葛藤
ミルクを飲み終えた
「あ…!」
と声を上げる
「慌てないの。このくらいよくあることよ」
そう言ってタオルを手に取って石田葵(仮)をいったんベビーベッドに下ろしてその口元を吹いた後、彼女が吐き戻したミルクで汚れた自分の肩口も拭き、汚れたタオルは洗濯籠に放り込んで新しいタオルを手に取ってそれを肩口に乗せて、改めて石田葵(仮)を抱き上げた。
「ホント、こんな状態でも騒がないなんて、肝の座った子ね。報告通りだわ。だけど必要な時にはちゃんと泣く。決してサイレントベビーって訳でもない。
素敵よ、葵。あなたが生まれてきたことを、私は感謝するわ。ありがとう」
ゆらゆらと体を揺らしながらそう語り掛ける蓮華の姿は、体こそ小さいが、まぎれもなく<母親>のそれだった。恐らく、
穏やかな表情で、京香に語り掛ける。
「私はね。見ての通り体が成長しないの。だからいまだに生理も来てないし、当然、子供が産める体でもない。でもね、私はこうしてもう何十人も子供を育てることができた。この体を恨んだ時期もあったけど、今では、自分で子供を産めないからこそ他人の子を自分の子のように愛せるようになったんだって思うようにしてる。今の私の仕事は、まさに天職よ」
そう語る蓮華に、京香は決して自分では辿り着けないであろう境地にいるのだと思った。
けれど同時に、だからこそ自分達のやってることが法に触れる部分もあることを忘れることはできなかった。
養親希望者の申請を次々却下していた時、蓮華は言った。『大人こそがルールを無視したり道理に外れたことをしている』と。だからこそ『養親とは不適格だ』と。でも、赤ん坊を要らないと捨てようとする親から引き取る時、その痕跡を完全に消し去る為に秘密裏に出産させて捨て子のように装うのも、紛れもなく違法な行為だ。そうして自分は法に反するという道理に外れた行為をしておきながら他人にそこまで厳しいというのは、果たしてどうなのか……
そういうことが頭をよぎってしまい、困ったような顔で自分を見詰める京香に、蓮華は再び言った。
「なに? 今度は『お前こそ違法なことしてるのになんでそんなに他人には厳しいの?』とか言いたげな顔ね」
なるで心でも読んでるかのように言い当てる蓮華に、京香は背筋に冷たいものが奔り抜けるのを感じたのだった。
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