第10話 甘さの相性診断
「んんー……まだ甘いよ、カズキ」
「そんなに? そんな苦くしなくても飲めると思うんだけど……」
「つくづく甘い、甘すぎ! まさかと思っていたけど、これもあの人の甘やかしが影響してるのかな?」
夏休みに入り俺は休学してフリー化、唯花はバイトのシフトが決まるまではフリーということで、今はお互い部屋にこもっている。
そして唯花はシュレーダー先生となって、俺に色々教えてくれている状態だ。
唯花の高校に"執事"として紛れ込むためには、それが偽だとしても、ある程度の知識と作法は教えておきたい――というのが唯花のお願いだった。
今やっていることは、何てことは無いコーヒーの淹れ方である。インスタントな粉をカップに入れ、お湯を注ぐだけの簡単な仕事だ。
本来ならバイトの決まったカフェで覚えた方が早いらしいが、執事のそれとは動きが違うということで、こうして唯花がつきっきりで教えている。
「元カノの甘さとコーヒーは関係無いと思うけど……」
「じゃあ甘やかされすぎで何も出来ない彼氏!」
「う……否定出来ない」
「ほら、カズキ。自分が淹れたコーヒーを飲んでみる! 飲んでみて?」
「んぐっ……むぐ……い、いや、丁度いい甘さとしか……」
自分で淹れたブラックなコーヒーを口に含むと、ほんのりと香ばしい香りが漂って来た。砂糖を少しだけ入れているので、多少の甘さが残る。
唯花がテストしているのは俺のコーヒーの淹れ方らしく、そのジャッジは非常に厳しい。単純なブラックでは無く砂糖のさじ加減を見ているようで、中々うんと言ってくれないという状況だ。
この厳しさも全ては俺の為であり、高校でヘマをしない為の厳しさらしい。
当初は俺の童顔を信用して、生徒として紛れ込まそうとしていた。
しかし冷静な判断が出来る唯花は、時間が経つにつれてそれでは上手く行かないだろうと思い始め、結局叔父さんの協力を取り付けることにしたんだとか。
いくら遠く離れた高校でも、そこは用心深さが勝ったということで今に至る。
そんな感じでコーヒーをいかに苦く淹れるのかについて、絶賛苦戦中だ。
何度も粉を量りながらお湯を注いでいたら、唯花が俺をじっと見つめていた。
淹れることに全神経を集中させていた俺に対し、片肘をテーブルに付けてまさかの不意打ち上目遣い。
「な、何……ですか?」
思わず敬語を使ってしまった。
すると――
「……カズキって、甘いのが好きなの?」
これは一体どういう意味だろうか。
状況で判断すれば、どう考えてもコーヒーの甘さのことだと思われるので、迷うことなく答えた。
「そりゃあ、まぁ。甘いのが好きだし、甘い方が素直になれるっていうか……そういう唯花は?」
「じゃあ、お試し。試してみてもいいよ? カズキ、どうせ元カノと"経験済み"でしょ。その実力を出していいよ?」
「――へ? 実力? え、何の――っ!?」
唯花の素早い両手が俺の両頬を勢いよく挟む。そこからの動きは息をする暇も与えないくらいの、ほんのわずかな時間。
「……ん、ほんのり甘いね。カズキ、砂糖使いすぎ」
そう言うと、唯花は舌なめずりで唇についた甘さを再確認したみたいだ。
「はっ、へ!? い、今のって何を?」
「何って、キス。したことないわけないよね? 軽く触れただけだから、気にしなくてもいいと思う」
「い、いや、まぁ、うん……ちなみに今ので何が分かったの……?」
一瞬何が起きたのか分からなかった。しかし、間違いなく不意を突かれた状態での小鳥のキスで間違いない。
唯花の言うとおり、確かに元カノとキスくらいはしている。そうだとしても、今の動きは予測不可能過ぎるし、意味が分からない。
少なくともこんな動悸が激しくなるような感じになったことは、今まで無かった。
それこそ、元カノと付き合っていた頃を含めても。
しかも相手は元カノの妹でJKだ。
キスの相手が俺なんかで良かったのだろうかと自問自答したくなる。
「今のは甘さの相性診断! やっぱりまだ甘すぎたよ? 砂糖はあんまり振りかけたら駄目。カズキ、聞いてる?」
「き、効いてる……物凄く」
甘さの相性診断じゃなくて、どう考えてもキスの相性診断だったのでは。
唯花の言うように軽く触れただけとはいえ、こんな動きは反則すぎる。
「ヤー! それなら今度はそれを上手く活かすことだよ! ――あれっ? カズキ顔赤い。もしかして暑い? 今度はアイスコーヒーにしておく?」
はっきり言って、唯花の声が全く届いて来ていない。
もちろんたかがキス、それも小鳥のキス程度に何を慌てふためいているんだって話になる。
「あー、アイスコーヒーにしよう。そうしよう」
「じゃあ、氷を買いにコンビニに行こ?」
「は、はい。と、ところで、今のキスって……」
「――カズキにとって、大したことじゃないよ? ほら、コンビニコンビニ! 早く早く」
大したことあり過ぎなんだが、唯花はどっちなんだ。
数年ぶりに再会してまだそんなに経っていないはずなのに、早くも妹JKに惑わされているということなのだろうか。
「い、行くよ」
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