ、いえ……」
「ウチは、未亜です。
ここでようやく自己紹介のようだ。
「松岸和希って言います。よろしくお願いします」
「まっつー! よろしくです!」
勢いのある女子だと思ったら、意外に礼儀正しい子だった。あだ名はしょうがないとして、これから何とかなりそうな――そんな気がした。
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