第12話 "E"の衝撃
唯花の部屋限定家庭教師を終えた夜のこと。
二人一緒に入ることになるバイトのことで、何故か話が盛り上がっている。
コンビニのお酒購入のこともそうだったように、唯花にとっては全てが初めて尽くし。そのせいか、カフェのバイトをしたことがない俺に日本でのバイトのことを色々聞いて来た。
「シフトのことは分かるよ? バカにするな!」
「してないしてない。とにかく、シフト次第では俺と別になる可能性があるから、それは気を付けないと……」
「どうしてカズキと別になるからって気を付けることになる?」
「いやっ、うん。何でもない。気にしなくていいから」
むしろ気にしていたのは俺だけだった。
言われてみればそのとおりで、唯花はすでに自立しているJKだ。俺がとやかく言ったりするのを望まない。
それはともかく、唯花の部屋にお邪魔している状況の中、ずっと意識せざるを得ない状態が続いている。
着替えを恥ずかしがらない唯花のことだ。きっと無意識に近付いているに違いない。
「――カズキ、聞いてる? 眠いの?」
「まだ夜9時で眠いわけない。聞いてるよ……服装のことだよね?」
「ヤー。行く時も仕事する時も着ている服でオーケー?」
「面接でそう言われてたなら、それでいいんじゃないかな。チェーン店はともかく、あそこの店はマイナーっぽいし私服の上にエプロンだけだと思う」
かくいう俺も、カフェでのバイトは初心者だ。
今からあまり予習のようなことを聞かれても、自信が無い。
それにしても近い、近すぎる。元カノの妹に意識したところで意味が無いというのに、どうしてこの子はこんなにも――緊張させてくるのだろう。
夜になったことで、唯花の格好はかなりラフなものになった。出会い頭は太ももに意識が行っていたが、部屋着の彼女はあまりにも無防備すぎる。
唯花に気を取られがちだが、当の本人は俺の言ったことをきちんとメモしているようだ。そんなに参考にならないのに、真面目過ぎだろう。
「んー……何か、久々に頭働かせたー! こういう時ってさー」
メモを取っていただけなのに、唯花はいきなり座ったまま背伸びを始めた。
その状態をキープしながら、俺をチラチラと横目で見ている。
「……こういう時? え、何?」
「にぶ!! カズキ、鈍すぎ! 頭使い過ぎたら甘い物!」
「――あっ、あー……それか。つまり、欲しい……?」
「ヤー! だから買いに行こ? すぐ下にコンビニがあるって便利だよねー」
メモごときで大して使って無いと思われるが、今は黙っておく。それよりも、唯花の言うように便利すぎる所に住んでいるのは確かだ。
「じゃ、じゃあ俺が行って来るよ。何が食べたい?」
「二人で行くのは駄目なの? どうせカズキ――」
「あ……そうでした。一緒に行きますか」
「うんうん」
ここでの生活で主導権を握ることは不可能に近く、しかも唯花の機嫌次第で部屋かネットカフェ生活かの二択が待っている。
そのことを早くも忘れそうになってしまった。
「ちなみに何を買う予定?」
「ふわふわしてて柔らかい食べ物! そして甘い!」
「…………うん」
さっぱり分からない。季節が夏に突入している時点で、温かいあんまんの説は消えた。そうなると残りは、菓子パンのあんまんとかに絞られる。
行けば分かるということで、コンビニに着いた。
唯花は真っ先にレジ前で待機していて、甘い食べ物を自分で見つけるつもりが無いらしい。
「カズキ、多分近くにあるよー!」
答えを教えてくれない上に、会計待ちをしているとか色々試されている。
唯花の言う"それら"は、大体レジ前かデザートコーナーに混ざっていることが多い。
それを信じて、部屋でずっと背中や腕に感じていた感触を思い出しながら、その商品を手にした。
すると、唯花の表情は一気に明るくなっていた。
(当たりか……)
部屋に戻ってすぐに、唯花はそれに大きく口を開けてかじりついている。気持ちは分からないでも無いが、夜にまんじゅうを頬張るとか怖いもの知らずとしか言いようがない。
「な、何というか、何と言えばいいのか……」
「んんー? カロリーとか気にしてくれているのかな?」
「それはその……」
「大丈夫! カズキと違って成長中! こっちに戻って来てから気付いたんだけどさ、Dでも厳しくなって来た気がするんだよね。こういうのって、デパートで買うの?」
いきなりDとか言われても意味が分からないが、もしやアレのことだろうか。
「俺には縁が無い店だけど、きっとそうだと思う」
「そうだよねー。カズキが行ったら変態扱いだよ」
やはり思っていた考えで合っていた。
そして背中や腕で感じていた衝撃が、"E"のものだったのだと改めて実感する。
「そ、その店だったら、学校の友達とかと行く方がいいと思う」
「もちろんそうするー! ありがとね、カズキ!」
「え、うん」
「じゃあ明日を楽しみにして、
大きなまんじゅうをぺろりと平らげた唯花は、部屋から俺を閉めだした。
それにしても意表を突かれた衝撃だった。
これからさらに意識をしないように気をつけなければならない。
そんな夜だった。
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