偽装工作
家出を装うことになったのは、
加えて、家出の場合は、警察に捜索願が出されても、『事件性がない』として真剣に捜索してくれないというのも残念ながら事実としてあった。だから家出の方が都合がいいという事情もある。
着替えと財布と携帯だけを持って、彼女は家を出た。家を出る時には携帯電話の電源を切るように言われて渋々従った。指定された公園に着くと、大学生くらいの若い女に「間倉井好羽さんですか?」と声を掛けられた。
その女に促されて軽自動車の助手席に座る。すると、
「ごめんね。これ被っててくれる?」
と、地味なストレートの黒髪のウイッグを渡された。意味も分からずに言われた通りに被ると「あとこれも」と眼鏡を渡された。度の入っていない伊達眼鏡だった。
言われた通りにすると女は殆ど喋ることもなく軽自動車を走らせ、高速に上がったところで、
「大丈夫? 気分悪いとかない? 酔い止めの薬あるけど」
と訊いてきた。
「大丈夫」
とだけ答えた好羽だったが、てっきりあれこれ言われると思っていたので逆に拍子抜けした気分だった。
『どうして避妊しなかったの?』とか。
『責任取れるの?』とか。
その手の説教臭いことを言われるに違いないと思っていたのに、何一つそれらしいことは言ってこない。
「あ…あの、これからどこへ…?」
あまりに何も言われないのが逆に不安になってきて、思わず尋ねる。
「悪い。具体的な場所は言えないんだ。ただ、何も心配しなくていいよ。赤ちゃんが生まれるまでは、たぶん、今まで経験したことないくらい至れり尽くせりだから」
その説明も意味不明だった。
「携帯、使いたいんだけど」
と言うと、
「あ~それもごめん。あなたのは私達で預かることになるから。でもその代わり、こっちを貸してあげる」
などと言いながらダッシュボードの上に置いてあったスマホを渡された。
『なんだよ…私のじゃなきゃ意味ねーっての……』
内心では不満たらたらだったが、使ってみると最新型のスマホで、最近反応が悪くなってきてた自分のよりもサクサク動いて『これいいじゃん』とか思い始めていた。しかしGPSはロックされているらしく、現在地は出なかった。
それでもネットには繋がるので、お気に入りのネット番組を見ているうちに、
「着いたよ」
と言われて顔を上げると、そこは山の中の真っ白な洋館だった。テレビの中でしか見たことのない、メルヘンチックな。
「なにこれカワイイ!」
思わず声を上げた好羽を乗せたまま、敷地内のガレージへと入っていったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます