第3話 色んな意味でフリー化

 元カノとなってしまった麗香のことは忘れるとして、いま自分の目の前には妹JKでもある唯花がせわしなく動いている。


 今いる部屋はほんの少し前まで、当たり前に寝そべっていた自分の部屋――

 ――なのだが、みるみるうちに妹さんの部屋に模様替えされていく。


 その光景を、ただ黙って見守ることしか出来ないでいる。

 麗香の時と同様に俺の立場は非常に最弱で、何の力も発揮出来ない。


「カズキ、カズキ! ねえ、お花好き?」

「……んあっ? お花? 普通かな」

「普通って何? 好きか嫌いか、どっちかで答える! 答えて、はい!」

「ど、どちらかというと好き……かな」

「ヤー! わたしも好き! カズキと同じってヤバくない?」


 何がやばいのかは不明だが、唯花は花が好きらしい。

 そしてその答えによって決定してしまったのが、この部屋の使い方だった。


 どうやら俺の元部屋は、好きな花を置いて癒される空間になるらしい。

 つまり、ここでは寝れなくなることを意味する。


「お、俺の寝る部屋って存在するのかな?」

「心配しなくていいよ。どうせ使ってない部屋があったよね? カズキはそこに移動すればいいと思うんだ。麗香の呪縛を消しちゃえばいいんだよ!」

「はは、呪縛って……」


 今まで外国に住んでいたせいもあるのかもしれないが、唯花と麗香の仲はあまり良くない可能性がある。それとも、追い出された俺に同情があってしてくれているのか。


 そうだとしても、この問題はあくまで佐倉家の問題だ。俺が細かいことを聞くわけにもいかないだろう。


「カズキ、カズキの家には何て?」

「あっ――連絡してないや。そんな遠くも無いから帰るって手もあるんだけど、もう夜になるしどうした方がいいんだろ……」

「…………んー。カズキのスマホ借りていい?」


 そもそも唯花に迷惑をかけることになりそうだし、普通に考えても正直に理由を話して、土下座して実家に帰るしかなさそうではある。

 

 事態が好転するとも限らないわけで、そうなると道はほとんど残っていない。


「え、スマホ? どこかにかけるの?」

「カズキのホームに今すぐかける! かけたら、すぐに代わって!」


 何を考えているかはともかく、実家に電話をかけた後すぐに唯花に渡した。

 どういうつもりがあるのか、黙って聞くしかない。


「こんばんは、おじさまおばさま。私は麗香です」

「――!」

「はい……そういうことですので、和希くんはこのまま休学させます。少しずつ、返させるようにしますので。はい、任せて頂いても問題ありません! では、おやすみなさい」


 今の会話は一体なんだったのだろうか。

 しかも唯花の姿で聞こえて来た声がどう聞いても、元カノとなった麗香の声そのものだった。


 話し方だけ真似ても通用したと思われるが、あれだけ丁寧に話せば疑われることはほとんど無い。


「カズキ、どう? 似てた? 麗香の声真似!」

「そっくりだった。というか、何を話していたのかな? 何か納得させてたように見えたんだけど……」

「ん、カズキの休学届。大学行きたくないよね? 麗香いなくなったし、行く意味も無くなったんじゃない?」

「――えっ? ちょっ――休学!? もうすぐ夏休みなのに? ――って、それよりも、休学だって無料じゃないしお金かかるわけだし、その間俺は何をしてどこにいられるっていうんだ……」


 まさかそんな話を済ませていたとは。

 急すぎる上にさらに行き場を失わせるなんて、姉に勝るとも劣らないのか。

 

 これは詰んだと言っていい。

 そう思った瞬間、唯花の目の前でガクンと膝が崩れた。


 涙こそ出ないが、声を大にして泣きたくなった。

 さすがにそれは避けたいので、フローリングの床をひたすら眺めることにする。


「カズキ、違う。わたしまだ何も言ってない。話を聞いて?」

「……ううぅ。駄目だ、もう駄目なんだ……」

ドゥムバカ!! カズキ、昔から人の話を聞かないですぐにいじける! そうじゃなくて、カズキはフリーになっただけなんだよ?」

「フリー……? フリーター歓迎?」

「違くて!! 麗香のいないこのお家で、自由に暮らすの! 大学行かなくても、他に行けるところあるから、泣いたら駄目。アルバイトをしてお金貯めて、見返せばいいんだよ! 理解した?」


 自由を得るだとか、そんな話が親たちに通じるわけが無いのに、強気な発言は世界を変える力があるということなのだろうか。


 大学を休んでも行ける場所なんて一体どこに。

 アルバイトをしなければいけないのは、実家に帰っても確定だっただけにそれは理解出来る。


「アルバイトは理解したけど、休学した俺がどこに行けるって言うの?」

「それはねー……」


 何やら嬉しそうにしながら唯花は俺の耳元に近づいた。

 他に誰もいないのに、話しかけて来る唯花の吐息が半端なくくすぐったい。


 唯花がこしょこしょと話して来た内容は、常識外れのものだった。

 いくら佐倉家の財力を使っても厳しい話――その前に、俺とのことは極秘にしていかなければならないはずだ。


「――ええぇっ? そんなことが可能なの!?」

「何とかなる! カズキの顔は武器になるよ。だから、何も心配いらないよ。めでたし、めでたし!!」


 すぐ横で微笑んでいる彼女の横顔が、とんでもなく輝いている。


 さっきまで怒りに満ちていた唯花の表情は、華やぐものに変わってしまった。

 何はともあれ妹さんに救われて、元同棲部屋に残留することが出来た。


 唯花が企んでいることについては、後々に何とかするしかない。

 とりあえず今は妹さんに助けられたことを噛みしめながら、夕ご飯のことを考えることにする。


 同じことを考えていたようで、唯花が思い出したようにお腹の辺りを気にし出した。


「唯花。お腹、大丈夫?」

「んんー、お腹空いた! 作ろう! わたし、作っていい?」

「え、手料理を?」

ヤーうん!」

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