5.
帰るつもりが大広間へと舞い戻され。リツキは先程までとは異なる父親の態度に、自然と緊張させられる。
一体、どのくらいの時を費やしただろうか。三右衛門は、もったいつけるように一つ息を大きく吐き出すと、漸く重たい口を動かし出す。
「リツキ、お前には話したことがあるだろう。我が一族の歴史を」
「うん。ウチのご先祖様が、科学の力で人々に貢献してきたって」
そのおかげで、こんな立派な城で生活ができるようになったと、リツキは父親から繰り返し聞かされたご先祖様の活躍を思い返す。
三右衛門は大きく頷いて見せたが、
「その通りだ。だが、本当の理由はそうではない。我々一族がこの城に住んでいるのは、長年の功績によるものではない。ある秘密を守る為だ」
「秘密だって?」
「ああ。本当はお前が成人した時、私の後を継いだ時に受け継がせるつもりだったが。それが早まっただけなら良かったのだが、問題はそこではないのだ」
三右衛門は、のらりくらりと、なかなかはっきりとは言わない。その為、リツキには全く要領が掴めない。
リツキはすっかりこんがらがっている頭で、それでもどうにか提示された事柄を線で繋いでいき、
「秘密って、もしかして、さっきの女の子のこと……?」
と三右衛門に問いかけた。
「ああ、そうだ。彼女の名は
「なっ……、軍事兵器だって――!!?」
軍事兵器――、その単語が与える響きが、リツキの体中の神経を一瞬の内に駆け抜けた。
先程見た、どこにでもいる少女にしか見えない女の子が軍事兵器だなんて。リツキは金魚みたいに口をぱくぱくさせるだけで、全く後が続かない。
そんなリツキを置き去りに、三右衛門はゆっくりと語り出す。それは、それは、難しい話が苦手なリツキにも理解できるよう、易しい言葉を選びながら。
三右衛門の話を要約すると、こうである。
今から何百年も昔のこと。井出のご先祖様が人工知能を創り出した。が、この人工知能が悪い連中に目をつけられ、これを核として姫御子プログラムという軍事兵器が創られてしまった。
そしてある時、この姫御子プログラムが暴走し、日本国を跡形もなく崩壊させた。彼女の力によって人類の数は著しく減少し、今まで築いてきた文明も全て失われた。だが、姫御子プログラムの脅威はそれだけでは終わらなかった。生き残った人類達までもを全滅させる危険が残っていた。
そこで井出のご先祖様達は、長い年月をかけて、姫御子プログラムを抹消させる為のソフトウェアを開発し、姫御子に実装させて本懐を遂げた。その役目を――、姫御子プログラムをこの世から見事抹消させたのが三平様であったと、三右衛門は話を締めくくる。
だが、そこでリツキは思わず身を乗り出し、
「ちょっと待った」
と声を上げた。
「三平様が姫御子を抹消させてくれたなら、どうしてまだ姫御子が残っているんだ? 話が違うよ」
「それがな、リツキよ。あろうことか数世代前のご先祖様が、姫御子プログラムを復元させてしまったんだ」
「復元って……」
「おそらく好奇心からだろう。だが、復元させることはできても、どうしても姫御子を目覚めさせることはできなかったそうだ。とはいえ、姫御子が何かの拍子に目覚めてしまうおそれがある。だからプログラムを起動させないよう、厳重に管理していたのだが……」
「それを俺が目覚めさせちまったってこと……?」
おそる、おそる、自身を指差し問うたリツキに、
「そういうことだ」
三右衛門は間髪を入れずに返す。その返答に、リツキは、ゴンッ! と、頭部を思い切り鈍器で殴られたかのように。くらくらと揺らすと、へにょりと項垂れる。
ご先祖様達が、ずっと、ずっと守ってきたものを、たとえ意図的でなかったとはいえ、目覚めさせてしまったのだ。
(確かに入ってはいけないと言われていた、あの部屋に入っちまったけど。でも、ちょっと見てみようと思っただけで、それだけで。姫御子を……、ましてや軍事兵器を目覚めさせようなんて、そんなこと)
ちっとも思っていなかった。
姫御子――、この世界を一瞬の内に滅ぼせるほどの力を持った、軍事科学兵器。そんな物騒な物を作り出してしまったことが、我が一族が代々隠してきた秘密だったとは。
リツキはぐるぐると整理し切れずにいる頭を、それでもどうにか必死に動かす。
「……って、ちょっと待ってくれよ。姫御子を目覚めさせたって、俺は何もしてないよ。確かにちょっと姫御子に触っちゃったかもしれないけど、でも、それだけで。それに開かずの間が開いていて、つい……」
「開いていただと? お前が開けたのではないのか」
「開けられる訳ないだろう。鍵なんか持ってないんだから」
リツキの返答に、三右衛門は表情を曇らせる。
が、すぐにも視線をリツキへと戻した。
「入ることを禁じていたマコンドの部屋へと入り、あまつさえ姫御子を目覚めさせてしまった。それは紛れもない事実、お前の責任だ」
「それは、ちょっとした好奇心で……」
「好奇心、か。だがな、リツキよ。姫御子を復元させてしまったご先祖様も、元は好奇心からだ。好奇心とは、時として身を滅ぼす。お前も身をもって分かっただろう」
「責任を負わなければならない」と、三右衛門は溜息混じりに後を綴る。
リツキにはもう返す言葉もなかった。
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